【「文藝」2025年春季号掲載の水沢なおさん「こんこん」】 顔も見たことがない「中の人」込みの、キャラクターへの愛
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は雑誌「文藝」2025年春季号(河出書房新社)掲載の水沢なおさん(長泉町出身)の小説「こんこん」を題材に。
和風コンセプトのスプリングパークは国内でトップ3に数えられるテーマパーク。主人公の「まど」は真っ白い毛並みと青い目、水色の耳と鼻を持つキツネのキャラクター「こんこん」が大好き。どれぐらい好きかといえば、月に3、4回はパークを訪れ、こんこんが登場するパレードを1列目で見るため、開始まで4時間座って待つほど。いわゆる「地蔵」である。「ヤバい」やつとも言える。
幼少期からこんこんを追い続けるまど。次第にこんこんのたましい、つまり「中の人」に引かれていく。「中の人」は複数いるだろう。でもまどが好きなのは全員ではない。その動き、仕草で分かるたった一人の「結晶」。たぶん、まどにしか見分けられない。パークを訪れても3、4回に1回しか「結晶」が入ったこんこんには会えない。
偏愛、溺愛、恋愛。どれとも違う。「推し」とも「信仰」とも異なる気がする。顔も見たことがない「結晶」込みの「着ぐるみこんこん」への愛。これまで「小説」という表現では描かれたことがないような感情ではないか。
バーチャルなキャラクターなのに、中には生身の人間がいる。まどはこれを「まるっと」愛する。ともすれば異形の愛。でも、まどのまっすぐな言葉が、この感情を何か透き通ったもの、濁りのないものに変換していく。実世界の恋愛や性愛、シビアに結果が求められる仕事との対比が、それを際立たせる。
水沢さんはこれまで作品の中で「生まれる」「生む」という事象に執着を示してきたが、今作はちょっと方向性が違う。主人公は「生まれた」ものに、気持ちを寄せていく。はわせていく。こんこんと「ひとつになる」ことを夢想するまどは、殉教者のようにも感じられる。
まどは静岡市在住。スプリングパークがあるのは「神奈川県春野町」。静岡市から車で2時間半ほどかかる。まどがウォーターサーバーの販売をしているのは、ショッピングモールの本館と新館をつなぐ通路。静岡新聞社近くのあの場所ではないかと、風景を思い浮かべた。水沢さんが得意な「ダブルミーニング」は今作にも仕込まれている。
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