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脳疲労から老化まで! すべてを理解するカギは、「炎症」にあった【脳と免疫の謎】

NHK出版デジタルマガジン

脳疲労から老化まで! すべてを理解するカギは、「炎症」にあった【脳と免疫の謎】

「脳の免疫細胞」と言われるグリア細胞の研究が進み、脳と免疫の相互作用が心身の不調、精神疾患、依存症などに影響を及ぼしていることが明らかになってきています。いったい脳の中で何が起きているのか。脳と免疫の知られざる関係とは――
気鋭の脳科学者・毛内 拡さんによる『脳と免疫の謎 心身の不調はどこからくるのか』の刊行を記念し、本書の「はじめに」を公開します。

毛内拡『脳と免疫の謎 心身の不調はどこからくるのか』

脳と免疫の知られざる関係

 最近、ネットショッピングをしていたら、乳酸菌飲料やヨーグルトだけでなくペットボトル入りのお茶にも「免疫ケア」という言葉が冠されているのを発見して驚きました。気になってクリックしてみたところ、要はある種の乳酸菌が含まれているということらしいのです。
 しかし、果たしてお茶を飲むだけで本当にそんな効果は得られるのでしょうか。どうやら腸に乳酸菌を送り届けることで免疫力を強化したり、維持したりできるということですが、その理由やメカニズムをきちんと説明できる人は、あまり多くないのではないでしょうか。お通じが良いにこしたことはありませんが、そもそもなぜ免疫と言えば腸で、脳じゃないのか。

 申し遅れましたが、私は大学で脳科学の研究をしています。脳科学と言っても、心理学や行動学ではなく、脳細胞や脳内物質などの細かい観点から脳の働きを研究しています。
 脳の研究をしているあなたがどうしていきなり免疫について語っているのか、と思われたかもしれません。ちょっと先走って触れた通り、免疫力を強化すると言った時に、どうして脳に働きかけないのか、そもそも脳と免疫って関係しているのか。じつはこれが本書のメインテーマです。ズバリ、「脳と免疫の知られざる関係」について。
 脳というと、「ニューロン」と呼ばれる神経細胞がつくる精密な回路の上をビュンビュンと電気信号が飛び交っているイメージが強いでしょう。いまでは日常生活の欠かせないパートナーとなった人工知能(AI)も、このニューロンが「シナプス」と呼ばれる接合部で情報伝達をする回路をつくることや、学習や記憶が進むとシナプスの伝達効率が強化されることなど、神経回路特有の非常にシンプルなルールを模したアルゴリズムで動いています。

電気信号を発生しない「グリア細胞」

 一方、私が研究しているのは、脳細胞の中でも電気信号を発生しないタイプのもので、「グリア細胞」と呼ばれています。グリア細胞は、従来、単にニューロンの隙間を埋めているだけで何もしていないと考えられていました。昔は、ニューロンを10%とすると、グリア細胞は脳内の90%を占めると考えられていて、「脳は10%しか使われていない」という言説がまことしやかに語られていました。しかし、これは現在では間違いであることがわかっています。

 脳は常にフル稼働していますし、じつは寝ている時だって脳は働いているのです。もし働いていない領域があるとしたら、それは「壊死している」状態ということになってしまいます。ただし、すべての領域が同時に働いているわけではなく、起きている時は起きている時の、寝ている時は寝ている時の特有のパターンがあります。

 最近の研究では、ニューロンとグリア細胞の比率は大体1:1、つまり、脳の半分がグリア細胞とされています。さらに、このグリア細胞が、「健康な脳」にとって重要な働きをしていることが次々と明らかになってきました。何もしておらず、単に隙間を埋めているだけなんてとんでもない。むしろ、グリア細胞とニューロンがうまく相互作用をし、連携が取れている状態こそが健全なのです。したがって人工知能は、ざっくり言って脳の働きの半分しか再現できていないということになります。まだまだ改善の余地はありそうですね。

グリア細胞の働きとは?

 グリア細胞には非常に多彩な働きがあることがわかっていますが、特に本書のメインテーマである「脳と免疫」において重要な働きをしています。グリア細胞は、「脳の免疫細胞」と言っても過言ではありません。脳にも免疫があると言うと驚かれるかもしれませんが、脳だって、異物や老廃物を取り除かないと正常に働けません。最近では、脳も身体の免疫系の影響を受けて、炎症状態になることが知られています。そこで、活躍するのがグリア細胞です。

 脳には、このグリア細胞からなる独自の免疫系があり、さらには「血液脳関門」と呼ばれる鉄壁の守りがあるので、基本的には身体が受けている病気やそれに伴う炎症からは保護されています。このような現象は、脳の「免疫特権」と呼ばれています。
 しかし、最近の研究では、脳も肝臓や腎臓と同じ臓器の一つであり、身体が感染症などの病原体に蝕まれて炎症状態になると、それが脳の働きにも影響することがわかり始めています。よく脳は身体の司令塔にたとえられますが、実際は脳が発する情報は脳から身体への一方通行ではなく、身体から脳へと情報が送られることもあり、相互に連関しているということです。脳は「中枢神経系」とも言われ、なんとなく特別な感じがしますが、やはり身体の一部に過ぎないのです。

ブレインフォグ(脳のモヤ)が起きるメカニズム

 さらには、心の働きでさえ、脳という臓器の働きの副産物であると私は考えています。心と身体を別物と捉える考え方は「心身二元論」と言いますが、研究が進めば進むほど、心と身体は一体であり、脳という臓器の不調が心や身体の不調につながることが明らかになってきています。

 暴飲暴食をしたら胃腸炎になってしまうのと同様に、脳も使い方を間違えると結果的に心身の不調が生じます。胃腸炎であれば、しばらく脂っこいものを食べるのは控えて、薬の力を借りて休養しましょうとなるのに、とりわけ心の不調となると、気合が足りないだとか甘えだとか言われがちな風潮には納得がいきません。
 「怠けている」と思われるのが嫌で、「心が病んでいる」となかなか言い出せないという声も聞いたことがあります。しかし、最新の研究によると、心が不調な時、脳は怠けているどころか、むしろ働きすぎている状態だということがわかっています。ひょっとするとこれも免疫系が「暴走している」と捉えることができるかもしれません。

 心を病んでいる状態は、頭にモヤや薄い膜がかかった状態と形容されることがあります。話題となったコロナ後遺症の症状の一つ、「ブレインフォグ(脳のモヤ)」も、同様の状態であると考えられます。この時、脳ではいったい何が起こっているのでしょうか。
 最近の研究では、身体で発生した炎症性物質が脳にも影響することで、結果として脳の働きが鈍くなると言われています。さらに踏み込んで言うと、私は、特に炎症性物質によってグリア細胞が機能不全となることで、このような心の不調が生じると考えています。
 そこで本書では、グリア細胞の働きを中心に、脳と免疫の知られざる関係を紐解いていきたいと思います。さらには、この脳と免疫の相互作用が、認知症やうつ病などに代表される脳の疾患と関連していることについても述べます。

 第1章では、身体の免疫系に脳が関与している事実を紹介します。また、なぜ免疫力へのアプローチは腸からが多いのかを考えつつ、腸から脳への連関、さらには末梢神経から中枢神経への連関を概観していきます。その上で、「脳ー免疫相関(連関)」という新しい考え方を提唱したいと思います。

 第2章では、脳とはどのような臓器かについて、本書を読み進めていくために最低限の生物学の知識をまとめました。人類はどのように脳を理解してきたのか。それをニューロン、シナプス、神経伝達物質、受容体などの重要なキーワードとともにギュッと凝縮しましたので、何かわからない用語が出てきた時には、いつでもここに戻ってきてもらえればと思います。

 第3章では、脳ー免疫相関において中心的な役割を果たす、グリア細胞について紹介します。グリア細胞は、これまで単に隙間を埋めるだけの何もしていない細胞だと思われたり、病巣の剖検(病死した遺体を解剖し、病気が発生していた部位の病変の状態を詳しく調べる検査)において必ず発見されることから、病気の元となる悪者なのではないかと考えられたりしてきました。しかし、健康な脳の働きにはグリア細胞の活動が欠かせないことがわかってきています。

 第4章では、脳を含む心身で生じるさまざな不調や疾患を脳ー免疫相関という切り口で見ていきます。これまで単に心やメンタルの不調だと漠然と捉えられてきた問題を、脳ー免疫相関という観点から解きほぐすことで何がわかるでしょうか。

 最後の第5章では、脳ー免疫相関を知った上で、どうしたらいろいろな病気に対する免疫力を向上させることができるのか、あるいは、加齢に伴う免疫力の低下という事実に対していかに向き合っていくべきかについて考察します。誰しも加齢に抗うことはできませんが、私は、「加齢」と「老化」は別の現象だと考えています。脳ー免疫相関を鍛えることで、加齢をポジティブに捉え直すことができればと考えています。

 心身ともに健康で充実した生活を送りたいと思うすべてのみなさん。一緒に、めくるめく脳と免疫の世界へ出発しましょう。

毛内 拡(もうない・ひろむ)

お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教。1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業。2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センタ一研究員を経て、2018年よりお茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教。生体組織機能学研究室を主宰。著書に『脳を司る「脳」―― 最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき』(講談社ブルーバックス、第37回講談社科学出版賞受賞)、『「気の持ちよう」の脳科学』(ちくまプリマー新書)、『「頭がいい」とはどういうことか―― 脳科学から考える』(ちくま新書)など多数。

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