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​【「石垣りんの手帳 1957から1998年の日記」】飾らない詩人の飾らない日常。「何も起こらなかった日」の記述にシンパシー

アットエス

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は2025年2月21日に初版発行(奥付)された南伊豆に縁の深い詩人石垣りんさん(1920~2004年)の在りし日の手帳をそのまま本にした「石垣りんの手帳 1957から1998年の日記」(katsura books)を題材に。

石垣りんさんは父が南伊豆町、母が松崎町生まれ。石垣さん自身も南伊豆町の寺院に眠っている。生前愛用した文机や自筆の原稿、文学仲間からの手紙や蔵書は町に寄贈され、町立図書館には「石垣りん文学記念室」が設けられている。

「石垣りんの手帳 1957から1998年の日記」は、そんなタイトル通り石垣さんの約40年分の日記の一部を書籍したもの。活字に起こしておらず、原本をそのまま約400ページの本にしている。恐らく鉛筆で書かれた楷書の手書き文字は、よそ行きの感じはしないが読めない文字がほとんどない。

その日にどこへ行ったか、誰と会ったか、どんなものを食べたかなど、他愛のない内容が多いが、詩人・石垣りんの作品がこうした生活の中から生み出されたのだとすると、これは創作ノートの一種なのかもしれない。

1974年2月に約40年務めた日本興業銀行を定年退職するのだが、20日の記述はこうだ。

「9.50本店人事部へゆく.10時定年退職の辞令.正宗頭取より.花束、中込、板野さんより.もひとつ看護婦さんより.6退行.家へよってかえる.」

実に淡々としている。SNS全盛の現代では、有名無名を問わず自分の生活を逐次報告する人は多いが、石垣さんの日記はあくまで「日記」なので、人に見せることを想定していないのだ。だからこそ、読み手としては面白いところが多い。

例えば。何も起こらない日も文字で記述する。1988年6月22日「きのうもその前も29日もテツヤして原稿出来ない」。1992年2月10日「こまつ座の原稿とうとう書けず」。SNSには「何か起こった」ばかりがあるが、この本には「何も起こらなかった」があり、その書きぶりが石垣さんへの親近感が増幅させる。

体調の悪さも、むしろ細かく記録している。1994年3月11日「体調崩れる.いちにち激しい下痢.21回手洗いに通う.夜中、吐く.」後から自分が見返せるようにしたのだろう。

石垣さんの「統一表記」もクセになる。寝るを「ネル」、電話を「デンワ」、明日を「アス」、徹夜を「テツヤ」。画数が多いのが面倒だったのか、と思いきや、もっと画数の多い漢字をきちんと書いている場合もある。石垣さん個人の言語感覚の中では「ネル」「デンワ」「アス」「テツヤ」がしっくり来ていたのだろう。

日記の中では近所の「八幡サマ」に頻繁に詣でている。飾らない作風の詩人の飾らない日常が、飾らない体裁に詰め込まれた一冊である。

(は)

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