自閉症娘とピアノ。将来有望と言われるもコンテスト拒否…18歳でこぼした一言に衝撃
監修:新美妙美
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 特任助教
「コンテストって、出た方がよかったのかな?」
うちの娘、ASD(自閉スペクトラム症)と睡眠障害があるいっちゃん(18歳)が、ふと「コンテストって、何歳までに何級を取らないといけないとか、あったのかな?」と言い出しました。
最近流行っているフィギュアスケートのアニメで、オリンピックを目指す少女とそのコーチの成長を描いたストーリーを見ていたときのことです。娘は昔、ピアノを習っていました。
3歳から始め、5歳のときには講師の先生の勧めでピアノ教室の専門課程へ。絶対音感があり、音楽に向いていると褒められて、娘もピアノ教室のある日は前日から楽しみにしていました。
専門課程では、教室でできるだけ早くピアノのグレードを上げ、コンテストで優秀な成績を修めることが求められます。しかし、娘は「コンテストには出たくない」「課題曲よりも好きな曲を弾きたい」というスタンスでした。
先生方も柔軟に娘の意思を汲み、良いところを伸ばすようにメソッドを超えて指導してくれましたが、校外のコンテストとなると特例を押し通すわけにはいきません。将来、特にクラシックでプロの演奏家を目指すには、遅くとも10歳までにコンテストに出場して賞レースに加わるのが望ましいとされていたのです。
コンテストに出ることを強要しなかった私
先生方は娘に何度もコンテストについて説明し、「いっちゃんにコンテストに出るよう説得してください!会場に連れてきてくれたら、私たちが雰囲気で持って行きますから!」とも言ってくれました。
しかし、ASD(自閉スペクトラム症)があり、同学年の子どもより情緒的にかなり遅れがあった娘。だまし討ちのようなことをして、ピアノやピアノ教室を嫌いになったら……と心配しました。私は「どうしてもプロになってほしいわけではないし、娘が理解できるようになってからでいいだろう」と考え、そのままにしていました。結果、娘は小学校6年生で一度もオフィシャルタイトルを取らないままピアノ教室を退会しました。
ところが今になって、「コンテストって、出ておいた方が良かったのかな?」などと言い出したのです。私は心の中で昭和の漫画のようにズッコケました。
でも、やはりと思いました。あのときの娘は、本当に「分かっていなかった」のだと。
コンテストに出なかった娘なりの理由とは?
「何か説明されたとは思うけど、まっっったく憶えてない!ピアノ教室の演奏会って、いつも出ても表彰されるのは一番年長のお姉さんばかりじゃない。だったら、眠いの我慢して遠くまで行ってまで出る意味ないと思って」と、娘は言います。まさかの、コンテストと所属する音楽教室内のイベントとの区別もついていなかったのです。そのお姉さんは卒業するお祝いをもらっていたのですよ……。
また、現在でもそうですが、いっちゃんは「こうすればこれが得られる」のような一往復の考え方までは理解できるものの、「こうすればこれを得られて、これが得られれば次にあれを取れる資格になって……」のようなフローチャート的な考え方になると、「分からーん」となり倒れ伏してしまいます。
お兄ちゃんのタケル(ASD・大学院生)も、大学の履修登録で「どの科目を取っておけば来年必修科目が取れるのか」を意識しながら登録する科目を選ぶことができず、結局4年間、履修登録をうまくできませんでした。もしかしたら、二人ともこのあたりが認知的な穴なのかもしれません。
当時の娘も、先生の話は一応聞いていた。しかし、それが「今この級を取らないと、将来こういうチャンスにつながるよ」という意味だとは理解できていなかったのだと思います。
娘には「理解のサポート」が必要だったのかも
私も「分かってなさそうだな」と思いつつ、「まあピアノは本人が好きでやってることだから、本人の意志で嫌と言うなら出なくても良いか」とあまり深刻に考えてはいませんでした。
たとえば、紙に図を描いて「今ここにいて、この先こうなるよ」と見せる。「コンテストに出るかどうかは自由だけど、出たらこんな経験ができるよ」と選択肢を丁寧に説明する。そんな工夫をしていたら、また違った結果になっていたのかもと思います。
うちの子どもたちを見ていても、発達障害のある人は、「選ばなかった」のではなく「選べなかった」ことも多いのではないかと思います。「視野が狭い」などと言われることもありますが、それは本人にはどうしようもないことなのです。
だからこそ、対面で説明するのが一番良いに決まってると思いこまず、本人が理解できる方法を模索するのが大事なのかなと思います。
小学校6年生でピアノ教室はやめてしまった娘ですが、今でもピアノは毎日のように弾いています。好きなゲームの音楽を耳コピしてストリートピアノで弾いたり、ボーカロイド曲をつくって絵も描いて動画を制作し、動画配信サイトで発表したりもしています。気持ちの赴くままに道なき道で表現を続ける娘をこれからも見守っていきたいと思っています。
執筆/寺島ヒロ
(監修:新美先生より)
娘さんの、ピアノコンクールの話題を通して、説明したつもりでも当時は分かっていなかったのかもしれなかったというエピソードを書いてくださりありがとうございます。
見通しや、目的・意義といったものは、形があるものでないため、口頭で説明するだけでは、頭の中にイメージを描きにくく、周囲は繰り返し話して説明したつもりでも本人に伝わっていなかったというようなことはよくあります。寺島さんがご指摘していただいているように、目的や意義、参加した場合と参加しない場合のメリットデメリットなどを、絵やフロー図、表、4コマ漫画、などで見える形式にして伝えることで、本人の理解を助けることになるかもしれません。
とはいえ、コンクールに出場するにはストイックに練習したり、シビアな結果に涙したりということもあり、理解できるように丁寧に伝えていたとしても、娘さんはその道は選ばなかったかもしれないですよね。今でも毎日楽しくピアノを弾けていて、気持ちの赴くままに道なき道で表現を続けられているというのは、何より素敵だと思いました。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。