勉強を「学び」から「遊び」に ゲーム感覚の学習プラットフォームが子供に人気 SplashLearn
勉強は嫌いだけど、ゲームは大好き――。そんな子供の心理を捉えた学習プログラムを提供しているのがSplashLearn(スプラッシュラーン、本社:米国カリフォルニア州)だ。このプログラムでは、日本の小学生レベルの算数や読解などを学習でき、7,000以上のカリキュラムに基づいたゲームやアクティビティが用意されている。教育機関でも活用されているこのプログラムについて、共同創業者でCEOのArpit Jain氏に話を聞いた。
<font size=5>目次
・インド工科大学出身者が考案した教育プログラム
・何度失敗してもいい、「マリオ」の感覚を学習に
・「数学を学ぶ」から「数学をプレイしたい」へ変化
・10億人の「恐れを知らない学習者」を育てる
インド工科大学出身者が考案した教育プログラム
―SplashLearnを始めた理由や、サービス内容を教えてください。
私をはじめ、4人の創業者全員がインド工科大学(ITT)出身のコンピューターサイエンスを専門とするエンジニアです。工学を学んだ経験から、教育が人生に大きな影響を与えると感じました。そこで、インドだけでなく世界中の子供たちに質の高い教育を提供したいと思い、この事業に取り組むことにしました。教育分野に注目した理由はここにあります。今は初等教育を対象にしていますが、将来的には高等教育にも取り組めるのではないかと考えています。
私たちの収益モデルはサブスクリプション型です。当初の目標は経済的背景に関わらず、すべての子供たちに学習の機会を提供することだったので、学校で使用する場合は完全に無料で提供しています。そのため、アメリカ国内はもちろん、世界中の多くの学校で活用されています。
現在、私たちは2歳から11歳までの年齢層を対象にしています。このくらいの年齢層では大人が学習の決定をすることが多いので、単に子供たちが使用するだけでなく、教師が学校でより良い学習をサポートするためにも使われたり、学習の進捗を確認できる詳細レポートを、親と教師の両方に提供したりしています。
Arpit JainSplashLearnCo-Founder & CEOインド工科大学(ITT)でコンピュータサイエンス&エンジニアリングの学士号および修士号を取得。2007年にIntinno Technologiesを共同設立し、CTOとして3年6カ月にわたり、教育機関向けのWebおよびモバイルソリューションを提供する技術開発をリード。2011年4月、SplashLearnを共同設立し、CEOに就任(現職)。
何度失敗してもいい、「マリオ」の感覚を学習に
―App Storeで検索してSplashLearnをダウンロードし、いくつかのゲームを楽しくプレイしました。しかし、類似の教育系アプリも数多く見られます。競合他社との違いは何ですか?
私たちは、教育における最も重要な問題は学習に対する生徒のモチベーションだと考えています。その問題を解決するために、子供たちが大好きなゲームを使って魅力的な学習体験を作るというアイデアを持ちました。そこでは、エンゲージメントと効果のバランスが適切に取れていることが重要です。作業のように学ぶだけでなく、プレイすることも学ぶことも楽しむべきなのです。そこで時間をしっかりかけて、カリキュラムに沿った7,000以上のゲームを開発しました。これらはゲームとしておもしろいだけでなく、学習にも効果的です。
これらのゲームすべてが高い完了率を持ち、子供たちに愛されていることを確認するために多くの研究を行っています。競合他社との最大の違いは、ゲームの量、カリキュラムとの整合性、そして継続的な研究を通じてこれらのゲームで実現できたエンゲージメントの量だと考えています。
―モチベーションは学習において重要だと思います。学習へのモチベーションを高めるためのテクニックを教えていただけますか?
従来の学習方法にはない例をいくつか挙げましょう。子供がゲームをプレイしているとき、通常、ネガティブな感情は湧きにくいです。たとえば、マリオのようなゲームをプレイしているとき、何度失敗してもまたプレイできることを知っています。問題に直面しても、その解決策を見つけて前に進むことができます。そして、少しずつこれらの問題に取り組むことで、最終的に目標に到達できます。
しかし、残念ながらこれまでの教育では、子供が試験で良い成績を取れなかった場合、数学が苦手だとか英語が苦手だとかレッテルを貼られ、それがモチベーションの低下や挫折感につながり、最終的には努力をやめてしまいかねません。ゲームをベースにした学習で私たちが重視しているのは、決して子供を落胆させないことです。常に動機づけられ、学び続け、挑戦し続け、徐々に特定の概念を学んでいくのです。現在は、このようなゲームベースの方法論をすべてのカリキュラム、すべての学習目標に適用できるよう取り組んでいます。そこが私たちの研究チームが最も力を注いでいる点です。
―ゲームは魅力的ですが、アプリを起動しなければ学習を始められません。生徒をアプリに呼び戻すテクニックはありますか。
学校で製品が使用される場合、教師が子供たちに定期的に製品を使わせるプロモーターの役割を果たします。一方、子供が家にいるときには、ゲーミフィケーション(ゲームを本来の目的としないサービスなどにゲーム要素を応用すること)のテクニックを活用しています。例えば、子供がアプリを定期的に使うことで、ゲーム内で何かを購入するための報酬を獲得できます。また、マルチプレイヤー形式のゲームもあり、ここでは友達と一緒にプレイすることも可能です。
そもそも、子供たちの主なモチベーションは単にゲームをプレイしたいということです。ゲームが好きであれば、自然にアプリを起動してゲームを楽しみます。私たちのプラットフォームには多くのゲームがそろっているので、子供たちは定期的に戻ってきて、それらのゲームを楽しみたいと感じるのです。また、親の立場からすれば、子供がYouTubeを見たり通常のゲームをする代わりに、SplashLearnを使ってくれることを期待するでしょう。
「数学を学ぶ」から「数学をプレイしたい」へ変化
―生徒の成功事例などお聞かせいただけますか。
ある親からメールをいただいたのですが、7歳の子供が学校で数学を全く好きになれず、授業に参加したがらなかったそうです。しかし、家でSplashLearnを使い始めて1カ月後、その親から「以前は数学が嫌いだった子供が、今では朝5時に起きて『数学をプレイしたい』と言うようになった」というメールをいただきました。「数学を学ぶ」から「数学をプレイする」に言葉が変わったのです。このように、数学に対する子供たちの自信やモチベーション、態度が大きく改善された成功事例が多数あります。
親を対象とした調査では、92%が「子供たちの学習に対するモチベーションが向上した」と回答しています。
―最もユーザーが多い地域はどこですか?
私たちのプラットフォームは、150カ国以上でグローバルに使用されていますが、主要な市場はアメリカです。現在、アメリカの70%以上の学校で少なくとも1人の教師がSplashLearnを使用しています。また、イギリス、カナダ、オーストラリア、シンガポール、ニュージーランドといった英語圏の国々でも広く利用されています。
現在、SplashLearnには6,000万人以上の登録者がいます。毎年800万から1,000万人の新しいユーザーが利用を始めており、ユーザー全体で見ると年間20億以上のアクティビティや問題に取り組んでいます。将来的には各国向けにローカライズを進め、全世界に展開していきたいと考えています。
―教師からのフィードバックはどのように得ていますか。
いくつかの方法があります。まず一つは、直接教室に行って教師の一日を観察することです。多くの場合、教師自身が直面している課題に気付いていないこともあるので、複数の教師を観察し、その課題を分析して解決すべき問題を特定します。私たちの目標は、特定の数学の授業の全体的な効率をどう向上させるか、そして教師の時間が生徒との対話や学習支援にもっと費やされるようにすることです。評価や適切なコンテンツを探すことに時間を割くのではなく、直接生徒の学びをサポートする時間を増やすことに注力しています。
また、教師向けに詳細なレポートを提供しており、それによってクラス全体や個別の生徒の状況を確認し、私たちの提案に基づいてアクティビティを割り当てることができます。それに加えて、調査を行ったり、ユーザーリサーチチームが毎日教師と話をして、既存機能や新しい機能の開発に関するフィードバックを収集しています。さらに、私たちと密接に協力して機能開発を支援してくれるスター教師のグループも存在し、彼らからフィードバックを得ることで、教師と一緒に適切な製品を開発するのに役立っています。
―ゲームを魅力的にする工夫について教えてください。
まず、典型的なゲームにはストーリーやナレーション、そして子供たちが共感できるキャラクターを登場させるよう工夫しています。複数のゲームがある場合、それらが全て同じストーリーと結び付いていることが重要で、ゲーム内のグラフィックスも魅力的でなければなりません。子供がゲームと対話するたびに、何らかのフィードバックを得られるようにして、常にエンゲージメントを保つよう工夫しています。さらに、難しい課題に直面しても、常にゲーム内で楽しめるように設計されています。
製品を開発する際には、さまざまなゲーミフィケーション技術やゲームベースの学習技術を使用しています。ストーリーデザイナー、グラフィックデザイナー、ゲームデザイナー、そして教員免許の保有者を中心に構成されるカリキュラムデザイナーからなる社内チームが協力して、特定のゲームを構築しています。また、子供たちからも実際にストーリーの作り方について意見を求めています。大人と子供では考え方が異なるため、子供たちのフィードバックを開発プロセス中に得ることが非常に重要です。ゲームが完成してからではなく、制作の全プロセスを通じて子供たちの意見を取り入れることで、より彼らに合ったゲームを作り上げています。あなたや私が好きなゲームが、必ずしも子供たちに好まれるとは限らないからです。
image : SplashLearn HP
10億人の「恐れを知らない学習者」を育てる
―次のステップについて教えてください。また、日本企業とのパートナーシップを求める場合、どのような関係が望ましいですか。
今後12カ月で、読解分野で新製品を発売する予定です。また、グローバル展開の拡大にも力を入れており、数カ月前に11カ国で製品を発売し、現在はそれらの国々でのマーケティングに注力し始めたところです。これからは、アメリカ以外の国々にも積極的に進出していく計画です。
この展開を進める上で最大の課題は、どうやってより多くのユーザーにリーチするかという点です。特に新しい国で製品を発売する際、親や教師に私たちの製品をどう認知してもらうかが重要です。アメリカでは13年の歴史があり、すでに大きな存在感を持っていますが、それを他の国々でもどのように再現するかが今後の大きな挑戦です。日本市場に進出する際には、すでに学校や親世代に強い影響力を持つパートナーと協力することが重要だと考えています。
なお、私たちのアプリは現在、英語とスペイン語で利用可能ですが、日本に進出する際は、まずアプリ全体を日本語に翻訳するチームと協力する必要があります。ただ、数学に関しては特に初等教育のカリキュラムを見ると、世界中でほぼ同じ内容を学ぶ必要があります。アプローチに多少の違いはあるかもしれませんが、学習目標は同じです。翻訳を手伝ってくれるパートナーが必要ですが、さらに重要なのはディストリビューターや販売代理店になってくると思います。
―生成AIの技術を使えば、言語の壁を超えることもできそうですね。
生成AIの導入により、コンテンツやアートの制作速度が大幅に向上しました。また、親に届けるレポートでもAIを活用しています。これにより、単調な表形式ではなく、子供がどこでつまずいているのか、集中力が欠けているのか、特定の科目で問題があるのか、あるいは十分に学習に取り組んでいないのかを詳細に把握できるようになりました。その結果、親にとって会話形式で分かりやすいレポートを提供でき、さらに家庭でどのように対応すれば良いか、どのような言葉を使えば良いかといった具体的なアクションも提案しています。
もちろん、グローバル市場に進出する際にはAI活用を念頭におきますが、現地の言語を理解する専門家にコンテンツを確認してもらう必要があることも忘れていません。
―最後に、長期的なビジョンと、日本の潜在的なパートナーや潜在的なクライアントに向けてメッセージをお願いします。
はい、私たちの目標は、世界中で10億人以上の生徒にリーチし、すべての国で存在感を持つことです。私たちのビジョンは、何でも学びたいという意欲を持つ、恐れを知らない学習者を育てることです。子供たちの好奇心を刺激し、学ぶことへの興味を引き出すことが私たちの使命です。世界中で10億人の「(失敗に対する)恐れを知らない学習者」(Fearless learners)を育てることが私たちのビジョンなのです。
教育やゲームなど、子供たちのモチベーションを高めるものを探している方がいれば、ぜひパートナーシップを組みたいと考えています。お話しできることを楽しみにしています。
従業員数なし