【川根本町文化会館の「演劇する人」】 何もない舞台に農村が、法廷が、屋敷が立ち上がる
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は3月15日に川根本町の同町文化会館で開かれたパフォーマンスイベント「演劇する人」を題材に。
川根本町文化会館が2024年度に実施する「かわぶん町民ゼミ 演劇部(仮)」はせりふ、パフォーマンス、演出、音楽、美術、衣装など演劇のさまざまなパーツを専門家から学ぶ全7回のプログラム。2024年7月から第一線で活躍する俳優や制作陣を講師に招き、各回ごとに違ったテーマでワークショップを開いた。
町内外の人をまぜこぜにする可能性を秘めた、極めて意欲的な取り組みだ。2025年度以降も続けてほしい。
3月15日の催しは、この企画のコーディネーター的役割を務めたSPAC俳優の布施安寿香さん、吉見亮さんによる特別公演。衆人環視の舞台上で、人間が俳優になっていく過程をそのまま見せようという試みである。上演前の布施さんが述べた、「台本という2次元のものを実際化する」という作業をリアルタイムで目にする機会はなかなかない。
演目は古典から現代小説までの全4本。開場直後の舞台にはストレッチする吉見さんと布施さんの姿が。ほどなく上演時間となり、布施さんの作品解説とともに各作品の一部を5~8分ほど上演する。舞台右奥には衣装やカツラが並んでいて、布施さんは解説しながらその場で衣装の着脱も行う。何という手際の良さだろう、と見惚れた。
吉見さんの激しいジャンベ演奏に合わせて布施さんが不遇をかこつ王女の独白を表現するギリシャ悲劇「エレクトラ」(作・エウリピデス、訳・松平千秋)で幕開け。シェークスピア「冬物語」(訳・松岡和子)、チェーホフ「桜の園」(訳・安達紀子)と色合いの異なる演目が続き、最後は多和田葉子「祖母の退化論」の朗読+パフォーマンス。作品解説する布施さんが「俳優」としてスイッチを入れる瞬間を4回も見られた。
何もない舞台が農村に、法廷に、没落貴族の屋敷になる。ないはずの景色がそこに立ち上る。それは俳優の言葉や動きによるところが大きい。この日の演目から、それを改めて感じた。強く。
(は)
「祖母の退化論」(作・多和田葉子)より