成井豊&関根翔太&鍛治本大樹、「死の時代」に描いた名作『ミスター・ムーンライト』待望の再演に寄せる想いとは
演劇集団キャラメルボックスが2001年に初演し、大好評を博した『ミスター・ムーンライト』。脚本・演出の成井豊が自ら「死の時代」と語る時期に書いた脚本の1作で、今回、初めて再演される。主人公の鹿島を演じる関根翔太、鹿島の大学時代の友人・結城を演じる鍛治本大樹、そして成井に再演に懸ける想いを聞いた。
ーー23年ぶりの再演になりますが、このタイミングで再演をしようと思ったのは、どういった思いからだったのですか?
成井:20年から25年前の作品はこれまであえて再演してこなかったんです。当時、僕はアラフォーでしたが、人間ドックで胃がんかもしれないと言われてしまったことがすごくショックで、それからしばらくは「死」がテーマの作品ばかり描いていました。なので、自分で「死の時代」と呼んでいるんですよ。その後、「死」をテーマにしなくなっていき、脚本家としては回復していったのだと思いますが、それでも、その「死の時代」の作品は読み返したり見たりするのが辛くて封印していました。ですが昨年、試しに(その「死の時代」に書いた)『クローズ・ユア・アイズ』を上演してみたら、これが面白くて(笑)。自分で思っていたよりも暗くないじゃないか、これなら再演してもいんじゃないかと思うようになりました。それで、久しぶりに『ミスター・ムーンライト』も映像で見返したり、脚本を読み返したら、やっぱり面白かったんです。特に初演の映像は、感動しました。ものすごく面白くて。それで、ぜひとも再演したいと。ただ、同時に、初演がものすごく面白いので、あれに勝てるのかというのは非常に不安です。あの頃は、元劇団員の上川隆也がいて、西川浩幸や坂口理恵もみんな30代中盤で最も油が乗っている時期で、ギラギラしていましたから。上演中の2時間、隅から隅までギャグを仕込んでいて、とにかく面白いんですよ。それが今のメンバーでできるのか……心配ではあります。
ーーそんなお声を受けつつ、お二人にもお話をお伺いできればと(笑)。まずは、再演、そして配役が決まったときの最初の印象はいかがでしたか?
関根:実は、キャラメルボックスの作品を初めて観たのが、初演の『ミスター・ムーンライト』だったんです。ビデオで観て、それでキャラメルボックスの存在を知って、面白いと思って、今、上演されているものを生で観に行こうと『トリツカレ男』を観に行ったというのが始まりで。なので、『ミスター・ムーンライト』を再演すると聞いたときは、「おお! 初めて観て、面白かった作品だ」と。何の役を演じられるのだろうと思っていたら、「鹿島です」と言われたので、ちゃんとプレッシャーを感じました(笑)。きっかけになった作品なので、本当にご縁を感じますし、プレッシャーも感じますが、尻込みせずに挑みたいなと思っております。
ーー初めてこの作品を観た時は、どんなところに面白さを感じたのですか?
関根:当時、演劇をやりたいと思っていろいろな団体さんの作品を観ている中で、(『ミスター・ムーンライト』は)とにかくゲラゲラと笑えたんですよ。なんだこの団体はと思いました。それがすごく印象に残っています。お笑いではないのにこんなにも笑えるんだと、すごく衝撃的でした。
ーー鍛治本さんはいかがですか?
鍛治本:今、話を聞いていて驚いたんですが、僕も初めてキャラメルボックスの映像作品を観たのが『ミスター・ムーンライト』だったんですよ。僕はキャラメルボックスの存在をよく知らずに、キャラメルボックスが行っていた俳優教室に飛び込んで、生の舞台を観ないで入所してしまうというだいぶ変わった入り方をしてしまったんですが(笑)、入ることが決まって、観ていないとまずいよなと思ってDVDで観ようと選んだのが上川隆也さんがパッケージに出ていた『ミスター・ムーンライト』でした。先程、成井さんが「死の時代」とおっしゃっていましたが、僕はその時代に書かれた『クローズ・ユア・アイズ』とこの『ミスター・ムーンライト』、それから『アンフォゲッタブル』が大好きなので、ずっと「死の時代」の作品を再演しないかなと思っていました。なので、昨年、『クローズ・ユア・アイズ』が再演されたこともすごく嬉しかったですし、それが『ミスター・ムーンライト』に繋がっているのだとしたら、『クローズ・ユア・アイズ』に出ていた人間としてはすごく光栄なことだなと思います。僕は今年41歳になるので、当時の成井さんと同じ年齢です。初演の皆さんの当時の年齢よりも上で、人生経験的には自分の方が多いはずなので、なんとか初演より面白くしたいなと思っています。
ーー鍛治本さんが初めてこの作品をご覧になった時の感想は?
鍛治本:舞台自体、観るのがほぼ初めてだったので、最初は見方も分からず混乱しましたが、真ん中にいる鹿島という人物を追いかけながら観ていけばいいんだと気づき、それまで僕が持っていた舞台のイメージとは全然違う作品だと思いました。自分も舞台の勉強していくというときに見ることができてよかったなと思いました。
ーー関根さんと鍛治本さんが演じる役柄についても教えてください。
関根:(配役が決まった時は)成井さんから「この役をやっていただけませんか」というメールが届くんですが、今回は「非常に難しい役です」と書かれていました(笑)。もちろん重々承知していますが、そのメールを見て改めて映像を観たり、台本を読んだりしました。セリフが多くて台本が真っ黒なんですよ(笑)。映像で観たときはそれを感じなかったのですが、きっと上川さんのセリフ術やテンポの良さがあったからなんだと思います。役の難しさももちろんありますが、すごく挑戦しがいのある役だと感じています。
鍛治本:僕は成井さんからのオファーのメールに「結城役です。イケメン枠です」と書かれていて、その言葉にプレッシャーをかけられています(笑)。冗談だと思いますが。
成井:いや、本気ですよ。
鍛治本:あはは(笑)。そのイケメン感をどう出すかが1番の課題になるのかなと思います。でも、台本を読んでみると、結城と自分は近いものを感じました。
関根:僕も鍛治本さんは結城にバッチリだなと思いました。
鍛治本:結城は非常に偏屈で偏った人物だと思いますが、僕も偏屈で偏っているんです。日常ではそれをだいぶ隠して生きているので、それを全開放して、結城のこだわりや大切にしているものを大事に演じていければいいのかなと今は思っています。
ーー成井さんは先ほど、この作品は「死の時代」に書かれたというお話をされていましたが、その当時は、どのようなことを考え、どのような思いでこの作品を書かれたのですか?
成井:ガンかもしれないと言われたときに、自分が死ぬことを初めて本気で考えたんですよね。そうしたら、すごく怖かった。今も考えると怖くなってしまうのでなるべく考えないようにしていますが、あの頃は、毎日考えていて。子どもが二人いるのですが、二人ともまだ小さくて、この瞬間に自分が死んだらどうなるだろうって考えると、もう絶対に死ねないんですよ。絶対に死ねないから、死ぬのが本当に怖いんです。そうやって、自分にとっての死や、親しい者の死、家族や友人の死といろいろなことを考えていました。この作品の主人公は鹿島ですが、自分の気持ちは結城に反映されています。結城は妹を亡くし、それに囚われてしまって、どうしても自分のことが許せない。結城には、自分の愛する者が死んだときに感じる自責の念があるんです。
ーーなるほど、鹿島ではなく結城なのですね。
成井:20代の頃は、自分のことが大嫌いなのに、こんな自分とどうやって生きていけばいいのかということがテーマでした。30代からは他者。「とりあえずもう自分は肯定しよう。ダメだけど肯定しなきゃ生きていけないんだ」から始まって、「じゃあそういうダメな自分がどう他者と結びついていけばいいのか」が30代のテーマだったと自分では思っています。エンタメの作家だからあんまりこんなことは言いたくないんですけど、実はこういう真面目な面があるんです(笑)。それで、この「死の時代」は、もう一回、自分の生や死に向き合わなければいけなかった時期です。向き合わずに済んでいたはずなのに、向き合わなければいけない。そんなことを考えていました。
ーー今回再演するにあたって、この作品に対してどのような思いがありますか?
成井:この作品に関して言えば、「自分が愛する者の死」を考えざるを得ない。それを考えずに物語の道具としてだけ扱うと非常に軽い作品になってしまうので、きちんと「死」に向き合おうと思っています。『クローズ・ユア・アイズ』でも自分の死や災害、大量に人間が死んでいくという状況に向き合わなくてはいけないと思い、出演者みんなと一緒に向き合うようにしました。今回もそれは同様です。
ーーそうした本作のテーマについて、関根さんと鍛治本さんは今、どんなことを考えていますか?
関根:僕は年齢を重ねていくに従って、生きるのが楽しくなってきたんですよ。色々ことを楽しめるようになってきている。でもだからこそ、死ぬことや周りの人が死んでしまうことのショックも大きくなってきていると思います。そうした思いがあるので、この作品でも「死」を大事に扱いたいですし、今、生きていて感じている楽しさも強く出していきたいと思います。僕はいわゆる“陽キャ”と言われるタイプではないので、一人になったときに「あまり友達いないかも」と思ったり「このまま一人で死ぬのは怖いな」と思うこともありますし、そうした怖さはやっぱり年々増していることは感じています。この作品は生と死にもう一度向き合うことができる作品だと思いますし、生きることの嬉しさや楽しさをお客さんに伝えられたらと思います。
鍛治本:僕は死に対する考えが大きく変わったのが、2011年の震災でした。すごく衝撃的で、人って本当にいつ死ぬかわかんないんだなと実感としてすごく持つことになって。そこからは「いつ死ぬか分からないんだから、明日死ぬかもしれないという気持ちで物事に取り組まなくてはいけない」と思うようになりました。それから時を経て、40歳になったときに、本当に大切な友人が突然亡くなることが少しずつ出てきて。震災は「自分がどう生きるか。自分もいつ死ぬかもしれない」という体験でしたが、大切な友人を亡くすという出来事は「大切な人がいついなくなるか分からない」ということを肌身に沁みて感じたことでした。月並みではありますが、大切な人には会えるときに会わなくてはいけないし、感謝の気持ちを伝えられるときに伝えなくてはいけないと思います。この作品でも、そうしたことを大切にしながら演じたいと思います。ただ、『クローズ・ユア・アイズ』のときのチラシ撮影でプロデューサーから口を酸っぱくして言われたことが「これはエンタメでコメディなんだ」ということでした。この作品も「死」をテーマにはしていますが、やっぱりお客さんに笑ってもらって楽しんでもらうのが劇団の特色でもあるので、楽しい作品であるということも意識していきたいと思っています。
ーー再演をするにあたって、今作ではどんなところに注目して観てもらいたいですか?
成井:初演は本当にお客さんの評判が良くて、東京公演だけでも3万人以上入ったんですよ。特にオープニングのダンスがめちゃくちゃ好評で、劇団員に聞いても好きだという人が多かったです。なので、まるっきり同じものにはならないと思いますが、近いものをやろうと思っています。キャラメルボックスの古いお客さんだと、オープニングダンスが観たいという方もきっと多いはずなので、まずはダンスを観てほしいですね。それから、全役が変わる再演というのは、ほぼないと思います。再演するとどうしても縮小再生産になってしまう可能性がありますが、今回はほとんどの劇団員が初体験なので、全く新しいものを作れるのではないかなと思っています。
鍛治本:見どころはやっぱり関根翔太の主演だと思います。鹿島は、汗をかいてやるしかない役だと思うので、その姿をぜひ観てもらいたいです。キャスト陣も好き勝手やりそうなメンバーがたくさんいるので、ちょっかいをかけて無責任に去っていく先輩たちに対応しながら物語を回していく関根が見られます。僕もどんどんちょっかいを出していこうと思っています(笑)。
関根:鍛治本さんと親友役なので、僕はその親友感を見どころにしたいなと思っています。先ほども言いましたが、僕は友達が少ないので、親友感というのがまだ掴めていないのですが、だからこその親友感をぜひ見ていただきたいなと思います。
ーーところで、早くも2024年が終わりに近づき、皆さんは本作で今年を締めくくることになると思います。改めて、今年1年を振り返っていただいて、どんなことが印象に残っていますか?
鍛治本:年末ではありますが、活動再開以降はクリスマスツアーが劇団の活動のメインになっているので、稽古が始まって、お客さんに会えるというその時間に1年が詰まっているような気がします。なので、やっと今年が始まったなという感覚もあるんですよ。これから2024年の集大成が始まるという気持ちです。
関根:確かにそうですね。僕たちもクリスマスツアーをすごく楽しみにしていて、1年に1回、親戚に会えるというような感覚があるので、年末というよりもむしろ年始感がありますね。やっぱり僕たちはキャラメルボックスの劇団員なので、キャラメルの公演をやって、次という感覚があるので、稽古が始まるのがスタートという感覚です。
成井:本公演は確かにこれだけですが、若手公演のディスカバリーズはやっていますから、僕にとっては今年2本目になります。今回の『ミスター・ムーンライト』にも若い人たちが出演しますが、旗揚げから39年、今もずっと若い人たちが成長し続ける劇団であることが非常に嬉しいです。劇団以外の話をしますと、今年は、『無伴奏ソナタ』のミュージカルを上演しました。生まれて初めてミュージカルを手掛けて、すごく感動しました。62歳で初めてのことができたんですよ。キャラメルボックスを立ち上げた頃は、いつかミュージカルやりたいと思っていたんです。でも、歌があるとすごく大変で、ミュージカルを諦めた。それをこの歳でついに実現できたので、本当に感激しました。ディズカバリーズも小規模ではありますが、生まれて初めて短編集を上演できたので、これもまた楽しかったです。ミュージカルは準備が大変なので、またすぐにできるとは言えませんが、短編集はぜひまたやりたい。もちろん、ミュージカルもいずれはもう1回挑戦したいですし、他にも新しいことがあるのならば挑戦したいです。
関根:成井さんと年賀状のやり取りをしているんですが、年賀状に「今年はミュージカルをやります」と書いてあったんですよ。だから、すごく意気込んでいらっしゃるんだなと思ってました(笑)。
成井:出した年賀状全部に書いたから(笑)。
取材・文=嶋田真己 撮影=福岡諒祠