大河ドラマ『べらぼう』ゆかりの静岡へ街道さんぽ。歴史、グルメ、お茶の魅力に触れる1泊2日の旅
江戸時代から日本を代表する街道のひとつ「東海道」は53の宿場があり、道中には風光明媚な名所も数多い。それらは浮世絵や俳句の題材になり、今の時代にも当時の姿を伝えている。歴史の足跡をたどれるのみならず、近年では昔ながらの良さを生かした新しいスポットも増えてきて、静岡の魅力が高まってきているそうだ。そんな新スポットめぐりも楽しみに、2025年の大河ドラマ『べらぼう』で注目度が高まるだろう歌川広重や十返舎一九(じっぺんしゃいっく)、彼らのゆかりの地でもある静岡県の中部地域へ街道さんぽに出かけた。かつて江戸時代の人々が、滑稽本に書かれたおもしろおかしな物語や、浮世絵で描かれた絶景に引かれ、旅に出かけたように。
【1日目】蒲原宿~静岡駅周辺
東海道蒲原宿の街道沿いに立つ、モダンな外観の建築物『旧五十嵐歯科医院』
新幹線で東京駅から静岡駅に到着し、旅がスタートした。秋晴れに恵まれ、折しも富士山の初冠雪が甲府地方気象台によって発表された日だった。市街地から山並みが望めるようになり、時折海の青色が日の光にきらめいた。
雄大な富士山に見守られながら最初に向かったのは、東海道15番目の宿場町「蒲原宿(かんばらしゅく)」エリア。十返舎一九『東海道中膝栗毛』の主人公・弥次さんと喜多さん(弥次郎兵衛と喜多八)の滑稽譚でも知られる蒲原宿は、レトロな街並みが現在も残り、お屋敷や歴史館など見どころ満載なのだが、今回訪れたのは『旧五十嵐歯科医院(旧五十嵐邸)』だ。
大正期以前に町家建築として建てられ、大正3年(1914)に当主が歯科医院を開業する際に町家を洋風に改築した建物だという。外観は洋風、内観は町家の面影を残し、そのユニークな造りなどが評価され、国の有形文化財に登録されている。
1階は家族の居住スペース、2階が診察室や待合室になっている。2階に上がると、大きめのガラス窓から光が差し込み、風通しもよく、海風が届く。診察で使用していた診察台や器具、「本日休業」の看板、待合室で興じられていただろう囲碁盤、将棋盤が残されていて、かつての人々がここで過ごしていた光景が目に浮かんでくる。
旧五十嵐歯科医院(旧五十嵐邸)
住所:静岡県静岡市清水区蒲原3-23-3/営業時間:9:30~16:30(11~2月は~16:00)/定休日:月(祝の場合は翌平日)・祝翌日(土・日を除く)/アクセス:JR東海道本線新蒲原駅から徒歩7分
版画摺り体験も! 歌川広重の名を冠した日本で最初の美術館『静岡市東海道広重美術館』
「由比宿」は東海道16番目の宿場町で、現在その中央には本陣(=大名が宿泊する施設)跡地として「由比本陣公園」が整備されている。表門・石垣・木塀・物見櫓・馬の水飲み場などが復元され、江戸時代の面影を感じることができる。
続いて足を運んだのは、由比本陣公園内にある『静岡市東海道広重美術館』。広重の代表作である『東海道五拾三次之内』や、晩年の傑作『名所江戸百景』など、風景版画の名品を中心とした約1400点の収蔵品により、バラエティーに富んだ企画展を開催している。
この館では「版画摺り体験」もできるとのことで、せっかくなので浮世絵の多色版画の摺り体験に挑戦してみた。用紙を版に合わせて置く際や、バレンで摺る際に、紙がずれないようにと慎重になるが、一色ずつ色を塗り重ねていくごとに風景が彩られていって楽しい。つい熱中してしまった。
静岡市東海道広重美術館(しずおかしとうかいどうひろしげびじゅつかん)
住所:静岡県静岡市清⽔区由⽐297-1/営業時間:9:00~17:00(入館は~16:30)/定休日:月(祝の場合は翌平日)/アクセス:JR東海道本線由比駅から徒歩25分
かき揚げや釜めしで新鮮な桜えびを堪能『くらさわや』
さて、そろそろ空腹を満たしたいところだ。お昼どきに静岡グルメを味わいたいと立ち寄ったのは、1950年創業、老舗の磯料理屋『くらさわや』。漫画『美味しんぼ』にも登場した有名店だ。
さざえやあわび料理も提供しており、そちらも気になるが、『くらさわや』へ来たらいただきたいのは駿河湾の特産品・桜えび。東海道16番目の宿場町由比宿の名物でもある。
桜えびは、日本では静岡県焼津市の大井川港と、静岡市の由比港でしか漁が許可されていない非常に希少な食材だ。この日は秋漁が解禁されて間もないタイミングだった。
生の桜えびは甘みと旨味が際立ち、かき揚げは香ばしさが楽しめてたまらないおいしさ。その味わいに魅了され「もっと、もっと」と欲しくなった。
くらさわや
住所:静岡県静岡市清水区由比東倉沢69-1/営業時間:11:00~14:00LO・17:00~19:00LO/定休日:月(祝の場合は翌)/アクセス:JR東海道本線由比駅から徒歩20分
徳川家康ともゆかりが深い古刹「清見寺」
「興津宿」は東海道17番目の宿場町で、徳川家ゆかりの寺院も多く、今なお昔ながらの雰囲気が残るエリアだ。清見(せいけん)寺は中でも徳川家康とゆかりが深い。人質として駿府に滞在していた竹千代が、今川家の軍師・太原雪斎から教えを受けたのがこの場所だといい、「家康手習いの間」が保存されている。大河ドラマ『どうする家康』を思い起こす人も少なくないだろう。
また、豊臣秀吉も天正18年(1590)の北条氏攻めの折、当寺に一時本営を置いて全軍の指揮を執っていた。名だたる偉人たちの足跡に思いを馳せながら、仏殿や、国の名勝に指定されている築山池泉回遊式庭園を眺め、心をときめかせた。
清見寺(せいけんじ)
住所:静岡市清水区興津清見寺町418-1/アクセス:JR東海道本線興津駅から徒歩14分
鎌倉時代から続く足久保茶を未来へ。オープンテラスカフェ『はじまりの紅茶 Terrace Cafe』
静岡に来たので、おいしいお茶も味わいたい。続いて訪れた『はじまりの紅茶 Terrace Cafe』は、「鎌倉時代から800年続く足久保茶を未来に繋いでいく」をコンセプトに、「はじまりの紅茶」を立ち上げた「足久保ティーワークス」が手がける全席屋外のオープンテラスカフェだ。
茶農家の高齢化や近年の燃料費の高騰などの影響もあり、放棄茶園の増加が目立っていた中、地域の茶農家50軒が集まり発足した足久保ティーワークス。未来へお茶をつないでいくためのさまざまな取り組みの一環として、茶工場併設の店頭では全種類のお茶のテイスティングができるほか、お茶を使ったアレンジドリンクや期間限定メニューを提供している。
この日は完全予約制、貸切の茶畑テラスへ! ピクニック気分で汗をかきつつ茶畑の斜面を登り、見渡す限りの茶畑と青空に胸を打たれながら、「香駿」など味わい深いお茶のテイスティングを楽しんだ。
足久保のお茶の魅力を紹介してくれたガイドスタッフは若い世代の方も多く、「もっとたくさんの人に知ってもらいたい!」と熱い思いが伝わってきた。この熱さが、足久保茶のバトンを未来へつないでいってくれるだろう。
はじまりの紅茶 Terrace Cafe
住所:静岡県静岡市葵区足久保口組2082-2/営業時間:10:00~16:00/定休日:火(祝の場合は翌)
1967年創業の老舗で静岡の多彩な食の魅力を楽しむ『ルモンドふじがや』
静岡のさまざまな魅力と邂逅していくうちに、とっぷりと日が暮れた。たくさん歩いた一日の締めとして、夜は静岡の食を味わいたい。静岡駅周辺の市街地に戻り、訪れたのは『ルモンドふじがや』。1967年創業、欧風料理と静岡茶のティーペアリングが楽しめる老舗だ。
この日いただいたのは「ようこそ静岡お茶コース」。静岡の旬の海の幸、山の幸を静岡茶を使用してアレンジしたオードブル、ブイヤベース、鉄板焼き、デザートなどのコース料理と、静岡茶とのペアリングを満喫できる、静岡の魅力がこれでもかと詰まったコースだ。
このコースでは、席の前の大きな鉄板を使って、目の前で料理が完成していく様子を目の当たりにできる。『ルモンドふじがや』の代表で、ソムリエ兼パティシエでもある白鳥智香子さんが、静岡県産和牛の鉄板焼きと焼き野菜を目の前で仕上げてくれた。
「鉄板焼きは皿にのったときが食べ頃」と素敵な笑顔を添えて伝えてくれた白鳥さんの言に従い、食べ頃を逃さずいただくと、静岡県産和牛が口の中でとろけ、自然と頬が緩んだ。焼き野菜も素材本来の旨味を生かした味つけでおいしい。
お茶どころ静岡ならではの満たされるコース。「明日も良い旅を」と白鳥さんが送りだしてくれ、この上ない一日の締めになった。
ルモンドふじがや
住所:静岡県静岡市葵区昭和町6-1/営業時間:11:30~14:00・17:30~22:00/定休日:月(月1回、日曜不定休あり)/アクセス:JR東海道新幹線・東海道本線静岡駅から徒歩8分
【2日目】駿府城公園~用宗エリア
駿府城遊覧船「葵舟」で中堀を周遊
2日目の始まりは、再び徳川家康と縁の深い場所へ。駿府城公園は、徳川家康が天正13年(1585)に築城し、大御所として晩年を過ごした駿府城跡に広がる市民公園。近くには2023年1月にグランドオープンした『静岡市歴史博物館』もあり、静岡の礎を築いた今川氏と徳川家康の歴史を知れるスポットだ。
「葵舟」は巽(たつみ)櫓、坤(ひつじさる)櫓、北門橋、二ノ丸水路などを眺めながら中堀を周遊する遊覧船。定員11名の木造船で、美しい石垣を見上げると往時の面影と出合える。桜の時期には散った花びらが水面を覆い、「桜の絨毯のようできれい」とガイドの方が教えてくれた。
終盤で現れる低い橋を潜る際は、屋根が自動で下がり、乗船客全員で頭を目いっぱい低くして通過した。この臨場感と、歴史のいわれやちょっとした裏話まで話してくれるガイドの方の案内で、飽きることのない時間を過ごせる。
駿府城公園(すんぷじょうこうえん)
住所:静岡県静岡市葵区駿府城公園1-1/営業時間:入園自由(東御門・巽櫓・坤櫓・紅葉山庭園は9:00~16:30※入館は~16:00)/定休日:月(祝の場合は営業)/アクセス:JR東海道本線静岡駅から徒歩15分、静岡鉄道新静岡駅から徒歩12分
雰囲気たっぷりの明治トンネルと、江戸時代さながらの家並み「宇津ノ谷峠」
静岡市と藤枝市の市境にある宇津ノ谷峠(静岡県静岡市駿河区宇津ノ谷ほか)。平安時代の和歌にも詠まれ、歌枕の地としても有名な峠だ。豊臣秀吉などとも縁が深く、この道を歴史上の人物がたくさん行き交ったのだろうと思うと、胸が弾む。
宇津ノ谷峠を越える最古のルート「蔦(つた)の細道」は、平安時代の古典文学『伊勢物語』に登場し、人々に知られるようになったという。かつては蔦が生い茂る峠道だったが、現在はハイキングコースとして整備され、散策を楽しむことができる。
まずは、明治9年(1876)に日本初の有料トンネルとして開通した明治のトンネル(明治宇津ノ谷隧道)。赤レンガの内壁と坑道内のランプが、当時のままの風情をたたえる。1997年、明治時代の貴重な建造物として、現役のトンネルとしては初めて国の有形文化財に登録された。
それから、峠の東の麓、丸子宿と岡部宿に挟まれた「間の宿(あいのしゅく) 宇津ノ谷」。峠越えを目指す旅人の休息ポイントとして茶屋が立ち並ぶ場所だった。現在も江戸時代さながらの家並みが残り、家々の軒先に掲げた屋号の看板や石畳が、往時の風情を偲ばせている。ゆっくり歩いてめぐりながら、ここに滞留し、やがて峠越えに挑んだ昔日の人々に思いを馳せた。
江戸期の旅や宿場の人々の暮らしを楽しく学べる資料館『岡部宿大旅籠柏屋』
「岡部宿」は宇津ノ谷峠の麓に構える東海道21番目の宿場町。このあたりでは旅籠や茶屋が営まれ、小さな宿場だったがとても栄えていた。そのため、旅人や幕府の役人、大名も多く利用した。
『岡部宿大旅籠柏屋(おかべしゅくおおはたごかしばや)』は国登録有形文化財にもなっている貴重な旅籠の建物を利用し、当時の旅や宿場の人々の暮らしを楽しく学ぶことのできる資料館だ。建物内は江戸時代にタイムスリップしたような空間で、旅衣装を身に着けて写真撮影もできる。
併設の物産館「かしばや」では、地場特産品や工芸品の販売のほか、喫茶コーナーで軽食も楽しめる。
十返舎一九『東海道中膝栗毛』には、降りしきる雨の中、宇津ノ谷峠を越えた弥次さん・喜多さんが大井川が川止めと聞いて岡部宿に宿を取り、ゆっくり体を休める——というエピソードが。2025年は戯作者・十返舎一九の生誕260年という節目の年。江戸時代に日本初の「旅の大ブーム」をもたらした彼の代表作に思いを寄せるのも一興だろう。
岡部宿大旅籠柏屋(おかべしゅくおおはたごかしばや)
住所:静岡県藤枝市岡部町岡部817/営業時間:9:00~17:00(入館は~16:30)/定休日:月(祝の場合は翌)/アクセス:JR東海道本線藤枝駅から中部国道線バス「新静岡駅」行き約30分の「岡部宿柏屋前」下車すぐ
丸子宿名物とろろ汁を大正時代の面影残る『一松園』で
静岡県に来て、雄大な駿河湾も眺めているが、移動の道中で感じるのは山の多さ。左右にそびえる峰が目を引く景観を形作っている。
2008年に環境省から「平成の名水百選」に制定された安倍川に架かる長い橋を渡り、たどり着いたのは東海道20番目の宿場町「丸子宿」エリア。大正時代の面影残る建物の『一松園』で、静岡名物の1つ、とろろ汁を堪能できる。
徳川家康も愛した自然薯(じねんじょ)。糸を引く粘りと豊かな香りが、料理をよりいっそう引き立ててくれる。江戸時代、精が付く食べ物として、峠越えの旅人たちにも人気だったという。
『東海道中膝栗毛』では弥次さん・喜多さんが惜しくもとろろ汁を食べられなかったという話があり、それを受けて歌川広重は自身の浮世絵の中で2人を描き、とろろ汁を食べさせてあげた……とか。
この日いただいたのは、とろろ汁、麦入りご飯に、赤だし、お新香、くだもの、刺し身も付いた安倍川2475円。茶碗にご飯を半分よそい、そこにとろろをたっぷりかけて口に運ぶと、するするとご飯が進む。薬味(刻みネギ)をそこに足すと、これがまたいいアクセントになるのでおすすめだ。
一松園(いっしょうえん)
住所:静岡県静岡市駿河区丸子7-11-5/営業時間:11:00~19:00/定休日:火(祝・月末の場合は営業)
静岡の伝統工芸の技を体験!『駿府の工房 匠宿』
建物の特徴を生かしたデザイン、中庭には緑や水辺が点在し、カフェも併設されている。広々としていて誰にとっても居心地のいい『駿府の工房 匠宿(たくみしゅく)』は、国内最大級の伝統工芸体験施設。2021年5月に「歴史と未来を結ぶ場所」をコンセプトにリニューアルされ、今川・徳川時代から受け継がれた静岡の伝統工芸の技と、その豊かさに触れられるスポットだ。
各工房では、駿河竹千筋細工・木工・漆・染めもの・陶芸など静岡の伝統工芸を体験できる。丁寧に手順を教えてもらえるので、不器用な筆者でも所要時間内に作品を作ることができた。
施設内を歩いていて感じるのは、老若男女、特に若い男女の姿もちらほら見かけられること。体験を通して静岡の伝統工芸に触れ、カフェで憩い、中庭を散策——と、思い思いの時間を過ごせる素敵空間だった。
駿府の工房 匠宿(すんぷのこうぼう たくみしゅく)
住所:静岡県静岡市駿河区丸子3240-1/営業時間:10:00~19:00/定休日:月(祝の場合は翌平日)
くつろぎの一棟貸しの宿『日本色』と、富士山を望める『用宗みなと温泉』
用宗港(もちむねこう)は、しらす漁が盛んなノスタルジックな港町。静岡駅から電車で10分ほどのエリアで、市民憩いの海水浴場、懐かしさを覚える路地裏、美しい海と山の景観が広がる。近年、用宗の魅力を生かしたスポットが次々オープンしていて、中でも一棟貸しの宿『日本色(にほんいろ)』は、一棟一棟、趣や広さが異なるくつろぎの宿だ。
囲炉裏、檜風呂、大型スクリーンなどの設備やスタッフによるおもてなしが魅力。新しいのに懐かしい、おばあちゃんの家に来たような安心感もある。
港を目の前にし、さらには露天風呂から富士山を望める『用宗みなと温泉』。安倍川水系の良質な天然地下水を使用した各種の室内浴槽、遠赤外線サウナを楽しめる。この日も地元の方や旅行客でにぎわっていた。
併設されている『The Villa & Barrel Lounge』では、できたての新鮮なクラフトビールを常時10種前後いただける。風呂上りにはクラフトビールで乾杯!
用宗エリアはじわじわと魅力的なスポットが増えてきているそうなので、これからますます注目したい場所だ。
日本色(にほんいろ)
住所: 静岡県静岡市駿河区用宗4-20-12 HUTPARK用宗1F/アクセス:JR東海道本線用宗駅から無料送迎トゥクトゥクで5分
用宗みなと温泉(もちむねみなとおんせん)
住所:静岡県静岡市駿河区用宗2-18-1/営業時間:10:00~24:00(最終受付23:00。土・日・祝は9:00~)/定休日:無/アクセス:JR東海道本線用宗駅から徒歩11分
天候にも恵まれた2日間。静岡は海、山深い場所と街が近い距離にあり、その景色の移ろいがめぐっていて心弾むものがある。また季節によって異なる顔を見に、足を運びたいものだ。
取材・文・撮影=阿部修作(さんたつ編集部)