「旧町名」で昔の街並みにタイムトリップ。102soさんに伺う、今はなき町名を探し歩く楽しみ
十二社、淀橋、柏木、三年町。かつてその地に存在し、何らかの事情で消滅したものの、その形跡が現存している町名=旧町名。行政上は消滅したものの、街角に残る旧町名の名残を探し歩く102soさんに、その魅力を伺った。
都市の一角に存在する、今はなき町名
ヨドバシカメラの「ヨドバシ」は、実は新宿に実在した、今はなき「淀橋」という町名から来ていることをご存じだろうか。
かつてその地に存在し、何らかの事情で消滅したものの、その形跡が現存している町名。102soさんは、そんな「旧町名」を長年探し歩いている。
「大学時代、郵便配達のアルバイトをしていたんですが、時折、郵便物に書かれた住所と、表札やポストに書かれた住所が違うことがあったんです。あたかも『この街の住所です』と当然のような顔をして存在しているので、これは一体何なんだろうと気になっていました」
「その後、引越し先の西新宿で、家の近所に開発から取り残されたような長屋が並ぶ一角がありました。表札の住所を見ると『新宿区西新宿』であるべきはずが『新宿区柏木』と書かれていたんです。例のヤツらが、またもや当然のような顔をして存在しているわけです。
もしかしたら他にもいるのではと新宿界隈を歩いてみたところ、『新宿区淀橋』や『新宿区十二社』といった、今はなき町名を見つけました。そこから一気に興味を持ち、範囲を広げて探し始めたのがきっかけです」
旧町名を本格的に探し始めたのは2006年。今のようにスマホが普及していなかったので、まずは紙の地図を片手に街を歩いた。
「最初は紙の地図を持って、思いついたようにふらっとどこかの街へ行き、昔の町名があるかどうか探し歩いていました。ある時、どうやら昔の町名が書かれた古地図なるものがあると知り、しばらくの間は今の地図と昔の地図を両方持って歩いていました。ゼンリンの調査員みたいなことを勝手にやっているような状態です(笑)。
最初の3年ほどはたった一人で孤独に活動していたんですが、2010年にブログ『旧町名をさがす会』を始めてから、少しずつ奇特な方に見つけていただき、活動を取り上げていただく機会が増えていきました」
旧町名から漂う、かつての街並みの残り香
もともと寂しげな街を歩くのが好きだったという102soさん。旧町名に引かれるのは、そこに漂う昔の残り香だという。
「基本的に私は後ろ向きな人間で、例えば戦後の高度成長期といった日本の歴史を振り返りながら、『昔は良かった』と思いをはせるのが好きだったんです。大学進学で上京した当初は、休みのたびに再開発で昔の街並みが失われつつある場所を訪れ、かつての残り香を探し求めていました。
西新宿に住んでいたのも、再開発で昔あったものが消えかかっている儚(はかな)げな様子に引かれたからなんです。
もともと小学生の頃から『VOW』を愛読していて、街なかで不思議なものを探すのが好きでした。そこに、街に潜む儚げなものに引かれるという後ろ向きな気質が重なって、旧町名を探すようになったのかなと思います。昔の情景が広がっていた時代に行きたいけれど行けないから、せめて当時の町名を探す。それが、今の活動の原点です」
102soさんが関心があるのは、町名そのものというよりは、「町名変更後もかつての町名が残っているという状態」だという。
「正直なところ、町名の由来にはそこまで興味がなくて。現在は西新宿なのに、昔あった『十二社』という名前が残っているということが、バグやエラーのようで面白いんです。旧町名をきっかけに、当時にタイムトリップできるような気もしますね。それが建物都合でいつかなくなるという儚さを含めて、見守っています」
再開発で町ごと消え去った「我善坊町」
昭和40年前後の住居表示の実施によって、東京都内の多くの町名が消滅し、同時に多くの「旧町名」が誕生した。102soさんの調査によれば、その数は1000カ所以上にものぼるという。20年近くフィールドワークを重ねてきた102soさんが、これまで実際に目にしてきた旧町名は、なんと700カ所以上。
今まで目にした中で、特に印象的な旧町名を伺ってみた。
「やはり再開発でなくなってしまった旧町名は、思い出深いですね。例えば港区に新しくできた『麻生台ヒルズ』の一帯は、昔『我善坊町』という町名でした。今は街ごとおしゃれな雰囲気になっています。旧町名と現在の様子とのギャップがあるほど、より思いをはせてしまいますね」
「また、霞ケ関の首相官邸のすぐそばには、かつての地名である『三年町』が記されたビルがあったんですが、今は建物ごと取り壊されてしまいました。いつなくなってもおかしくないものが、50年以上ビルとともに生き続けていたということが、感慨深いですね。間に合ってよかったです」
旧町名探しは運と勘、そして運
これから旧町名を楽しんでみたい、という方に向けて、旧町名探しのコツを伺ってみた。
「結局のところ、『運』と『勘』、そして『運』ですね。強いて言えば、まずは古い地図を見て、字面が面白くて興味をそそられるなど、ピンとくる旧町名を見つけたら、現地へ足を運んでみるのをおすすめします。『東京時層地図』や『今昔マップ』といった便利な地図アプリを使えば、気軽に始められると思います。
空襲を免れた街やお屋敷町など、昔ながらの街並みや古い建物が残っている場所は、旧町名に出合える確率も上がります。
旧町名は、町名表示板や表札のほか、古いビルの看板などに残っていることが多いです。他にも、タバコ販売店や、東京電力が集金のために掲示していた「デンリヨク」(写真)など、意外な場所で発見できることも。
こうした当時から現存するもの以外にも、公園名や町内会の名前などに、今はなき旧町名が使われている場合もあります。当時の名残が何らかの形で残っていれば、それも『旧町名』とみなしています。
上に下に表に裏に、旧町名はどこに潜んでいるか分からないので、油断できません」
ただし、そこに住む住人への配慮は忘れずに。
「住宅地で旧町名を探し歩くのは、はたから見れば不審者。警戒されないよう、身だしなみに気をつけ、キョロキョロしすぎないようにしましょう。私自身、節度とモラルを守り、規則正しく夕方5時には帰るというのを徹底しています。誇れることではないですが、職質経験はゼロです。
地域の方が旧町名を残してくださっているので、『探させていただいている』という謙虚な思いと感謝を忘れない、ということが大切です。町にも親にも、感謝しましょう」
取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真はすべて102soさん提供
村田 あやこ
路上園芸鑑賞家/ライター
福岡生まれ。街角の園芸活動や植物に魅了され、「路上園芸学会」を名乗り撮影・記録。書籍やウェブマガジンへのコラム寄稿やイベントなどを通し、魅力の発信を続ける。著書に『たのしい路上園芸観察』(グラフィック社)。寄稿書籍に『街角図鑑』『街角図鑑 街と境界編』(ともに三土たつお編著/実業之日本社)。