この5人で音を鳴らす歓喜に満ちた、『BBHF Tour 2024 HERE COMES THE ICY DRAUGR ードラウグの回帰ー 』ファイナルをレポート
BBHF Tour 2024 HERE COMES THE ICY DRAUGR ードラウグの回帰ー
2024.6.4 恵比寿LIQUIDROOM
BBHFが5月22日にリリースした最新EP『Here Comes The Icy Draugr』を新たにセットリストに加えたツアーを札幌、大阪、東京で開催。ここではファイナルとなった恵比寿LIQUIDROOMの模様を振り返る。
思えば、3月に開催した尾崎雄貴(Vo/Gt/Syn)主催のGalileo Galileiとのスプリットツアー『Tsunagari Daisuki Club “Galileo Galilei×BBHF”』はGalileo GalileiとBBHFの異なる個性や音楽性が明確になるものだった。それに加え、どこかBBHFの存在がファンにとってGalileo Galilei不在期間の不安を払拭するよすがのような面が、Galileo Galileiの復活まではあったと思う。だが、2023年のEP『4PIES』以降、明確になった雄貴、DAIKI(Gt)、尾崎和樹(Dr)のバランスから生まれる前向きな攻撃性や真意を伝える手段としてのシニカルさは、BBHF特有のものとして際立ってきた。この日も“BBHFのライブを観に来ている”意思が伺えるオーディエンスが圧倒的に多い印象を持ったのだ。
パール・ジャムやSUM41、ニュー・オーダーなど90sの時代感が匂うBGMが流れ、当時のオルタナティヴに意識が傾斜する中、ロマ音楽風のSEに乗せ、自らハンズクラップを促す雄貴をはじめ、メンバーが登場し、和樹のタイトな8ビートが「サラブレット」を駆動させた。輝度の高いDAIKIのギターの存在感が強く、なかなか攻めたオープナーだ。すかさずUKっぽいシニカルさをリフでも表現する「メガフォン」。DAIKIとサポートの岡崎真輝(Gt/Key)のユニゾンするギターもいい。ハンドマイクでアクションを交えて歌う雄貴が「このゲームの敗者はここにいる全員です」という歌詞で手を広げた際のユーモアにたくましさが覗いた。続く「僕らの生活」のイントロでのDAIKIと雄貴のリフは、物語の始まりを予見させて心をくすぐる。Newspeak・Yohey(Ba)のミュート気味のフックの効いたベースラインも含め、5人の主張しながらも融合するアンサンブルの旨みが細胞に行き渡った。
気合いもエネルギーも体力もバッチリで「最大集中で」と某ゲームを思わせる発言に笑いを誘いながらも、今日のライブに臨む楽しさをメンバー全員が横溢させているのがわかる。そこからEPに先駆け、昨年12月にリリースした「エデンの花」の宇宙船の交信めいたSEが流れ、荒涼とした惑星に一人取り残された主人公の心情が歌われる。最新のBBHFの楽曲ではあるけれど、彼らのキャリアを思うとき、前身バンド・Bird Bear Hare and Fishの諸作である『Moon Boots』のことも思い出さずにいられなかった。さらにトライバルとエレクトロニックが融合する「死神」の透徹した世界観に繋がっていくと、深く聴き入ることの愉悦にフロア中が満たされる。この曲では特にシンセベースもミュート気味の生ベースもイマジネーション豊かなYoheyのプレイが重要な役割を担っていた。
「はい。まだ皆さんの硬さを感じます。僕らも硬さを感じます」と、前の曲の余韻をぶつ切りにするような雄貴のMCがオーディエンスを和ませる。その“解し”が効いたのか、次の「戦場のマリア」では前方が明らかに蠢いているのが見てとれた。男女の諍いを俯瞰で見るような歌詞なのに曲調はサーフロックや60sのポップソングを思わせるところもあって、雄貴が腕を左右に振るとフロアにゆったりしたハンドワイパーが現れた。続いても新曲だが、一気にハードで乾いたロックンロールナンバー「立派なお人」へ。DAIKIの作る16ビートのグルーヴを生み出すカッティング、そのDAIKIが考えたというベースラインをライブハウスの空間に拡張するYohey得意のフレージングで、これまでの流れからまるで国が変わったような音像が放たれる。雄貴のボーカルもエネルギッシュだ。荒野をボロボロになりながら歩みを止められない「立派なお人」で生まれたザラつきは、「やめちゃる」の輝度の高いギターロックサウンドに取って変わられつつ、叩きつけられる雄貴の歌はめちゃくちゃシニカルなのだ。痛快なグルーヴに巻き込まれながら、ままならない人生を思う。嫌なことを忘れさせてくれるのではなく、さまざまな事柄を抱えながらも顔を上げていられるかもしれないな、そう思わせてくれるのもBBHFのライブ醍醐味だ。そうしてバンドの胆力を感じているところに、全ての楽器がロングトーンを放つイントロから「クリーチャー」が始まる。ダークで少しフェティッシュなシンベの響きはこの曲の着想だったというピーター・ゲイブリエルや80年代後期のエレクトロポップを想起させ、一気に暗闇へ誘う。極限状態の中でこそ開き合える心をイメージさせるこの曲の世界観に肉薄する集中度の高い演奏だった。
圧倒的な緊張感から現実の場所に戻すような雄貴の素のMCはメンバー紹介にも及び、DAIKIのフロントマンぶりに触れ、クリアソニック越しの和樹のことを「檻の中のクリーチャー」呼ばわりして笑わせたりしていた。もっとも当の和樹はいつも通り丁寧な口調で、この後のライブも楽しんでほしい旨を伝えていたのだが。
続く2曲はアルバム『Mirror Mirror』から、グッとロックンロールなDAIKIのフレージングも加味され今のライブアレンジになった「バック」、淡々と演奏を積み重ねていく「Torch」。雄貴のボーカルの熱量が上がってピークに達すると、彼だけにスポットが当たりステージ上に明暗が生まれる演出も曲の解像度を上げていた。孤独を感じるエンディングから続く、新作EP『Here Comes The Icy Draugr』のタイトルチューンへの展開は今回のハイライトだったのではないだろうか。うっかり現世に出てきてしまったアンデッドの歌なのだが、歌メロのダイナミズムに含まれる切なさ、DAIKIの滋味溢れるセミアコのフレージングと音色が大きなバラードの本質に帰結する――個人的にはレッド・ツェペエリンもオアシスもニルヴァーナもニール・ヤングも想起したのだが。熟練のグルーヴとも燻銀とも違う、凄烈なアンサンブルのせいだろう。先ほど雄貴がDAIKIのことをフロントマンだと紹介していたのも、あながち立ち位置のことだけじゃないなと感じた。彼のギタリズムは明らかに今のBBHFの核心だからだ。演奏に集中していたフロアから爆発的な拍手が起こったことはBBHFの新たな一歩への何よりの回答だろう。アンデッドという比喩から生身の人間に主体は移るが、続く「Work」の人生の重さのようなものを綴る表現がひと連なりで聴こえたのも、今回のセットリストならではだ。
「バック」から「Work」への流れで曲が描く人生を擬似体験したあとは、毎回この曲が鳴らされるたびにスタート地点に立ち返るような「なにもしらない」。再生をイメージするような白い光に包まれて、飾らない逞しい演奏で本編を閉じたのだった。
感銘の大きさを表すようなアンコールの拍手が続く中、再登場した5人。雄貴はサポートの二人を紹介し、Newspeakの7月リリースのニューアルバムの素晴らしさにも触れた。孤高の活動を続けるBBHFやGalileo Galileiが心からいいと感じるバンドやアーティストを繋いでいくことの信頼度の高さたるや。
そして雄貴は、BBHFで大きな作品をしっかり作るためにしばし“冬眠”に入ると告げた。前向きな未来への計画を発表した後は肩の力が抜けたBBHF流のファンキーなナンバー「愛を感じればいい」が、今この状況にも当てはまる印象だった。そしてラストは「BBHFといえばこの曲でしょう。よかったら一緒に歌ってください」と雄貴が告げたナンバーは「黄金」で、ここで悲鳴のような歓声が上がっていたのも納得だ。
歓喜に溢れるフロアからは再びアンコールの拍手が起こり、ダブルアンコールに応えてメンバー3人が現れたのだが、もはや演奏できる曲がないことから、改めてこれからのBBHFについての展望を雄貴が話した。曰く、冬眠の真意にはGalileo GalileiとBBHFを並行して活動することへの拘りがなくなったこともあるらしい。うっかり来年にはアルバムもリリースすると発表し、DAIKIに「ああ、言っちゃった。今聞いた」と突っ込まれていたが、そうやって自分の首を絞めていくスタイルだと笑い飛ばせるタフさが今のBBHFには明らかにある。
文=石角友香
撮影=Yosuke Torii