株式会社キャステム ~ 世界に展開する精密金属部品メーカーの見学レポート
モノづくりのまち福山。そのなかでも、近年名前をよく見かける会社のひとつが株式会社キャステム(以下、キャステム)です。
精密鋳造(ちゅうぞう)部品の製造販売を主軸とした会社が本気で作った、「鋼製のロビンマスク」や「バナナハンマー」、また魅力的すぎる社員食堂などがSNSで話題になっています。
入社希望者がどんどん増えているという噂も聞き、なぜ今、そんなにも注目されているのかを知りたくて、キャステム本社を訪ねました。
キャステムの技術を見学
キャステムが得意とするのは、多品種・少ロットの複雑なモノづくりです。モノづくりを支えるキャステムの技術を紹介します。
キャステム自慢の精密鋳造
鋳造は金属加工法のひとつで、作りたいものと同じ形の空洞がある型に、溶けた金属を流し込んで冷やして固める方法です。古代では、銅鐸(どうたく)や銅鏡(どうきょう)などを作る際に鋳造技術が用いられていました。
鋳造の方法にもいろいろな種類があります。現在よく知られているのは「ダイカスト法」と呼ばれる、溶けた金属を高速・高圧で金型に充填する方法です。短期間で大量の製品ができるため、自動車部品の製造などに使われています。
一方、キャステムで扱うのは「ロストワックス法」といい、精密で少ロットの部品製造に適した方法です。
まず、加工しやすいワックスで原型を作り、その原型の周りをセラミックで固めたあとに、ワックスを溶かし出して焼き固め、鋳型を作ります。ロスト(失われた)ワックス(蝋:ろう)の名前は、ワックスがあったところに空洞ができる、その製法からきているのですね。
では、鋳造のようすを見ていきましょう。
まずは、ワックスでできた台座に、作りたい部品と同じ形のワックスをいくつか組み立てて、ツリー状にします。一度に複数個の製品を作るための工夫です。
このツリーにセラミックを吹き付けると、モコモコとして外からは内側の複雑な構造は見えなくなります。
高温の圧力蒸気でワックスを溶かし、さらに焼き固めてワックスを完全になくしてできたセラミックの鋳型は、このような状態に。
鋳型ができたら、次は中に流し込む金属の準備です。炉の中で金属を溶かしながら、隣の分析室で瞬時に状態を分析し、微調整を加えます。
この間、高温の金属に触れても割れないよう、鋳型や容器の温度も上げておきます。
溶けた金属を容器に移しました。
容器から鋳型へ、金属が流し込まれます。
次々に新たな鋳型が用意され、そして金属を流し終わったものには、保温と酸化抑制のための大きなカバーが被せられていきました。連携プレーの美しさにも見とれてしまいます。
この後、温度が下がったら鋳型を割って、中から製品を取り出します。できあがりの製品はツリー状になっているので、根本を切断してバラバラに。
熱処理して組織を安定させた後は、品質基準を満たしているか入念にチェックをして完成です。
医療機器や航空機などに使われる精密な部品も、SNSで話題のバナナハンマーも、一つひとつていねいに、そして厳しく作られているのです。
独自に技術開発した微細成形技術
手渡されて思わず声を上げてしまったのが、この名刺です。
名刺にはめ込まれた小さなケースの中に、小さなノギスが入っています!
サイズは1cmもありません。
工場内には、他にも小さな工具や小さな金属部品が展示されていました。
これらは、独自で技術を開発した「メタルインジェクション(MIM)」技術で作られています。
MIMの特徴は、mm単位の小くて強度のある金属部品を量産できることです。
金属粉末と有機バインダを混ぜたコンパウンドを金型に射出成形し、脱脂炉で樹脂バインダを成形体から取り除いたあと、焼結炉で焼き固めて金属部品を作ります。焼成によって、15~20%ほど収縮するため、あらかじめ収縮率を計算して設計するそうです。
複雑な形状にも対応する3D造形
インパクト抜群なこのコーナー。
3Dスキャンしたデータを元に、マルチマテリアル対応の3Dフルカラープリンターで出力すれば、オリジナルフィギュアも作れます。
記念写真代わりに家族の記念フィギュア、大事なペットのフィギュアなどの製作はいかがでしょうか。
素材の柔らかさや透明度、素材も選べるので、どんな造形も思いのまま。
たとえば、皮膚や筋肉に似せた硬さの樹脂を使って、手術の練習用の人体模型を作ることも可能です。
この他、金属片を削って造形する微細切削加工や、ミクロン単位で3D造形をする技術などで、さまざまな精密部品などを作っているキャステム。
また、国内だけでなくフィリピンやタイ、コロンビア、アメリカにも製造拠点があり、世界でキャステムの技術が求められています。
金属だけじゃない?!キャステムの事業あれこれ
キャステムの主軸はロストワックス法やメタルインジェクション法を用いた金属部品製造ですが、実はそれだけではありません。
紙ヒコーキ事業
社長の戸田拓夫(とだ たくお)さんは、なんと「紙飛行機のもっとも長い滞空時間」で29.2秒のギネス記録保持者。「折り紙ヒコーキ協会」の会長として、折り紙ヒコーキの伝導にも力を入れています。
神石高原町にある「とよまつ紙ヒコーキ・タワー」は、紙ヒコーキを飛ばすために作られた高さ26mのタワー。福山市御幸町の「紙ヒコーキ博物館」では、さまざまな紙ヒコーキやギネス世界記録証明書などの展示のほか、協会オリジナルグッズの販売もしています。
アグリ事業
神石高原町の「神石イチゴファーム」では、ひと粒ひと粒手間をかけて、おいしいいちごを育てています。
沖縄県宮古島の「パニパニファーム」で育てているのは、糖度の高い濃厚なトマト。
地域に新たな雇用を生み地域の活性化を図ること、定年退職者の再雇用先を作ることなどを目指して参入したのが、アグリ事業です。
OEM事業
新元号発表から2分27秒の速さで完成させた「令和ぐい呑み」や、世界4階級制覇王者 井上尚弥(いのうえ なおや)さん本人の右手から型をとって作った「井上尚弥右拳トロフィー」。
キャステムの技術力を駆使して作る商品はしばしば話題になり、「バズり」を生んできました。
最近なぜか台湾からの注文が止まらないという「バナナハンマー」にも注目です。
本物のバナナで型をとっているため、表面のザラザラとした感じや大きさも完全再現。
「バナナで釘が打てます」のフレーズは、ある年代の人にはたまらないおもしろさですね。
また2024年3月5日発売の「アルのぐい呑み」も大反響で、なんと発表から1日で完売。
「こんなモノを作るのはキャステムだと思った」
「やっぱりキャステムだった」
など、SNSを賑わせています。
アニメでアルの兄役(エド)を務めた声優さんも思わずお買い上げとか。
このほかにも、医療プロジェクトやEC事業など、豊富な事業展開を進めています。
190円で食べ放題!?噂の社員食堂
「190円でステーキが食べ放題」と有名になったキャステムの社員食堂を、実際に体験させてもらいました。
取材時は190円でしたが、2024年7月より250円になりました。
おいしすぎる社員食堂
広島本社に勤務するおよそ230人の社員のうち、1日におよそ180人が社員食堂を利用しています。広くて明るいおしゃれな社員食堂に、続々と社員さんたちがやってきました。
会社内の託児所を利用している子ども用に離乳食も用意してもらえると聞いて、仰天しました。子どもと外出するときの食べ物の用意は、本当に大変。それを代わってやってくれる社員食堂なんて、ありがたすぎる存在です。
取材した日のメニューは、次のとおりでした。
・クリームコロッケ
・かぼサラダ
・丸パン
・トマトスープ
パンに添えるクリームやジャム、毎日別に用意されているカレー、コーヒーやお茶もあって、おかわり自由。この食事がなんと社員は190円で食べられるのです。
街なかのカフェでこのランチを食べたらいくらするのだろう、と考えながら、私もいただきました。
トマトスープには野菜のうまみがぎゅっとつまっていて、一口ごとに午前中の疲れが溶けていくようです。
クリームコロッケは衣は軽くサクサクで、中はなめらかでクリーミィ。かぼちゃのサラダは、甘みと食感が心地良く、無限に食べられそう。
デザートのヨーグルトも、シェフが毎日手作りしています。花粉症に悩む社員の話を聞き、少しでも体に良いものをと、メニューに添えられるようになったそうです。
日替わりのメニューだと苦手な食材が登場することもあるでしょう。そんなときでも昼食がとれるようにと、毎日カレーが用意されています。カレーも毎日、味が違うのだとか。
すでにお腹いっぱいでしたが、カレーも少しいただきました。
一口食べてまた仰天。カレー専門店並みの味です!スパイスの刺激がたまりません。お腹いっぱいのはずなのに、おかわりしたくなりました。
「実は私、入社当時からいうと10kg以上太ってしまって(笑)。美味しくて、やっぱり食べすぎてしまうのですよね」。
グループ戦略本部 営業企画室の神原翔(かんばら かける)さんの言葉に、なるほど、と深く納得してしまいました。
「社員のために」社長の思いがつまった食堂
「この食堂ができる前には、社員たちは長机のある部屋でテレビを見ながら仕出しのお弁当やコンビニ弁当を、黙々と食べていたんです。そのようすを見た社長が、『こんな休憩時間ではなんの憩いにもならない、もっと社員が楽しめるようにしよう』と社員食堂を作りました」
説明してくれたのは、グループ戦略本部 営業企画室の藤田悠希(ふじた ゆき)さんです。
「社員食堂のシェフを務めているのは、森下さんご夫妻です。シェフとして活躍していたご夫妻を新たに社員としてキャステムに迎え入れ、明るいカフェテラスのような建物を用意しました。社員たちは90人ずつ、前後交代で食事をとります。普段話すことがない別の部署の人とも、ランチを食べながら話ができるようになりました」
社員食堂ができたことで、社員同士の交流が深まり、以前にもまして仕事をする活力が生まれたようだと藤田さんは言います。
「月に1度は、特別メニューの日があるんですよ。YouTubeで100万回以上視聴されたのはステーキ食べ放題の日の動画です。うなぎのときもありましたね。2023年には、マグロの解体ショーをやって、そのままマグロが提供されたこともあります。
森下シェフは、社員のために食堂として何ができるか?という強い思いを持って仕事しています。食材にこだわりすぎて予算オーバーになり、社長に叱られることもあるそうです」
▼100万回以上再生!キャステム社員食堂の動画。
特別メニューの日には、本社以外の支店で働く社員にも食事が届くこともあるそうです。
福山にキャステムあり
「こんな会社で働きたい」
「この会社に仕事を頼みたい」
そう考える人が増えている秘密が、取材を通して見えてきました。
卓越した技術と遊び心、そして社員を大切にする社風。
モノづくりのまち福山を代表する会社であるキャステムの、今後の動きがますます気になります。