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二条城で紡ぐキーファーの物語 ― 「アンゼルム・キーファー:ソラリス」展(読者レポート)

アイエム[インターネットミュージアム]

世界遺産の元離宮二条城で「アンゼルム・キーファー:ソラリス」展が始まりました。 本展は、キーファーにとってアジア最大規模となる展覧会で、33点の絵画と彫刻が展示されます。会期は6月22日までですが、GWから会期後半は混雑が予想されるので、早めのお出かけがおすすめです。


元離宮二条城 二の丸御殿

元離宮二条城 二の丸御殿 台所前庭


近年、キーファーは作品に金を繰り返し使用しています。本展の会場と同じ敷地にある二条城二の丸御殿では、狩野派による数々の金碧障壁画を鑑賞することができます。極めて日本的な建築の中で、世界的に評価の高い西洋の美術作品を鑑賞することは、それぞれの類似性と相違性を際立たせます。

また、訪問日は、とてもお天気が良く、庭園の桜も見事でした。滞在時間に余裕があれば、ぜひ散策してください。


庭園の桜


本展の作品は、二条城 二の丸御殿 台所、御清所、二の丸御殿 台所前庭、中庭等に展示されています。作品の多くは自然光のみで鑑賞するように構成されており、照明の整った美術館の展示室とは一味違う感覚を呼び起こします。まさに、元離宮二条城ならでは、一期一会の鑑賞体験です。

それでは、順番に会場を見ていきますが、今回は個々の作品を詳しく見るよりも、展覧会全体の雰囲気を楽しみながら鑑賞することをおすすめします。

なお、展示風景の写真では、室内・作品ともに明るく見えますが、実際はもっと薄暗いので、足元の段差等に気をつけましょう。また、作品リストは会場の二次元コードからスマホで閲覧します。


大きさに驚く

キーファーの作品は、歴史や神話の参照に加え、そのスケールの大きさも特徴のひとつです。二の丸御殿 台所には《オクタビオ・パスのために》が展示されています。本作は、高さ3.8メートル、幅9.5メートルもあり、その前に立つと、まさに金碧の障壁のような巨大さです。

画面中央に描かれた大きく開いた口の中には、たくさんの歯が生えており、とても苦しそうな表情です。また、表面に貼られた金箔が微妙に太陽の光を反射し、まるで暗がりに隠れた動物の眼が光る様子に似ています。


《オクタビオ・パスのために》2024


《オクタビオ・パスのために》から左側に進むと、画面の下部に乳母車をコラージュした《オーロラ》があります。骨組みだけが見て取れる背景の廃墟との対比が不気味です。《オクタビオ・パスのために》より小さいとはいえ、それでも高さは2.8メートル、幅4.7メートルもある大作です。


《オーロラ》2019-2022


二つの作品を見て、奇妙なことに気がつきました。どちらの作品も絵画なのですが、脚部があり、自立しています。美術館で見る絵画は壁に掛けられ、足のある作品はあまり見かけません。なぜ足を付けたのか、それは世界遺産である二条城の壁や柱には、“くぎ”を打てず、展示用フックが使えないからです。そのため、作品に足を付ける工夫をして、展示をしています。

今年は広島と長崎に原子爆弾が投下され、第二次世界大戦が終結した1945年から数えて80年になります。どちらの作品も人類の歴史を出発点に置き、忘れがちな過去の悲劇を思い起こさせます。そして、避けるべき未来の予言として警鐘を鳴らします。


アンバランスさに驚く

《マアト=アニ》は、石膏を使った白いドレスの彫刻です。近くで見ると、天秤の左側には重そうな分銅が下げられ、右側には軽そうな羽根が1枚だけ下げられています。実際に、これでバランスが取れるのでしょうか。


《マアト=アニ》2018-24


《マアト=アニ》の周辺に置かれた他の彫刻も女性をテーマにしていますが、空洞になった白い石膏のドレスは、顔もわからない彼女たちの不在、もしくは忘却を強く印象付けています。


《マアト=アニ》(部分)2018-24


形状の反復を発見する

パレットの形状は、複数の作品で見つけることができます。二の丸御殿 台所前庭に展示された《ラー》は、大きなパレットに翼の付いた彫刻です。《⽉のきるかさの雫や落つらん》の上部にも、パレットが登場します。《ラー》のパレットは、表面が汚れていないので、おそらく未使用です。一方、《⽉のきるかさの雫や落つらん》のパレットは、絵の具の残り具合から、かなり使い込まれています。


《月のきるかさの雫や落つらん》(部分)2018-24


パレットは画家の象徴でもあり、これらの作品は「私は画家です」という、キーファーの自己紹介なのでしょう。


子供の目線で眺める

御清所の突き当りは、黄金色の小麦畑のようになっています。《モーゲンソー計画》と名付けられた本作を見るときは、ぜひ目線を低くし、葉や茎の陰も見てください。上辺の穂に隠された秘密を発見することができます。


展示風景

《モーゲンソー計画》(部分)2025


茂みの中央付近には金色の蛇が潜んでいます。そういえば、《ラー》の台座にも、蛇が巻き付いていました。蛇の形状は、この後の中庭でも見かけることになります。


《モーゲンソー計画》(部分)2025


中庭

こちらのドレスの彫刻は、キーファーの作品に特徴的な鉛で作られています。遠目に眺める彫刻群は、まるで枯山水に配置された庭石のようです。二の丸御殿 台所で見た《マアト=アニ》等と似ていますが、色味の違いから、とても重そうに見えます。

2024年に公開された映画「アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家」(監督:ヴィム・ヴェンダース)の中にも、よく似た灰色のドレスの彫刻が映っていました。


展示風景 中庭

左から《サッフォー》2024、《シェキナ》2024


パフォーマンスを見る

オープニングセレモニーに先立ち、ダンサーの田中泯、石原淋によるパフォーマンスが行われました。最初は離れた位置で踊っていた二人が、だんだんと《ラー》の近くに寄ってきます。《ラー》とは、エジプト神話に出てくる太陽神の名前です。


《ラー》2019

《ラー》(部分)2019


田中の衣装は黒色、石原の衣装は白色、つかず離れず、《ラー》の周りで踊る様子は、太陽の周りを周回するふたつの惑星のようです。

パフォーマンスのクライマックスで、飛行機のエンジン音を思わせる重低音と緊急警報のサイレンを思わせる甲高い音が響き渡ります。映画で見たアメリカの大型爆撃機B29の来襲と、それを知らせる空襲警報のようです。そして静寂が訪れます。

思い思いに着飾り、会場に集まった観客から盛大な拍手が起こります。そして、楽しそうなおしゃべりが始まります。


左から、アンゼルム・キーファー、田中泯、石原淋


その時、ふと、1945年8月の広島と長崎の出来事が思い返されました。たった今、目前にある晴れやかな光景と、80年前の広島と長崎の悲劇は、歴史の鏡に映し出された表裏一体の光景ではないでしょうか。これまでに見てきた本展の作品も、日本と西洋における哲学、科学、宗教、歴史、文学、芸術にみられる多様な価値観の光と影を表現しています。テーマも見た目も、暗くて重い作品が多いのですが、希望と失望が入り混じる作品群に、とても強い共感を覚えました。

芸術の作品鑑賞は、とても個人的な体験です。それぞれの皆さんの経験や価値観の違いにより、感想は様々に分かれて当然です。作家のキーファーも、皆さんに自由に作品を見てほしいと考えています。世界遺産元離宮二条城で開催される「アンゼルム・キーファー:ソラリス」展の解釈は、皆さんに委ねられています。


おわりに

入場チケットは日時指定の事前予約制です(予約数に空きがある場合は当日券も現地販売)。もしかすると、予約当日のお天気が悪いこともあるでしょう。でも、がっかりしないでください。曇りや雨の日のほうが、作品の微妙な陰影を見分けやすいと思います。

また、表参道のファーガス・マカフリーのギャラリーでは「アンゼルム・キーファー:2つの絵画」を開催中です。お近くの方、または「ソラリス」を見て、キーファーのことが気になった方は、こちらにもお出かけください。会期は、2025年7月12日までです。

[ 取材・撮影・文:ひろ.すぎやま / 2025年3月29日 ]


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