夏の飯塚を駆け抜ける!「市民祭飯塚山笠」は7月20日に開催【イベント】
■飯塚山笠:290年の歴史が息づく夏の風物詩!
福岡県飯塚市で毎年夏に開催される「飯塚山笠」は、約290年もの長きにわたり地域に根付いてきた伝統的な祭りです。疫病退散を願う祇園信仰から生まれたこの祭りは、時代を超えて市民の絆を深める大切な行事として受け継がれてきました。熱気あふれる男衆が重さ1トンを超える山笠を担ぎ、飯塚のまちを駆け抜けるその姿はまさに圧巻!一度見たら忘れられない、エネルギッシュな夏の祭典です!
■見どころとコース:迫力満点の「追い山」を体感!
飯塚山笠のクライマックスは、何と言っても「追い山」!舁き手たちが重さ約1トンの山笠を担ぎ、約3kmのコースを駆け抜ける姿はまさに圧巻です。嚢祖八幡宮下をスタートし、長崎街道を通り抜ける伝統的なコースには、見どころが満載。
・スタート地点: 狭い道での左右のバランスが問われる、緊張感あふれる幕開けです。
・クランク: 片島郵便局前からの連続カーブは、舁き手の腕の見せ所。息の合ったチームワークが生み出す迫力は必見です。
・吉原町商店街: 道が狭く、舁き手の交代が頻繁に行われる難所。電柱との接触スレスレの瞬間には、思わず息をのむでしょう。
・嘉穂劇場前: 緩やかな下り坂でスピードを増した山笠が、劇場前の狭い曲がり角を一気に駆け抜けます。
・昭和通り商店街: 道幅が広くなり、山笠が最高速度で駆け抜ける区間。歩道から安全に、そのスピードと迫力を堪能できます。
・飯塚バスターミナル: 吉原町の直線へ入る交差点通過や、第2スタートとなる打ち込みなど、様々な角度から山笠を楽しめる複合的な観覧ポイントです。
・ゴール前: 直線の上り坂は、男衆が最後の力を振り絞る場所。多くの舁き手が集結し、迫力と感動が最高潮に達します。
・メイン会場: パレードのゴール地点であり、出陣式から表彰式まで、飯塚山笠の熱気を存分に味わえる場所です。
■個性豊かな五つの山をご紹介!
飯塚山笠には、それぞれ異なるモチーフを持つ5つの山笠が登場します。彼らの勇壮な姿にも注目です。
新流: 「黒漆塗桃形大水牛脇立兜」をモチーフに、黒田長政の武勇と礼節を表現。無敵の新流れを誓う力強い山笠です。
菰田流: 疫病を鎮める神として信仰される「牛頭天王(ごずてんのう)」をモチーフにしています。
二瀬流: 第十五代天皇であり、軍神としても崇められた「誉田天皇(ほんだてんのう)」をモチーフ。伊岐須の鎮守の神とされています。
東流: 天下統一を果たした「豊臣朝臣羽柴秀吉」をモチーフに、その非殲滅主義と寛容な態度が表現されています。
西流: 仏教の四天王の一尊であり、千里眼を持ち、西方世界を守護する「広目天(こうもくてん)」をモチーフにしています。
■飯塚山笠の歴史:市民の力で復活した伝統
飯塚山笠の起源は、約290年前の享保17年(1732年)に遡ります。飢饉から逃れるため、京都祇園から疫病神を祀る牛頭天王(スサノウノミコト)を飯塚に移し、祇園社を勧請したことが始まりとされています。江戸時代後期にはすでに山笠が行われていたことが古絵図や歌にも残されており、祇園会(夏祭り)の名物として地域に親しまれていました。
戦時中に一時中断を余儀なくされますが、戦後に復活。しかし、昭和38年(1963年)には炭坑の閉鎖に伴う若者の減少により、一度は中止されてしまいます。
それでも飯塚のまちに活気を取り戻したいという市民の熱い思いが結実し、昭和45年(1970年)に飯塚青年会議所が「炭坑と縁を切った飯塚を力強く象徴する」山笠の復活を決意。市民からの寄付と協力により、昭和46年(1971年)に「市民祭飯塚山笠」として見事復活を遂げました。
復活後も、豪雨災害時の市民支援や、舁き手不足の危機を高校生や企業の参加で乗り越えるなど、飯塚山笠は地域交流や世代間の橋渡しとしての役割を担い続けています。近年では外国人の参加もあり、飯塚のまちを語る上で欠かせない、国籍や居住地を問わない市民祭へと成長を遂げています。
『市民祭飯塚山笠』
日時:2025年7月20日(日)
主なイベントスケジュール
パレードスタート: 15:35~ (飯塚商工会議所~千鳥屋前~コスモスコモン前広場)
出陣式: 16:20~ (飯塚コスモスコモン前広場)
檄文披露: 16:55~ (飯塚コスモスコモン前広場)
一番山スタート: 17:50~ (曩祖八幡宮前)
表彰式: 19:15~ (飯塚コスモスコモン前広場)