【映画「劇場版 アナウンサーたちの戦争」】 「職能の全否定」という残酷
静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで9月19日まで上映中の「劇場版 アナウンサーたちの戦争」から。
2023年8月14日にNHK総合テレビで放送された同名作品の劇場版。太平洋戦争の際に戦意高揚や国威発揚を目的に実施されたラジオ放送による「電波戦」と、そこに加担した(加担させられた)アナウンサーたちの思考と葛藤を描く。
真珠湾攻撃、玉音放送を担当した和田信賢(森田剛)をはじめ、NHKにかつて実際に所属したアナウンサーが実名で出てくる。
戦時の国民統合を使命と考え、「国家の宣伝者」としての務めを果たそうとする館野守男(高良健吾)。「電波戦士」として占領地のフィリピン・マニラの放送局に派遣され、非業の死を遂げる米良忠麿(安田顕)、放送現場での女性活躍を夢見るが「戦時の放送に女性は似つかわしくない」として軍や情報局によって排斥される大島実枝子(橋本愛)。
「国運を賭しての戦い」「マイクが運ぶのは国家の意思だ」。勇壮な言葉が踊る。それを伝えるアナウンサーの葛藤と失意が上がり下がりする。
インパール作戦の従軍取材で視線をさまよった館野が、敗色濃厚の東京で和田に言う。「言葉は何の役にも立ちませんでした」。開戦前に和田が新人に訓示する「虫眼鏡で調べて、望遠鏡でしゃべれ」という理想と、なんとかけ離れた現実だろうか。
戦争の無慈悲さ、悲惨さを伝える映画は無数にあるが、本作は「職能の全否定」という残酷を描いている。戦争映画の新しい断面が切り開かれた。(は)