ネット黎明期から生成AI時代まで、「テクノロジー投資家」のBattery Ventures ゼネラル・パートナーに単独インタビュー
「40年間の歴史を紡いできたテクノロジー投資家」。米ボストンに本拠を置くベンチャーキャピタル(VC)のBattery Ventures(バッテリー・ベンチャーズ)を端的に言い表すならこんな表現がぴったりだと、同社のゼネラル・パートナー、マイケル・ブラウン(Michael Brown)氏は語る。インターネット黎明期やドットコムバブルを経て、現在の生成AI時代まで、一貫して「テクノロジー」に焦点を当ててきたバッテリー・ベンチャーズだからこそ、ぶれない軸として兼ね備える「堅実主義」などの投資哲学をブラウン氏への単独インタビューから紐解いた。
<font size=5>目次
・その道40年、テクノロジー投資の専門集団
・ポートフォリオ企業への「サービス」に強み
・スタートアップ投資の際に着目するポイント
・25年間の投資経験で学んだ重要な教訓とは
・100年先も生き残るVCの条件
その道40年、テクノロジー投資の専門集団
―Battery Venturesは1983年の設立から40年以上の歴史を持ち、数多くの実績を上げてきました。成功の要因はどのようなところにあるのでしょうか。
Battery Venturesは「投資家」として40年周年という大きな節目を迎えましたが、1980年代の創業当初から、テクノロジー領域にフォーカスするという戦略は一貫して変わっていません。
もちろん、たくさんの変化も経験しています。最初の頃は主に企業向けソフトウェアなどに投資しており、現在も投資対象の大部分は「アプリケーション・ソフトウェア」、「インフラストラクチャ・ソフトウェア」です。
近年では、ここに「インダストリアル・テクノロジー」と呼ばれる領域も加わっています。これは、ハードとソフトウエアを組み合わせたビジネスで、例えば、食品製造や農業、インフラといった領域が市場として挙げられます。「ライフサイエンス・ツール」と呼ぶ領域ではバイオテクノロジーやライフサイエンス業界をサポートするようなスタートアップに投資しています。
また、相対的に小規模ですが、「コンシューマー」領域にも投資を行っています。これは、ソーシャルメディア企業というよりは、消費者向けマーケットプレイスに焦点を当てたものです。領域はこのように多岐にわたるので、私たちを一言で言い表すなら、やはり「その道40年のテクノロジー投資家」がベストだと思います。
TECHBLITZ編集部作成
―VC業界において、Battery Venturesと他のVCの差別化要因はどのような点でしょうか。
われわれはスタートアップのステージに一切こだわることなく、最初期からグロースステージまで、もっと言うとグロースステージよりも成熟したような段階にいる企業まで、あらゆステージの企業に投資しています。他の大多数のベンチャーキャピタル(VC)はステージ特化型の専用ファンドを有しており、これが大きく異なる点です。
アーリーからレイトまで、スモールからビッグまで。とにかくスタートアップのステージやサイズ、スケールに対するこだわりは持っていませんし、実際に運用資産の「配分」のようなものも存在しません。
では、何を投資の基準としているか。それは、その時のマクロ経済環境に鑑みて、その投資が適切な機会だと判断できるかどうかに尽きます。最も良い市場で、最も良い企業を見つけることに注力しているのです。
Michael BrownBattery VenturesGeneral PartnerGeorgetown UniversityでFinance & International Businessの学士号を取得。1994年にGoldman Sachsに入社し財務アナリストを4年務めた後、1998年にBattery Venturesに入社。エンタープライズソフトウェアやファイナンシャルサービス、ECなどの分野を主戦場に投資し、これまで多数のIPOを手がけた。 また、2003年からは企業の過半数株を積極的に取得する戦略を展開しています。過半数株を保有すること自体は特別なことではないですが、少なからずわれわれの独自性を示すものかもしれません。
これによって目指していることは、企業を成長させること、成長のための「スキルセット」や「ツール」を身に付けてもらうことです。企業がどんなステージにいたとしても、成長のために必要なスキルセットやツールは比較的一貫しています。もちろん、アーリーステージとレイトステージでは若干異なる方法を取ることもありますが、プロダクトや研究開発への投資方法、営業・マーケティングの効率性の考え方、そして投資の適切なタイミングなどについては、われわれが紡いできた「ヘリテージ(heritage)」を存分に活用しています。
繰り返しになりますが、企業を成長させるためのこうした方法論に、企業の成熟度合いはあまり関係ないのです。
ポートフォリオ企業への「サービス」に強み
―テクノロジーにフォーカスするVCは多数ありますが、Battery Venturesはどのような点で差別化を図っているのでしょう。
スタートアップが現場で必要とするリソースを提供できる点です。たとえば当社は2000年代というかなり早い段階から、ポートフォリオサービスを提供しています。ポートフォリオサービスとは、マーケティングや採用といった競争領域において、われわれが有する専門家を派遣することを指します。Battery Venturesがこのサービスを開始した当時は、現在と比較して資本が不足していました。スタートアップは採用やマーケティング、事業開発といった分野にお金をかけることができなかったことから、当社がその肩代わりをしていたのです。
ゼロ金利という環境下で投資マネーが潤沢に市中に流れ、スタートアップが調達した資金を使って自前で採用する能力をすぐに持てる現在の環境においても、このサービスへの引き合いは強いですよ。なぜなら、スタートアップが抱える「起業経験がない」という悩みは、時代が変わっても常に共通したものだからです。インターネット黎明期から市場に存在するVCとして言えますが、大抵の創業者にとって、起業は初めてのことが多いものです。採用やマーケティング、事業開発といった分野への専門性は当然ありません。現場のニーズに即したアドバイスができる点が、Battery Venturesが他のVCと差別化できているポイントでしょう。
私自身、ゼロ金利時代には投資先に対して「この“フリーマネー”は永遠には続かない。投資は積極的に行うべきだが、耐久性のあるビジネスモデルをつくらなければならない。粗利率がマイナスのビジネスは立ち行かない」と口酸っぱくアドバイスしていました。環境に踊らされず、起業家に対して堅実なアドバイスができるところが、Battery Venturesの強みだと言えるでしょう。
TECHBLITZ編集部作成
スタートアップ投資の際に着目するポイント
―Battery Venturesが近年行った投資で最も成功したケースを教えてください。
会計管理ソフトを手掛けるAuditBoardを挙げたいと思います。内部監査に必要なデータを結びつけ、ワークフローを簡易化する企業です。同社のアイデアは、サーベンス・オクスリー法という厳しい規制に準拠しなければならない内部監査の記録システム、Wordや電子メール、SharePointなどをつなげ、業務効率をアップさせるというものでした。
われわれはAuditBoardの①規制強化という市場の変化、②独自の市場開拓戦略、③調達資金に容易には手をつけない堅実経営に目をつけ、投資を決めました。
規制強化という市場の変化に関しては言うまでもありませんが、当局による規制強化の流れから、内部監査の仕事は激増しています。AuditBoardが解決を目指していた問題は、大きな市場になるのは目に見えていました。
独自の市場開拓戦略については、彼らはソフトウエア営業経験豊富な人間を雇うのではなく、セールス経験のない人間をあえて営業に登用する事で、顧客の真の課題を洗い出そうとする謙虚さを持っていました。その点が、顧客からの好反応を引き出したのだと思います。
調達資金については、AuditBoardは自社の売り上げを使って利益を上げることを重要視していたと言う意味です。誰もが容易に資金調達ができる時代において、こうした経営はなかなかできるものではありません。
われわれは、Hg Capitalというロンドン拠点のファンドにAuditBoardの売り込みをかけ、30億米ドル以上での買収にこぎ着けました。
―Battery Venturesが現在特に注目しているテクノロジーやトレンドはありますか。
AIを挙げないわけにはいかないでしょう。ただ、われわれはAIが、検索エンジンが市場に広がったのと同じガートナーのハイプ・サイクル、つまり「過度な期待」「幻滅」「啓発期」「生産性の安定期」というサイクルをたどると考えています。
よく知られているように、Googleは最初に検索エンジンを開発した企業ではありません。「生産性の安定期」という段階で大きくシェアを広げたのです。
AIは現在「過度な期待」の段階にいます。もう少しすると、人々はAIに対して「幻滅」するようになるでしょう。ですが、中長期的に見れば「生産性の安定期」までたどり着きます。われわれとしては、ソフトウエアやライフサイエンス、バイオテクノロジーといった分野でAIがどのように浸透していくか、注視する必要があると考えています。
image : Gartner HP / サービス&ツール ガートナーが提唱するハイプ・サイクル
(参考:https://www.gartner.co.jp/ja/research/methodologies/gartner-hype-cycle)
25年間の投資経験で学んだ重要な教訓とは
―ブラウンさんは25年以上の投資経験があります。その中で学んだ、最も重要な教訓は何ですか?
規律を守ることと、正直であることでしょう。
前者に関しては、常にデータに立ち返ることを重視しています。ベンチャー投資においては、会社の規模が大きくなればなるほど、得られるデータ量が減っていきますが、それでも入手可能なデータを拠り所にして意思決定を行うべきです。間違っても市場トレンドに誘惑されたり、起業家の口車に乗ったりしてはいけません。
後者に関しては、正直であることが起業家との信頼関係の構築につながることを忘れてはいけません。基本的にVCと起業家は5〜10年の付き合いになりますから、悪い知らせもオープンに伝える必要があります。
私はいつも投資先にこのように話します。「僕は非常にバランスの取れたコミュニケーションをとるつもりだ。あなたが最高の起業家で、最高のアイデアを持っているとは言わないつもりだが、同時に物事がうまくいっていない時に怒鳴ったり、叫んだりもしない。過度にポジティブにもネガティブにもならないということだ」
―これまでのキャリアの中で、最も印象に残っている投資は?
それは難しいですね。自分の子どもの中から「一番好きな子どもを選んでくれ」と言われるのと同じなので(笑)
もしひとつだけ選ぶとしたら、Eメールマーケティング企業のExactTargetですね。同社は最終的に、2012年に上場し、1年後にはSalesforceに買収されました。私が投資したのは、リーマンショック渦中にあった2009年で大不況で、多くの人から「Eメールは誰も使わなくなるからやめておけ」と忠告を受けていました。当時の私は若かったですし、実績のあるパートナーは数多くいましたから。
ただ、私が最終的にゴーサインを出したのは、9カ月間の徹底的なリサーチの賜物です。確固としたデータだけではなく、Eメール市場の顧客や市場関係者と徹底的に対話し、マーケティングチャネルとしてEメールはまだまだ堅実に伸びていくと判断できたのです。実際、SNS全盛の現代においても、いまだにEメールはマーケティングオートメーション領域において依然として重要な存在です。先見の明があったということでしょうね。
image: Battery Ventures
100年先も生き残るVCの条件
―VC業界では、今後どのような変化が予想されますか。
VC業界は過去10年間で新規参入が本当に増えました。ヘッジファンドやバイアウト・ファンド、投資信託会社などの参入が目立ちます。さらに、彼らは2020年から2022年にかけて、多くの成功を生み出しました。
古参のVCは、生き残れるのでしょうか?答えは「Yes」です。新規参入者の中には、2024年の上期から、金利の調整局面に入って撤退を余儀なくされているケースもあります。それほど、スタートアップへの投資はリスクが高く、生半可な知識と経験では生き残ることが難しいのです。
Battery Venturesのように、スタートアップ投資のノウハウがあるVCは、100年先でも生き残っているでしょう。先ほども申し上げた通り、起業家のニーズはそれほど変わらないからです。
今後は、日本や中国、インド、南米といった地域でもベンチャー投資のエコシステムが生まれてくると思います。AIが次世代技術のトレンドにもなりますし、イノベーションのチャンスは増えていくでしょうね。
Battery Ventures:
Battery Venturesは1983年に設立された、テクノロジー分野に焦点を当てたベンチャーキャピタル(VC)。本社を米マサチューセッツ州ボストンに置き、サンフランシスコ、メンロー・パーク、テルアビブ、ロンドン、ニューヨークにもオフィスを構える。複数のファンドを通じて累計130億ドル以上を調達し、450社以上の企業に投資を行ってきた。2024年時点で最新の14号ファンドは、Battery Ventures XIVとSelect Fund IIの合計で38億ドルの規模を誇る。
従業員数なし