“酒場感”が導いた、小田原『大学酒蔵』のコの字カウンターで大いに学ぶ
20歳を過ぎた頃から、私には霊感的なものが(たぶん)宿った。いわゆる「見えないもの」が見えたり、「虫の知らせ」を感じたり、頻繁にではないが感じるようになったのだ。特に感じやすいのは「場所の違和感」だ。例えば、どこか初めて訪れる場所に行ったとする。入った瞬間、「あれ……ここ、なんか変だぞ」と違和感を覚える。そのままそこで何かが起こったり、起こらなかったりするのだが、後日その場所を調べると、必ずといっていいほど過去に事件が起こっている。
最近も、家の近くでずっと気になる……というか、その場所を通るたびになぜか冷や汗と鳥肌が立つ場所があったのだが、ふと思い立って事故物件サイトで調べてみることにした。すると……以前そこで一家心中があり、現在は更地になっている、という場所だったことが判明した。さすがにゾッとして、そこを通るのをやめましたよ。こんなさり気ない不気味なことが20年以上続いており、まれに「あ、ここは入りづらいなぁ」ということがあるのだ。
逆に「あ、ここは入りたいなぁ」と直感的に思う場所もある。もちろん、酒場で。ものすごくシブい外観と、圧倒的な地域限定感。引き戸を引くのにも指先が震えるほど躊躇(ちゅうちょ)し、店先でウロウロするのだ。それでも……それでもなぜか「あ、ここは入りたいなぁ」と思ってしまう酒場──久しぶりにありましたね、神奈川県小田原に。
約10年ぶりの小田原観光。お城見学のあとは「かまぼこ通り」を経由して海へ行くのがお決まりだ。
かまぼこ棒と小田原ビールを両手に持ち、いつでも風が強い「御幸の浜」で相模湾を眺めてしっぽりと浸る。
隣のパリピな湘南の海と違って、こちらの海はどことなく哀愁があっていい。さて、観光の続きをしよう。
「あ、ここは入りたいなぁ」
海から歩いていて偶然見つけたのが小田原総鎮守 松原神社である。まず、鳥居までの石橋の美しさよ。うっすらと苔の張った橋の欄干、取り囲むかのような大きな松の木とそこで待ち構えている鳥居。決して豪奢(ごうしゃ)ではないお社は、威風堂々たる貫禄だ。こんな風に例えてよいものか、酒場で言えば老舗の大衆酒場。一見入りづらそうだけれど、どこか魅力にあふれている。
いやぁ、とてもよかった。鳥居の前で一礼して振り返ると……おや?
「あ、ここは絶対に入りたいなぁ」
脳にビビッと直撃、ストンと入ってきた。この気持ちはまさしく、“大衆神社”である松原神社の向かいに、酒場『大学酒蔵』があったのだ。
一瞬にして時は移り、それから1時間ほどあの店の前に立っていた。まずはネーミングセンスの良さよ。「大学」ってどういうことだ……? ただ、文字の収まりがよく、一度聞いたら忘れることはないインパクトだ。
それが大書された赤オレンジの看板と藍のれん。安定のモルタル外壁と間口にはきれいなお花。地元密着型で、あえて観光客が訪れることはないだろう地元民の憩いの場であることは間違いない。
中の様子は全くうかがえない。これは、中々……中々引き戸を引くには度胸がいる。数分迷って、気合いを入れ直し、いざ、引き戸を引いた。
「いらっしゃい」
う、おぉぉぉぉ……! 心の中で大絶叫した。小さな店内には、小さなコの字カウンター、茶色の天井と壁には七夕の短冊の様な色とりどりの榀(こまい)札が貼られている。神棚と中央にはこの雰囲気の邪魔にならないサイズのテレビ。そう、とにかくサイズ感がとてもいい。狭すぎも広すぎもしない、独特のフィット感が素晴らしいのだ。
「コ」の字の出っ張り側に酒座を決め、ゆっくりとこの景色を堪能する。いやぁ……これはタマラナイ。酒を飲もう、酒を飲まなければいけない。
カウンターにメニュー表などはない。客同士の会話から聞こえてきた「バイス」を耳泥棒する。グラスには、見慣れぬ「WHITE LIQUOR GODO」のロゴが浮き上がるピンク色が美しい。
ごぐんっ……ごぐんっ……ごぐんっ……、カ──ッ! 梅のすっぺー爽快感が心地いいじゃないか。どれだけシブい酒場でも、酒を流し込むとある程度落ち着くもんだから、酒って偉大である。さて、七夕短冊メニューから、お料理を選ばせていただきますか。
「すきみ」……ってなんだっけ? ハイハイ、マグロの中落ちか! それはさておき、なんたる量だ。色味もルビーのごとく鮮やかな赤。
箸先にも伝わる、しっとりとした身の鮮度。わさびをテラリと付けて、醤油をチョンでパクり。ウマいっ! 舌の表面にねっとりとこすり付くような旨味。そうだ、ここ小田原は海の街。サカナがおいしくて当然だ。
サカナついでに「しめ鯖」を選んだ私を褒めたい。真剣のごとし、銀ピカのきれいな鯖の身。すり立ての生姜が鼻孔をくすぐる。
おかげさまで、その店の雰囲気だけでしめ鯖の質が分かるまでになった私。それがビックリするぐらい正解で、鯖の身の張り、お酢の漬かり具合共に、トップクラスのしめ鯖であることが確認できた。
「ご結婚、おめでとうございます!」
中央のテレビから、アナウンサーの歓喜の声が聞こえた。数人の客が一斉にテレビに目をやると、そこには日本が誇る大リーガー・大谷翔平の結婚報道が流れていた。
「みんな大好き、大谷選手がついに……」
アナウンサーの発言に、「フフッ……」と苦笑する客たち。そうですよね、大谷翔平よりこの酒場のほうがみんな大好きですよね。
やはり小田原といったら練り物、練り物といったら「玉ねぎ入りさつま揚げ」しかない。いい意味で、予想を裏切られたビジュアル。そこには巨大でなんとも香ばしい匂いを放つカタマリが!
「ムチンッ」と弾ける音が聞こえるほどの、張りのあるさつまあげ。これはウマい、表面は焦げ目がしっかりとあるのに、中のさつま揚げはほんのりと温かく、またそれがちょうどいい旨味を引き出している。あとこれはなんだ……そう、使い込まれた洋食屋のフライパンの味が移った、ハンバーグのようなおいしさが全体を抱擁している。
突然“洋食舌”になったもんだから、エビフライを頼んじゃった! 頼むときに「大きいのと普通のがありますが?」とマスターに尋ねられ、「じゃあ……大きいほうで」と言った私は正しかった。見てくれたまえ、このド迫力のエビフライ。ぶっといエビ柱が2本と、厚切りかぼちゃがドカリ。まずはエビさんから。
ザクッ! ブリュンッ! 口の中で反響する衣と海老のシンフォニー。ソースなんか要らない、衣の脂の味と、素材の旨味だけで十分にイケる。子供の頃に「好きなおかずは?」と聞かれて「エビフライ!」と素直に答えていたら、人生変わっていたかもしれない。
カボチャもホックホクですよ。甘ぁい、ホックホクのカボチャをこんな風にいただけることの幸せを噛みしめよう。
「あんちゃん、ここは初めてかい?」
コの字の上底に居たマダムが言った。一瞬、私に言ってきたのかと思ったが、どうやら私の隣に座っていた青年に言ったものだ。
「う~ん、3、4回目くらいですかね?」
青年ははにかみながらマダムに答えた。それから2人の会話がじんわりと始まるのだ。次に訪れるときには、このマダムは私にも絡んでくれるだろうか……そんな淡い期待をしつつ、頭上にはまたもやあの気持ちが浮かんでいる。
「あ、ここに入って本当によかったなぁ」
霊感ではなく、「酒場感」とでも言いましょうか。こっちの能力も、しっかりと宿っている。
大学酒蔵(だいがくさかぐら)
住所: 神奈川県小田原市本町2-14-3
TEL: 0465-22-4573
営業時間: 17:00~21:00
定休日: 日・祝
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。
取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)
酒場ナビ
行ってみたかった「あの店、この店」を紹介
酒場好き3人組が都内の酒場を中心に「お酒、料理、人」を、ちょっと変わった目線で紹介します。キャッチコピーは「すいません、焼酎濃い目でお願いします」