Yahoo! JAPAN

『アンサンブル天下統一』のヴァイオリニスト長原幸太が語る、あんなコトやこんなコト

SPICE

「アンサンブル天下統一」長原幸太(ヴァイオリン)、中木健二(チェロ)、鈴木康浩(ヴィオラ) 左から

2013年に愛知県岡崎市シビックセンターコンサートホールコロネットのレジデント・アンサンブルとして誕生した「アンサンブル天下統一」。

インパクトの強いグループ名は、「岡崎が徳川家康生誕の地なので、それにちなんで」と言うのだが、一度耳にすると忘れられない。口にするのに少々勇気が要るほどの「アンサンブル天下統一」だが、メンバーがヴァイオリン長原幸太(NHK交響楽団第1コンサートマスター)、ヴィオラ鈴木康浩(読売日本交響楽団ソロ・ヴィオラ奏者)、チェロ中木健二(東京藝術大学音楽学部准教授、岡崎出身)となると、これは一目置かないといけなくなる訳で…。岡崎から「アンサンブル天下統一」の名のもとに、彼らが目指すものは何なのか。

9年振りに大阪公演を敢行するという長原幸太に、あんなコトや、こんなコトを聞いてみた。

丁寧に質問に答えてくれる長原幸太  (C)H.isojima

●僕ら3人が組めば、最強のアンサンブルが出来ると思ったんです。

――「アンサンブル天下統一」は弦楽三重奏という比較的珍しい編成ですね。

岡崎市シビックセンターから岡崎出身のチェロ中木健二の元に、レジデント・アンサンブル結成の依頼がありました。すぐに東京藝大で後輩の彼から僕に相談が有って、ヴィオラの鈴木康浩を入れた3人が組めば、最強のアンサンブルが出来るのではと話し合いました。確かに弦楽四重奏は大作曲家の渾身の作品も多いのですが、弦楽四重奏曲を取り上げるのならば、ヴァイオリン奏者をゲストに招こう。同様にピアニストや管楽器奏者なども、取り上げる曲に応じてフレキシブルにゲストとしてお越し頂ければいいのではないか。このアンサンブルは “弦楽四重奏マイナス 1” では無く “弦楽三重奏プラス” という強い信念でずっとやって来ました。それが常に新鮮に音楽に向き合えた要因だと思います。

――なるほど、その時々に応じて若手の実力派を招いた弦楽五重奏や弦楽六重奏、管楽器も交えたベートーヴェンの七重奏へと形を変えていく訳ですね。確かに、毎回ゲストが注目されて来ました。特にエリック・ル・サージュやパスカル・ドゥヴァイヨンを招いたピアノ四重奏は大きな話題となりましたね。

その辺りのビッグネームを招く事が出来たのは、中木健二の人脈のおかげですね。彼は色んなことに長けた人で、こちらが驚くほど。弦楽三重奏は3つの違った楽器のぶつかり合いなので、弦楽四重奏とは違った面白さも難しさもあります。この編成で「アンサンブル天下統一」を名乗っている以上、弦楽三重奏曲の代表的な作曲家でもあるベートーヴェンの作品は押さえる必要があると、我々も当初から取り組んで来ました。今年の4月に待望の初CDがオクタヴィア・レコードから全2枚組「アンサンブル天下統一 ベートーヴェン弦楽三重奏曲全集」として発売になりました。

アンサンブル天下統一  (C)写舎眞

――CDにも収録しておられるベートーヴェンの「弦楽三重奏のためのセレナード」と、ハンガリーの作曲家ドホナーニの「弦楽三重奏のためのセレナード」を携えて、9年振りの大阪公演が行われます。

12月1日に住友生命いずみホールの『ランチタイム・コンサートVOL.29』に呼んで頂く事になりました。大阪は僕がコンサートマスターのキャリアをスタートさせた街。今から21年前の2004年9月から、大阪フィルの首席客演コンサートマスターを務め、2006年4月から2012年3月まで首席コンサートマスターを務めました。

――本当にファンから愛されていたコンサートマスターでしたね。忘れられない出来事があります。2011年の東日本大震災翌日の定期演奏会、外国人ソリストが急遽出演NGとなり、長原さんがコンチェルトのソリストを務めることになり、曲をメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲に替えて、暗譜で見事に演奏されました。このソリスト変更に纏わるクレームは一切なし。ファンの皆さんは「幸太君のメンコンが聴けてラッキー!」と喜んでおられました。

そんな事もありましたね。でも僕としてはその時のメンデルスゾーンより、音楽監督の大植英次さんが体調不良で本番直前に降板となった2007年のブラームスの交響曲第4番が忘れられません。客入れも始まってからのことで、代わりの指揮者も間に合わず、コンサートマスターとして弾き振りについて直前にメンバーに伝えて、本番に臨みました。スコアを見ながら「ココは指揮をするけど、ココは指揮をしない。」そんなことを伝えました。結果として無事に終えることが出来ましたが、色々な意味で大阪フィルには貴重な経験をさせていただき、随分鍛えられました。大阪城西の丸庭園での「星空コンサート」は忘れられませんし、「大阪クラシック」は今振り返っても素晴らしい企画だと思います。

「大阪フィルには随分鍛えられました」  (C)H.isojima

●充実したプログラムを携えて、大阪公演へ参ります。

――今回大阪公演で演奏する曲について教えてください。

CDに収録しているベートーヴェンの「弦楽三重奏のためのセレナード ニ長調 作品 8」を演奏します。これは前半に演奏するのが、今回初めて取り上げるドホナーニの「弦楽三重奏のためのセレナード ハ長調 作品 10」ということで、セレナードを2曲並べることで、曲が持つ個性とコントラストを楽しんでいただこうという思いからのプログラミングです。ドホナーニのセレナードは、ヤッシャ・ハイフェッツの全集に入っていた曲で、プリムローズ、フォイアマンという巨匠たちと一緒に演奏している名盤を聴いて、これを僕たち3人で演奏すると格好良いんじゃない! ということで演奏するタイミングを計っていた曲です。ドホナーニのセレナードは全5楽章で構成され、高度な技術が要求される作品です。音楽が次々に形を変えていき、最終楽章最後のコーダで第1楽章の主題が戻って来るというドラマティックな展開は、きっと気に入っていただけるはず。ぜひ会場で生の音楽に触れてください。

アンサンブル天下統一   ⒸHiromichi Nozawa

――せっかくの機会なので、「東京・春・音楽祭」の「東京春祭オーケストラ」のコンサートマスターとして、巨匠リッカルド・ムーティとのエピソードなんかも伺っていいですか? 気難しそうなムーティと、絶対的な関係を築かれているようにお見受けします。

オーケストラのコンマスとして2013年から関わっています。色んなことを一緒に経験しているだけに、非常に密接な関係を築かせて頂いています。コンサートマスターとしてあるべき姿もたくさん学びましたが、彼は「お前は指揮者になれ。俺が教えてやる。」と言ってくれます。巨匠ムーティがですよ。10歳くらい若くて、家族を持たない独り身なら真剣に考えたかもしれません(笑)。

――器楽奏者から指揮者へ転向する方も多いですね。指揮に対する関心はおありですか。

もちろん無いわけではありません。そう言えば今年6月、初めて指揮をしたんです。広島の廿日市市にある「はつかいち室内合奏団SA・KU・RA」という2020年に出来たプロのアンサンブルです。そこのミュージックアドバイザーに就任したコンサートでした。だから一時期、ヴァイオリンケースに指揮棒が入っていました。何と言ってもコンマスとして色々な指揮者を見て来て、 “指揮者として何をやってはいけないのか” は良く判っているので、それなりに指揮できていたのではないでしょうか。このように、指揮者にならなくても指揮する機会は来ます。僕はこの4月から歴史と伝統あるNHK交響楽団の第1コンサートマスターに就任したばかりなので、コンサートマスターとしてN響の発展に寄与したいと思っています。

――大阪フィルハーモニー交響楽団から読売日本交響楽団を経て、NHK交響楽団へと進んで行かれました。コンサートマスターとして、高みを目指されているという事でしょうか。

僕がオーケストラでコンサートマスターをやっているのは、人が好きだからだと思います。オーケストラの中には変わった人が多い。僕もそうかもしれません。彼らを見ているだけでも愛おしい。ヴァイオリン以外の楽器と繋がれて、音楽的な見識が広がり、素養が培われていく。その事が素晴らしいと思うのです。コンサートマスターとしてのテクニックを極めたいと思ってオーケストラに向き合ったことはありません。独自の歴史や伝統を有し、街と市民を代表するオーケストラは実に魅力的な集団です。この3つのオーケストラは、まさに日本を代表するオーケストラだと思いますし、そこにコンサートマスターとして関われたことは幸せなことです。

「僕がオーケストラでコンマスをやっているのは、人間が好きだからだと思います」  (C)H.isojima

――将来の夢を聞かせてください。

将来、オーケストラを定年になったら、故郷の広島に帰って、広島からオーケストラを通して音楽を発信して行きたいと考えています。広島にも良いオーケストラがあります。どんな形でもいいので、広島の街とオーケストラの発展に貢献したいと考えています。具体的な事はその時になってから。でも、最後は広島で過ごしたいですね。

――話が前後してしまいましたが、最後に大阪公演についてメッセージをお願いします。

住友生命いずみホールは大阪フィル時代、何度も演奏しました。ホームのフェスティバルホールやザ・シンフォニーホールと比べると少し小ぶりですが、全てにおいて素晴らしいホールです。そのホールで「アンサンブル天下統一」が演奏させて頂くことになりました。今回主催者からは、お昼時の少し軽めのコンサートとお聞きしていますが、曲は2曲とはいえ、中身の濃いコンサートになりそうです。ドホナーニとベートーヴェンの「弦楽三重奏のためのセレナード」の聴き比べ。貴方はどちらの曲がお好きですか? ぜひ音響の素晴らしい住友生命いずみホールで、僕たちの生演奏をお聴きください。皆さまのご来場を待ちしています。

「アンサンブル天下統一」をよろしくお願いします   ⒸHiromichi Nozawa

取材・文 = 磯島浩彰

【関連記事】

おすすめの記事

新着記事

  1. 【開封速報】賛否あるトイザらスのブラックフライデー「ラッキーバッグ」。3999円の3倍超えの中身だったので一挙公開!

    ロケットニュース24
  2. 【松山市・ 株式会社 一六】「一六タルト × 蜷川実花アート」限定コラボパッケージ登場

    愛媛こまち
  3. 【久万高原町・cafe cado(カフェ カド)】古い酒蔵を改築した 雰囲気も楽しむベイクカフェ

    愛媛こまち
  4. グラングリーン大阪で「SUPER LOCAL 高知家」開催へ 高知の魅力を体験

    OSAKA STYLE
  5. 秋アニメ『しゃばけ』音響監督・菊田浩巳さんインタビュー|手応えを感じたアバンの収録。お芝居の自由度は人間側と妖側で違う!?

    アニメイトタイムズ
  6. 【社説】根拠も主体性もない説明では納得できぬ

    赤穂民報
  7. 手芸歴50年以上の女性 編み物、パッチワークなど初の個展

    赤穂民報
  8. ハーンとセツ、それぞれの第一印象とは?「手足が太いから武士の娘ではない」は本当か ※ばけばけ

    草の実堂
  9. 琉球風水志シウマが教える!大切な方へ感謝を伝える開運アクション&仕事運アップの風水術

    OKITIVE
  10. ちとせ よしの、カッコ可愛い制服姿にファン歓喜の声「よしのんしか勝たん」

    WWSチャンネル