Vol.81 研究が進む「複数ドローンの不快感」 [小林啓倫のドローン最前線]
ドローンの普及を妨げる要因のひとつが、騒音問題だ。今回、ドローンが人間に不快感や不安を与える距離について実験で示した
ドローンの普及を妨げる「不快感」
ある調査によれば、2024年の時点で、世界のドローン(コンシューマ向け)市場の売上は43億米ドル(約6149億円)に達すると推定されるそうだ。さらにその2024年から29年にかけての年平均成長率(CAGR)は2.24%と予測されており、2029年には市場が48億ドル(約6864億円)に達する計算となる。
市場規模が6000億円超というのは小さい数字ではないが、別の調査では、水中で使用されるロボットの市場が約45億ドル(2022年)と推定されている。そう考えると、もう少し広く普及していても良いところだろう。
ドローンの普及を妨げる要因のひとつとして、騒音問題が挙げられる。たとえばEUのコンシューマ向けドローン規制では、人口密集地域上空を飛行可能なC1クラスという低リスクドローン(もっともリスクが低いとされるC0クラスの次に位置付けられている)の場合、その騒音を81~85dB以下に抑えなければならないとされている。暗騒音工法研究会という組織が公開しているページによれば、地下鉄の車内の騒音が80dB程度だそうだ。そう考えると約80dBというのは我慢できない騒音ではないかもしれないが、ドローン特有の風切り音を延々聞かされるというのも酷なものがあるだろう。
あるユーザーがDJI製ドローンを比較した実験では、それぞれの騒音は70~80db程度だった
実際に米CNBCの報道によれば、お馴染みアマゾンが米国内でドローン配送サービスを拡大しようとしたところ、騒音を理由に住民からの反対に直面したそうである。それによると、同社がテキサス州カレッジステーションという都市でドローン配送を開始するため、FAA(米連邦航空局)の承認を求めていたところ、住民から騒音レベルに対する不満が続出。強い抗議を受けたアマゾンは、今年7月、けっきょくその関連施設を遠く離れた場所に移す決断を発表した。
もちろんドローンの騒音問題はいまに始まったことではなく、その対策に多くの企業や研究機関が取り組んでいる。それでも現実にドローンを導入しようとすると、こうした反応に直面するわけだ。
なぜ人はドローンに不快感を覚えるのか。この問いに新たな指摘を行った研究結果が発表されている。
複数ドローンというケースへの注目
この研究を行ったのは、英サウサンプトン大学の研究者ら。同大学はドローン研究に力を入れており、たとえば次の映像では、ドローンを使った野生動物保護の研究が紹介されている。
実はこの映像の中でも、ドローンの騒音が動物に悪影響を及ぼすのではないかという懸念が表明されているのだが、ドローンの騒音問題にどう対処するのかという点が、研究テーマのひとつとなっている。
そして今回発表された論文「人間とUAVの相互作用のための安全地帯のマッピング」(Mapping Safe Zones for Co-located Human-UAV Interaction)では、「ドローンが人間に不快感や不安を与えることなく、どの程度接近できるか」という疑問に対し、実際にドローンを飛行させて行った実験の結果がまとめられている。
具体的には、18人の被験者の周囲でドローンを飛ばし、1機のドローンと2機のドローンが異なる方向から近づくとき、どの距離で不快に感じたかをボタンで知らせてもらうという実験を行った。すると次のような結果が得られたそうだ。
1.ドローン1機の場合、それが人間に200cm以内に近づくと、不快感を抱く人が多かった。2.ドローン2機の場合、300cm以内で不快感を覚える人が多かった。3.人間の後ろからドローンが近づくと、前から近づくよりも2倍以上不快に感じることが明らかになった。4.実験参加者が、ドローンが他の人間に近づく場面を目にしたとき、(自分自身にドローンが近づいているわけではないにもかかわらず)不快感を覚える現象「共感効果」も確認された。
ドローンの数が増えるとより不快を覚えるようになる、というのはある意味で当たり前の話だが、理論や法律の上だけで考えていると、忘れ去られがちな点と言えるだろう。特に現時点では、街中で複数のドローンに遭遇する確率はそれほど高くない。したがって、1人の人間と1機のドローンの間のインタラクション(相互作用)を気にするだけで事足りてしまうかもしれない。
しかし今後のドローンの普及を考えれば、今回の実験で示された「n対n(複数の人間と複数のドローン)の視点」は非常に大切なものと言える。今後の制度・規制設計は、そうした視点を加味した上で行われなければならない。
研究者らはまた、自律飛行するドローンのために、状況に応じて安全距離を動的に設定する技術も必要だと指摘している。将来のドローンは、そうした配慮をAIなどが自動的に行ってくれる「気配りのできる」存在になるのかもしれない。