【アリ・アッバシ監督「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」】 さまざまなものを「失っていく」ドナルドの姿。人は簡単には変われない
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで上映中のアリ・アッバシ監督「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」を題材に。
第47代アメリカ大統領就任から、きょうでちょうど1カ月のドナルド・トランプ氏の若き日を描いた作品。邦題が示唆しているとおり、ドナルドの顧問弁護士だったロイ・コーン氏の映画でもある。
「アプレンティス」はドナルドが2004~2012年に司会を務めたリアリティー番組のタイトルだが、映画は1986年のあれこれで終わる。英単語としては「見習い」といった意味のようだから、内容と合致していると言えないこともない。
オープニングの時点でドナルドは20代後半。父の会社「トランプ・オーガニゼーション」の副社長だが、いかにも青二才といった感じだ。冷たい目をした辣腕弁護士ロイは、そんな彼に成功マインドを植え付ける。
ロイは完全に上から目線。会社が司法省から訴えられるという窮地に陥ったドナルドがロイに助けを求める場面が象徴的だ。酒が飲めない(後で明かされる)ドナルドに、スミノフのウォッカの一気飲みを強要。今や全世界が知る三つのルール「攻撃、攻撃、攻撃」「非を絶対に認めるな」「勝利を主張し続けろ」を伝授し、自ら実践してみせる。
本作はこの主従関係がグロテスクなまでに逆転していく過程が見どころだ。ニューヨーク5番街に「トランプタワー」を建設するにあたり、市長に「税を免除しろ」と二人で直談判に及ぶ場面が折り返し地点だろうか。ロイのコントロールは徐々に効かなくなり、ドナルドは無謀とも思えるスピードで事業を拡大していく。
現在地のドナルドはもちろん米国の最高権力者だ。全てを手に入れた状態と言っていい。「アプレンティス」も表面上は、ほしかったものを手にする過程を描いている。司法省を相手にした訴訟の勝利、チェコスロバキア出身のモデル女性との結婚、トランプタワーの完成、アトランティックシティーでのカジノ開業…。
だが、この映画の本質は何もかも「失っていく」ドナルドの姿ではないか。台湾の金融機関は債務返済を迫り、財産信託を巡って父母との関係は悪くなり、パイロットだった兄とは死別。豊胸手術を強いた妻には「魅力を感じなくなった」。そしてロイも…。決定的な場面でロイが投げかける「良識のかけらもなくなったんだな」というせりふをドナルドはどう受け止めたか。「お前が言うな」と思った可能性はあるが。
1986年以降の人生でも、ドナルドは事業で失敗し、離婚を2度経験する。2017年に大統領に就いた後も、主要閣僚が次々離れていった。返り咲いた大統領の地位だが、果たして盤石だろうか。人は簡単には変われない。
(は)
<DATA>※県内の上映館。2月20日時点
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区、2月27日まで)
シネプラザサントムーン(清水町、2月28日~3月13日)
シネマイーラ(浜松市中央区、2月28日~3月13日)