ロイヤル・バレエの『白鳥の湖』で好演したヤスミン・ナグディにインタビュー~英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズンにて映画館上映
「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2023/24」(配給:東宝東和)の一環として、ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』が2024年6月14日(金)よりTOHOシネマズ日本橋 ほか全国公開される(6月20日(木)まで一週間限定)。ロイヤル・バレエが、クラシック・バレエ不朽の名作『白鳥の湖』全4幕(音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー)を31年ぶりに一新したのは2018年5月のことだった。2021年に35歳で早世した名振付家リアム・スカーレットが遺したプロダクションは重厚でドラマティックな愛のドラマだ。今回上映されるのは、2024年4月24日、ロイヤル・オペラ・ハウスで上演された直近の舞台の収録映像である。主役のオデット/オディールを好演したヤスミン・ナグディに、役作りや作品の魅力を聞いた。
■「役そのものを生きるのが、演じることの素晴らしさ」
――2010年にロイヤル・バレエに入団、2017年に最高位プリンシパルに昇格してご活躍中です。順調に昇格を重ねてこられたように見えますが、キャリアにおいて苦心したことは?
ヤスミン・ナグディ(以下、ナグディ) 大変なことはあったかもしれませんが、一生懸命稽古に励みました。夢見た役に配役されないこともありましたが、そうした役を踊るためにも早く昇格しようと思って努力しました。いま振り返ると、昇格は正しいタイミングだったと思いますし、大きな怪我をすることもなく舞台に立つことができているのは幸運です。
――踊り演じるうえで大事にしているモットーとは?
ナグディ 役になりきることを大事にしています。役そのものを生きるのがモットーで、物語の中に100%自分が存在するようにしています。たとえば『うたかたの恋-マイヤリング-』(振付:ケネス・マクミラン)の(皇太子ルドルフの愛人の)マリー・ヴェッツェラや『マノン』(振付:ケネス・マクミラン)のタイトル・ロールを演じると、役の中に入りこんでしまいます。公演が終わってもキャラクターから抜け出すのに時間がかかるくらい集中して取り組んでいます。それが演じることの素晴らしさですし、私の仕事は物語を伝えることです。
■一人二役の役作りの秘訣、スカーレット版『白鳥の湖』の魅力
――このたび映画館で上映される『白鳥の湖』についてうかがいます。主役のオデット(※魔王ロットバルトの呪いに囚われ、夜の間だけ人間の姿に戻る)/オディール(※オデットにそっくりで、宮廷の舞踏会に現れる)を一人二役で踊るとき、大事にしている点は何ですか?
ナグデイ オデットとオディールは対照的な役柄で、見た目もまったく違います。まずはヘアメイクに気を使います。オデットは純粋で冷静で優雅、そして繊細でためらっているようなキャラクターです。そこからオディールをやるときには、頭飾りを付け、衣裳を着て、メイクも変えることによって誘惑するような官能性や邪悪さ、魅惑が出てきます。とくに目の演技が大事で、目からはじまり、だんだんと体の下の方へオディールという役が降りてくるような感じがします。この二つの対照的な役を演じるのは楽しいですね。(最後の第4幕で)オデットに戻るのは簡単で、衣裳や頭飾りが変わればすぐに戻ることができます。
――『白鳥の湖』は、ロイヤル・バレエのお家芸であるマクミラン作品などとは異なり古典中の古典なので、様式性が高いかと思います。演じ方にどのような違いがありますか?
ナグディ マクミラン作品での演技は自然で「わざとらしいことはやらないように」と指導を受けます。マクミラン作品のようなドラマティック・バレエでは、演者同士で演じ合うような演技をするんです。いっぽう、古典作品では「観客に対して、どのように見えるのか」が大事です。王子との駆け引きを表す場合、体をお客様の方に前に向けてお見せします。そこが違いますね。
――2018年の初演以来踊っているリアム・スカーレット版『白鳥の湖』の魅力とは?
ナグディ ジョン・マクファーレンによる舞台装置と衣裳を用いているのが素晴らしいですね。金の装飾もあって高貴な感じがするのは大きな魅力です。そしてリアムの振付は音楽性が豊か。マリウス・プティパによる原振付を基にしながら、小さなディティールを付け加えていて本当に素晴らしいですね。群舞の振付にも特徴があります。他のバージョン(版)を踊ったことのあるダンサーたちに聞くと、リアムの版は難しくて大変なのだそうです。でも、私が主役として演じているのはリアムの版だけなので、自分の基盤だと感じていて、とても愛着があります。
■「新しい限界へ」マシュー・ボールとの共演における化学反応とは
――ジークフリート王子のマシュー・ボールさんとは映画館上映された『ロミオとジュリエット』『眠れる森の美女』などでも共演しています。彼とのパートナーシップはいかがですか?
ナグディ マシューとは一緒にロール・デビューをすることがあり、『オネーギン』(振付:ジョン・クランコ)でオリガとレンスキーを共に初めて踊るなどしてきました。『ロミオとジュリエット』での共演は素晴らしい経験でしたし、『ジゼル』も彼と共に踊りました。出会いに感謝しています。マシューと踊ると、自分が自由でいられるんです。お互いに信頼しているし、共に呼吸をしていると感じられます。どのように動くかが分かるのでやりやすいですね。お互いに成長できているし、自分のホームのように感じている人です。
――ボールさんと今回の『白鳥の湖』では、どのような化学反応がありましたか?
ナグディ マシューは『白鳥の湖』のパートナーとしては三人目です。2018年の初演では(元プリンシパルの)ニーアマイア・キッシュと共演しました。その後、マドリードでのツアーで(元プリンシパルで現在ノーザン・バレエ芸術監督の)フェデリコ・ボネッリそれにマシューという二人のパートナーと踊りました。今回はマシューも私も大人になって成熟してきましたし、新しい限界へと自分を追い詰めアーティストとして成長できたことは誇りです。十年後、また『白鳥の湖』を演じるとき、自分はどのようになっているのでしょうか。人生経験を積んで、さらに成熟しているでしょうが、これからも美しい経験を重ねることができると思っています。
■日本への思い、今夏『世界バレエフェスティバル』に初出場!
――『白鳥の湖』映画館上映に向けて、日本の観客に一言お願いします。
ナグディ 日本とくに東京は私にとって特別な場所です。ファンの皆さんが温かく迎えてくれるので毎回幸せです。一年のうちに一度も日本に行くことができないと、物足りなく感じてしまうくらいです。『白鳥の湖』は本当に美しいバレエですので、ぜひ映画館にいらしてください!
――2024年7月~8月、東京文化会館で開催される三年に一度のバレエの祭典『第17回世界バレエフェスティバル』に初出場します。抱負をお聞かせください。
ナグディ 『世界バレエフェスティバル』に出演することは夢でした。世界中の素晴らしいダンサーたちが出演してきているので、その人たちの中で踊ることに興奮しています。楽しみですね。日本に行かない夏は、私にとっての夏ではありません!
The Royal Ballet: Swan Lake cinema trailer
取材・文=高橋森彦