大AI時代、FF14・吉田直樹がエンジニアの“手”に託す希望とは?【聞き手/今井翔太】
生成AIを使ったゲームも増えつつある昨今、AIをどう解釈し、活用していくべきか。
日本屈指のゲーム開発者であり、『ファイナルファンタジーXIV』プロデューサー兼ディレクターの吉田直樹さんは「時代にAIが馴染めば、ゲームはもっと進化する」と語る。
吉田さんは、生成AIの進化とゲーム開発の未来をどう見ているのか。
AI研究者(FF14内でのメインジョブも学者)であり、「直近3年半で3000時間以上。絶コンテンツも複数クリアしている」筋金入りのゲーマー、今井翔太さんが話を聞いた。
スクウェア・エニックス
取締役 兼 執行役員 兼 クリエイティブスタジオ3 スタジオヘッド
ゲーム開発者
吉田直樹さん※写真右
1973年生まれ。2005年にスクウェア・エニックスに入社。2010年12月から旧FF14の立て直しプロジェクトに尽力し、世界的MMORPGへと導いた「FF14」のプロデューサー兼ディレクター。手掛けたタイトルはアーケードゲーム『ドラゴンクエスト モンスターバトルロード』、『ドラゴンクエストX』『ファイナルファンタジー14』『ファイナルファンタジー16』がある
【聞き手】
AI研究者,博士(工学,東京大学)
今井翔太さん(@ImAI_Eruel)※写真左
1994年、石川県金沢市生まれ。東京大学大学院 工学系研究科 技術経営戦略学専攻 松尾研究室にてAIの研究を行い、2024年同専攻博士課程を修了し博士(工学、東京大学)を取得。人工知能分野における強化学習の研究、特にマルチエージェント強化学習の研究に従事。ChatGPT登場以降は、大規模言語モデル等の生成AIにおける強化学習の活用に興味。生成AIのベストセラー書籍『生成AIで世界はこう変わる』(SBクリエイティブ)著者。その他書籍に『深層学習教科書 ディープラーニング G検定(ジェネラリスト)公式テキスト 第2版』(翔泳社)、『AI白書 2022』(角川アスキー総合研究所)、訳書にR.Sutton著『強化学習(第2版)』(森北出版)など
風当たりが厳しい、エンタメ業界のAI活用
今井さん:早速ですが、スクウェア・エニックス(以下、スクエニ)のAI活用具合について伺いたいです。
吉田さん:スクエニは、前社長時代から産学連携でAI活用を進めていますし、グループ内にはAI技術の研究開発を専門特化して行うAI&アーツ・アルケミーもあるので、比較的早い段階から動きが取れている会社だと思います。FF14の開発チームも、動きという意味では似たような感じですね。
今井さん:そうなんですね! 勝手ながら、FF14はあまりAIを使っていないように感じていました……。
吉田さん:そう感じるのも無理はないと思いますし、では「FF14はAIをフル活用して制作している」かといえば、そうではないからです。エンジニアをはじめ、プロデューサーやデザイナー、プランナーに至るまで全員の「AIに対する認識」が揃っているか、各業務にまでAIが浸透しているかというと、まだまだというのが正直なところです。
また、今はまだエンタメ業界に漂う「AIへの敵意」みたいな空気感があるように感じています。
今井さん:AIへの敵意?
吉田さん:特に一昨年から昨年にかけて、声優さんやハリウッドの俳優さんをはじめ、映像を作っている人たちの間で、「AIは悪いもの」と解釈される動きがありました。
そんな風潮の中、「AIを使っています」と言おうものなら、ものすごい批判が集まってしまう状況かなと思うのです。特にこれは「AI」という言葉の内容定義が統一できず、それぞれの個人で認識が異なるため、現状は仕方のないことでもあるのかなと思っています。
今井さん:想像できます……。エンタメ界隈でのAI活用は理解されづらく、「仕事を奪うのでは」「著作権を侵害するのでは」と論争になりがちですからね。
吉田さん:一方で「定義」という話をするのなら、長年プログラムのコードを書いてゲームを開発しているゲーム業界の人間は、「コンピュータに命令を書き、パラメータ判断を与え、結果を出力して動作させている時点で、簡易AIとも呼べてしまう」とも思うんです。
テストをしているものとして、自分たちの部門のアーティストが、業務として作画したデータだけを学習させ、どの程度の生成ができるか、なども試しています。
アーティストたちは会社の資材や時間、給料を含めてグラフィックスを作っているので、そのデータの著作権は会社に帰属する。そうして成長した作画能力は、著作権が明確になります。しかし、呼称としては「学習型の生成AI」になるため、その言葉だけが独り歩きをすると、やはりリスクは高いだろうな、と思うのです。
「入力されたパラメータを元に、コンピュータによる判断を行う」というものは、プログラムの基本動作であり、広義ではこれもAIに該当してしまいます。その「入力されたパラメータ」の方に問題を感じるのか、そもそも「AIの使用方法」、「使用箇所」に問題を感じるのか、この辺りの認識の差が大きい、というのが現状だと思います。
吉田さん:この認識や価値観の差が大きい現状がゆえに、包括的に「AIは悪だ」とか「一律のルールを整備すべき」という声が大きく聞こえていると思っています。
とはいえ、AI活用の検証や研究は、会社はもちろん、チーム内でも積極的に行わざるを得ないと思っています。世界的な競争の真っただ中であるのは事実でもあり、もちろん、どうやって安全性を保ちながら使っていくのか。特にクリエイティブ面での実用化は非常に悩ましく、今まさにカオスにある状況です。
バグか、バグじゃないのか。AIはまだ判断できない
今井さん:プレイヤーの目に触れない部分でのAI活用ならもっと進んでもいいのかなと思うのですが、そのあたりはどうでしょう?
今のFF14でも、開発側が意図しない方法でギミックの解法ができてしまうケースはありそうですが、そうした想定外の挙動やバグの発見などにも使えるのかな、と。
吉田さん:まずそもそも、僕たちはプレイヤーの皆さんが発見した、開発想定外の攻略法には肯定的です。それが不具合によるものではない限り、それはプレイヤーの皆さんの発想力の凄さだからです。だからこそ、ゲームは面白いのだと考えています。
ただ、「それならば、不具合発見にAIを……」となるかと言えば、そこが難しいところで(苦笑)
例えば無敵状態になれる技を使ったにもかかわらず、なぜか攻撃を食らってしまったとしましょう。それは単なるバグの可能性もあるし、もしかしたらある特定の条件下のみ無敵貫通できるといったゲームデザイナーの思惑な可能性もあるかもしれません。
つまり、「過去事例から考えると想定外の挙動」というものがあったとしても、それを取り除きたいケースもあれば、あえて残したいケースもあります。作り手側の想像性というのは、常に「新しいもの」「過去にやっていないもの」に重点を置くことが多いためです。
ゲームデザイナーが意図的に作ったものの可能性もあるので、最終的な判断はゲームデザイナーにしかできません。もちろん、このケースの場合、「この技は無敵系のアクションを貫通する」と仕様書に日本語で記載はしていますが、その日本語の仕様書まで読み取って、実装側の不具合判断をAIが行う、というのは、今はまだ難しいということです。
今井さん:確かに、人間の常識とかゲームクリアの常識を、最終的に価値判断することはAIには難しそうです。
吉田さん:先程おっしゃっていたギミック解法に関しても、僕らは当然、事前に解法パターンを作り、そのパターンに従って調整しています。ただ、先ほどもお話ししましたが、プレイヤーの皆さんの試行錯誤や発想力の飛躍は本当にすごくて。
僕らが“決まった回答”を作り、その通りにプレイしていただいた時に面白いゲームが完成するわけではなく、遊んだプレイヤーの皆さんが創意工夫し、乗り越えた時にある発見や達成感、あるいは感動や充実感を感じていただいた時が、エンターテインメントとしてのゲームが完成した瞬間になると思うんです。
とはいえ、上記の仕様判断の例も、単純に学習レベルと時間の問題だろうなとも感じています。人間の感覚やセンスも結局のところ、素粒子レベルで考えると本質的には機械と変わりませんからね。
非人間的作業をAIに託せるから、人間は本領が発揮できる
吉田さん:一方で、ゲーム内ではエリア一つとっても、ものすごいスケールの土地を用意しているので、人間の力だけで不具合を見つけきるのは非常に難しいです。ですので、弊社でもQAチームの領域などではAIによる手助けを取り入れはじめています。
ゲーム業界では古くから、そして今でも、キャラクターを操作して岩に体当たりしてみたり、体を壁にめり込ませてみたり、木箱の角にぶつかってコリジョン(衝突)設定がきちんと設定されているか……という確認をこれまでずっと人力でやっていました。それこそ「この1キロ四方は、あなたとあなたが担当なのでずっと壁や木箱に向かって走り続けてください」みたいなことが、QAチームの現場では当たり前の風景なのです。
今井さん:途方もない作業ですね…….。
吉田さん:でもこれがデバッグの基本なんです(苦笑)
吉田さん:この作業を文字で表記すると、かなり機械的で非人間的だな、と感じてしまいますし、事実僕も業界に入った初期の頃は、この作業もやっていましたので、辛いのも確かです。現在はこうした作業はできるだけAIに置き換えようという動きがあります。
QAテスターたちのプレイデータを集約させた“ボット”と呼ばれる疑似プレイヤーが24時間、制作中のフィールドを走り続け、出来上がったヒートマップで経路が明確になる。そこからボットに壁や木箱などへの総当たりを指示します。
コリジョン設定が抜けていたらエラーが出るので、翌朝出社したQAチームのリードが「このあたりのコリジョン怪しいかも」と指示を出して対応に取り掛かる、といった具合です。AIの使い方としては初歩的ですが、生産性はかなり上がりますね。
今井さん:今のお話はまさに「AIによる仕事の代替」の事例ですね。炎上ポイントだとは思いますが……。
吉田さん:その「仕事の代替え」という感覚は、「その稼働をゼロにしてしまう」というコストカットの概念が先に来るためですよね。でも、実際にはその辛い作業をしていたQAテスターは、もっと「人間にしかできないコンテンツの仕様判断」に時間を費せるようになります。
「仕様判断の正確性が高い人物だ」となれば、開発チームへの移動や、QAテスターとしてリードへ昇格していく可能性が、以前の作業に比べ大幅に向上します。AIに限らず「置き換え」のようなことは昔からよくあったのではないかと、歴史を見ていて感じます。その度に人間は働き方を変えてきました。ですのでAIについても、代替えとかコストカットだとネガティブ側だけに捉えるのはもったいないなと思うのです。
コストカットではなく、全く同じコストだけどもっと人間にしかできない、レベルの高いことに時間を割こうぜ、と。人間がより良いタスクにパワーを割けるポジティブな潮流として受け止める方がいいと僕は思っています。
今井さん:AIと人間が組むことで、人間は人間が本来力を注ぐべき領域で力を発揮できるようになるわけですね。
吉田さん:そう考えています。ただ、繰り返しになりますが、やはり価値観や捉え方は、年代によってもかなり異なるのが現状です。生まれた頃からスマホを触って遊んでいる世代からすれば、AIはそこまで特別なものじゃない。今この状況が「当たり前」になってしまう。
かつて音楽は生楽器や譜面から生み出されてきましたが、今は打ち込みも含め多数のツールやソフトウェアが存在します。僕が学生の頃はインターネット創世記でしたが、今はSNSが当たり前です。
こうやって作られた音楽やクリエイティブも、世界に向けて一瞬で発信できる時代になりました。この間、たかだか30年程度です。おじさんになった僕からすれば、皆さんもう「めちゃくちゃ新しい仕事をしているなあ」と感じるのです。
今井さん:AIの進化で、ゲーム開発も民主化が加速しそうですよね。
吉田さん:そうですね。インディーゲームの進化も加速しているし、開発者1人でも切れ味鋭い発想を作り込み、世にその価値を問うことができるようになりました。とはいえ、センスのある人は埋没せず、必ず抜きん出てくるはず。それを大企業が支援したり、ピックアップする構造が出来つつあることを考えると、今はその過渡期なんだと思います。
時代にAIが馴染めば、ゲームはもっと進化する
今井さん:この先、AIが進化しても残るエンジニアリングとは、何だと思いますか?
吉田さん:ゲームの「手触り感の良し悪し」は、センスがものすごく問われる部分なので、この先も当面は人間のエンジニアにしかできない仕事として残ると思います。
今井さん:手触り感ですか。
吉田さん:画面上の動きとコントローラーやマウス、キーボードとの連動感やスムーズさなどを「手触り」と呼んでいます。手触り感を作り込むにあたって、処理の書き方が沢山あるのですが、プレイヤーの手にどういうフィードバックを返すか、それを「何フレームで作成すれば気持ちよく感じてもらえるか」といった部分は、ゲームデザイナーやエンジニアの判断による部分が大きいです。
もちろん、手触りが良いと思われるコードや仕様書を作成し、それをAIに学習させればいずれは機械ができるタスクかもしれません。ただ、現段階だと教え込む時間の方が長くなってしまうのがネックです。加えて、僕たちもハードルを常に上げようとします。「前回はこうしたけど、今回はそうじゃなくて~」みたいな話になるので、前回の流用も織り交ぜつつ、結局ゼロベースから新しいものを書かなきゃいけないことが多いんです。
今井さん:デジタル空間の性能を突き詰めると、もはやそれが現実との接点になりますからね。その点で、実体がある人間の方がAIより強くなるという事情はよく理解できます。
ちなみに、私がAIで実現したいのは「人間の可処分時間を増やすこと」です。人は切羽詰まった状況でゲームなんてしませんから。AIが発達すれば可処分時間が増え、忙しい現代人でもゲームを楽める時間が手に入るなと(笑)
吉田さん:それは僕たちにとっても嬉しいですね(笑)。とてつもない広さを持ったゲームを作る時にAIを使えば、風景や背景などのランドスケープやモック段階はAIに任せ、「遊び部分」のプロトタイプ検証をかなり早く回転させられます。そうすれば、リリースまでのデリバリータイムも早められますし、生まれた時間をよりクリエイティブな業務に割けますからね。
メインストリームとなる骨格こそ、僕らの発想力をフル回転させ全力で作ります。でも、メインストリームから外れるような、それこそ何万といるNPCの生活はAIで制御した方が良く、今まで体験したことのないゲームが生まれます。しかも、その方が絶対面白い。
今井さん:AIに任せた方が面白くなるんですか?
吉田さん:例えば、世界の端にある村に住む農民NPCのもとを訪れた時、Aさんの時は世間話をしてくるけど、Bさんが来た時にはモンスターに襲われてたりする。そんなふうに人によって差異が生まれれば、友達同士で「そんなイベントあるの?」「俺の時はこうだった」みたいに盛り上がりもして、それだけで一つの遊び要素になるわけです。
この例だけなら、もちろん手作業やパラメータの相互関係でも制作は可能で、事実そういったゲームも存在します。しかし、モンスターや植物、気候変動、NPCの関係性、NPCの年齢成長などを、何万体と組み合わせて作るのは物理的に不可能です。
しかし、こうしたNPCが20万人活動していてAIに制御され相互関係で動作している。ゆえに、何が起きるか分からない、あなたはその世界に迫る闇を祓う英雄である、というゲームデザインが実現できることになります。
今井さん:めちゃくちゃワクワクします。
吉田さん:じゃあ人間の仕事は何なんだ、となるかもしれませんが、そのゲームのフレームワークを作り、地形にダイナミズムを与えるためのアイデアを出し、世界の制御限界のルールを作り、巨大なボスモンスターとのバトルを手作りしていく……いくらでもあると思うのです。
だからこそ、AIを一概にネガティブに捉えるのではなく、もっとワクワク感の方を大事にしても良いのではないか、と思うんです。
作り手や遊び手の皆さんをはじめ、世の中の人がAIに慣れ、時代にもっとAIが馴染んでくれば、ゲームはさらに面白くなるし、人間が享受できる楽しみは何倍にも増えると感じています。
まだもう少し時間はかかるかもしれませんが、AIしかり、時代の変化をできるだけポジティブに捉えていきたいと僕は考えています。もちろん、その一方で学習範囲、学習内容、権利問題などをしっかり認識し、解決していく努力は必須だと思いますので、その点も同時に強く留意すべきだと思います。
撮影/桑原美樹 文・編集/玉城智子、河西ことみ(編集部)