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踊る衝動を体現する【井上宇一郎ビリー】~”世界水準のダンサー” 四者四様のビリーを観る③〈ミュージカル『ビリー・エリオット』上演中〉

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井上宇一郎(撮影=嶋田真己)

1984年、炭鉱閉鎖に対抗するストライキに揺れるイギリス北部の町を舞台に、バレエ・ダンサーを目指す少年と彼を取り巻く人々を描き、大ヒットした映画『リトル・ダンサー』。エルトン・ジョンが音楽を手がけたそのミュージカル版『ビリー・エリオット〜リトル・ダンサー〜』は、2017年の日本初演以来広く愛される作品となっている。三度目の上演となる今回も、長期トレーニングとオーディションを勝ち抜いた子役たちが大活躍。主人公ビリー・エリオット役で4人が日替わりで登場するが、世界各地のミュージカル『ビリー・エリオット』カンパニーにも携わってきた演出補 エド・バーンサイド氏と振付補 トム・ホッジソン氏は、開幕直前インタビューで彼らを「世界水準のダンサー」と評している。4人のビリーのうち、井上宇一郎が主役を務める回を観劇した(8月1日17時半の部、東京建物Brillia HALL)。

井上のビリーは、作品冒頭から内面にフラストレーションを抱えていることが、どこかニヒルなその演技からうかがえる。そして、そんな苛立ちも含めた感情を、踊ることでしか表現し、発散できないビリー像を造形していく。ウィルキンソン先生(この回演じたのは濱田めぐみ)とピアノ弾きのブレイスウェイト(この回演じたのは近藤貴郁。森山大輔とダブルキャスト)がダンスとは何ぞやについてビリーに教えるシーンがあるが、二人の言葉を体現していくかのようなビリーである。

井上宇一郎(ウィルキンソン先生役は安蘭けい/撮影=嶋田真己)

この物語においては、炭鉱閉鎖に反対してストライキをする炭鉱夫たちの闘いとそのフラストレーション、踊りたいのに禁じられてしまうビリーの闘いとそのフラストレーションが同時並行で描かれ、ストライキ失敗という影と、ビリーの夢がかなうという光の対照へと最終的に収斂していく。そんな同時並行の作品構造をあざやかに感じさせる一幕ラストの井上ビリーの「Angry Dance」のパフォーマンスは見応えがあった。そして、井上ビリーは、ロイヤル・バレエ・スクールのオーディションでダンスをしている時はどんな気持ちになるのかを問われて答えるとき、バレエを踊ることを一度は強く反対していたお父さん(この回演じたのは鶴見辰吾)に対しても、自分を理解してほしい……との思いをこめて、歌い踊る。表現の根幹にある人間の衝動について改めて考えたくなるビリーである。井上ビリーは、踊る際、共に踊る相手との間に生まれるものを大切にしていることも感じられる。

鶴見辰吾(撮影=嶋田真己)

この回、ビリーの友人マイケルを演じた豊本燦汰は、2020年の公演の際スモールボーイ役で初舞台を踏んだ経験の持ち主。小学6年生にして客席へのアピール力抜群で、井上ビリーと豊本マイケルが女物の服を着て巨大なドレスたちと華やかに歌い踊る「Expressing Yourself」のシーンは、ミュージカル『スモーキー・ジョーズ・カフェ』にもこんな楽しい場面があったことを思い出させ、海外の劇場で舞台を観ているような気持ちになった。井上ビリーは、フィナーレのダンス・シーンでも、共に踊っている人々と掛け合いを楽しむ姿が印象に残った。

鶴見辰吾は、……この人に対してバレエを踊りたいと言い出すのは、そりゃあ大変だよな……と感じさせる、子供にとっては実に大きな壁と思えるような、強い信念を持った父親像を造形。炭鉱夫として働いてきた己の人生に、彼は誇りを持っている。だが、ビリーが踊る姿に心打たれ、その夢をかなえてやりたいと奔走し始めて、彼は、自分がよしとしてきた以外の生き方があってもいいと知り、このストライキが失敗であることを悟る。そして、ビリーの最大の味方となる。鶴見自身、12歳で子役としてデビューし、芸能界での長いキャリアを持つが、だからなのか、子役たちの活躍を見守る姿にどこかぐっとくるものがあった。

濱田めぐみ(ビリー役は春山嘉夢一/撮影=嶋田真己)

ウィルキンソン先生を演じる濱田めぐみは、数々の海外ミュージカル作品に出演してきた経験が、羽根を持ったバレエガールズに囲まれて歌い踊る「Shine」の場面で大いに発揮され、このナンバーがさまざまなミュージカル作品の歴史を踏まえて作られたものであることを浮き彫りにする。バレエを蔑む炭鉱夫たちに敢然と自分の意見を述べるシーンでは観ていて胸のすくようなタンカを切り、ウィルキンソン先生の人間しての芯の強さをうかがわせた。

ビリーのおばあちゃん役の阿知波悟美は、「Grandma’s Song」の歌唱において、「おばあちゃん」と呼ばれる年齢の女性の中になおも残る乙女の部分をかわいらしく表現。ウィルキンソン先生、おばあちゃんと、中年女性、高齢女性が活躍するミュージカルであるところも、この作品の大きな魅力である。

取材・文=藤本真由(舞台評論家)

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