Yahoo! JAPAN

「“技術のファーストペンギン”はいつだってゲーム業界」AIの進化でゲームと作り手はどう変わる?

エンジニアtype

「“技術のファーストペンギン”はいつだってゲーム業界」AIの進化でゲームと作り手はどう変わる?

100万人のユーザーがいれば、その100万人に同じゲームを提供する。そんな常識は、とっくに覆されていた。

今回お話を聞いたのは、書籍『スクウェア・エニックスのAI』(ボーンデジタル)を上梓したばかりの株式会社スクウェア・エニックスにおいて、AIの研究開発に携わる三宅 陽一郎さんと荒牧 岳志さん。

二人によると、プレーヤーの行動などをリアルタイムで分析し、一人一人が最も楽しいと感じる体験を提供するAIが、すでに最新ゲームに搭載され始めているという。

一体ゲームAIは、どこまで進化しているのか? そして今、AIエンジニアがゲーム業界を選択するメリットとは? 二人に伺った。

株式会社スクウェア・エニックス
イノベーション技術開発ディビジョン リードAIリサーチャー
ゲームAI開発者、工学博士
三宅 陽一郎さん(@miyayou)
ゲームAI開発者。京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程(単位取得満期退学)。博士(工学、東京大学)。2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。東京大学生産技術研究所特任教授、立教大学大学院人工知能科学研究科特任教授、九州大学客員教授、東京大学先端科学技術センター客員上級研究員。国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会設立(チェア)、日本デジタルゲーム学会理事、人工知能学会編集委員会副委員長・シニア編集委員、情報処理学会ゲーム情報学研究会運営委員。『大規模デジタルゲームにおける人工知能の一般的体系と実装 -FINAL FANTASY XVの実例を基に-』にて2020年度人工知能学会論文賞を受賞

AI&エンジン開発ディビジョン ジェネラル・マネージャー
荒牧 岳志さん
2002年スクウェア(現スクウェア・エニックス)入社。いくつかのタイトルを担当後、FINAL FANTASY XVのメインプログラマーとしてゲームエンジンやグラフィックス実装も。その後2018年に株式会社Luminous Productionsで、スタジオヘッドとしてマネジメント業務をしつつ、FORSPOKENではディレクタ担当。昨年、スクウェア・エニックス復帰後、現在は、AI&エンジン開発ディビジョンの部門を担当し、ゲームエンジンやAI技術の開発に従事

みんなが“同じゲーム”で遊ぶ時代は終わった

ーーAIの進化によって、プレーヤーのゲーム体験はどのように変化しているのでしょうか?

荒牧:最近はプレーヤーの動きやゲームの状況を見ながら、プレーヤーがより楽しめるようにゲーム全体をコントロールする「メタAI」がゲーム体験を大きく変えています。

ゲームの序盤は楽しくても、急にモンスターが強くなって倒せなくなり、プレーをやめてしまったという経験はありませんか? そうならないように、メタAIはプレーヤーの行動などをリアルタイムで分析して、ゲームの難易度をちょうどいいレベルに自動調整しています。

他には、例えば魔法を使うのが好きなプレーヤーに対しては、魔法を効果的に使えるような場面を与えたり、ボスキャラをギリギリの状況で倒すのが好きな人には、そういう展開にしやすくしたりしています。

三宅:ユーザーが遊んでいる最中に、AIが裏側で高度な計算を行い、その場で体験をジェネレーションしているので、ゲームをする人によってちょっとずつ体験が変わるんですね。

かつてのゲームは完成した状態で提供されていましたが、今のゲームはユーザーの挙動や行動履歴などに応じて、プレーの最中にどんどん変わっていくものになっているといえます。

ーーそれならゲームが得意な人も苦手な人も、楽しくクリアできそうですね。まさにゲームのパーソナライズ化だと思います。

三宅:そうですね。必ずしも楽になる、というわけではなく、ユーザーに応じて体験を多様化するといった方が正しいでしょう。といっても、完全に違うゲームになるわけではありません。大筋は同じゲームですが、その中にちょっとした「揺らぎ」を生み出しているんです。

コンテンツの中に「揺らぎ」があると、ユーザー同士の対話が生まれやすくなります。「俺はあのダンジョンに行った時こうだったけど、そっちはどうだった?」というように、リアルの世界でのコミュニケーションにもつながるのではないでしょうか。揺らぎがユーザ間のコミュニケーションを生み出すわけです。

また、今は動画でゲームを楽しむ人も増えていますが、一人一人が異なる体験ができるのであれば、やってみたいと感じる人が増えるかもしれません。

ーーメタAIの他に、ゲームにはどのようなAIが活用されていますか?

三宅:例えばキャラクターの台詞に合わせて唇の動きを変える「リップシンク」は、『ファイナルファンタジーVII リバース』では自動化され、大幅な工数削減につながりました。この成果は弊社よりCG最大の国際会議『SIGGRAPH 2024』で発表されました。

SIGGRAPH 2024で発表されたLip-Sync ML資料http://www.jp.square-enix.com/tech/library/pdf/LipSyncML_SIGGRAPH_Talks_2024_abst.pdf

また、QAの自動化にもAIは活用されています。AIは24時間テストをし続けられるので、テスト工数の削減につながる上に、人間が見つけにくいバグも発見してくれます。品質保証のプロセスが高度化され、その結果新しいチャレンジもしやすくなりました。こちらは書籍『スクウェア・エニックスのAI』の第5部において、まとまった形で解説をしています。

ーーユーザー体験の向上だけでなく、開発効率や品質の向上にもAIは使われているのですね。

荒牧:どちらかというと、作業効率を上げる目的でAIを使っている企業の方が、業界内では多い気がします。

当社としても、その方向性でのAI活用は進めていきますが、我々は「ユーザーに喜んでもらえるゲームを作りたい」という気持ちが強いので、いかにユーザーに新しい体験を提供し、ゲームを楽しんでもらうかという攻めの目的でAIを積極的に使っていきたいと考えています。

ーー将来的には、どこまでAIを進化させたいですか?

荒牧:今進めているのは汎用AIの開発です。従来はタイトルごとに別々のAIを開発して作業させていたのですが、これを統合してタイトル横断で使えるようにしたいです。

AIが賢くなり、任せられる仕事の幅が増えれば、AIエンジニアのリソースを有効活用できるようになります。すると、今までにない新しい挑戦がさらにしやすくなり、ゲームの面白さも格段に伸ばしていけると思います。

三宅:そうですね。スクウェア・エニックスは少なくともRPGを世界の先頭で変革してきた会社なので、これからはAIの力でRPGを変革することが使命であると考えています。

ゲーム開発者は「人間とAIの協調」を探求することが仕事に

ーーAIの進化に伴って、ゲームの作り手の体験はどのように変化しているのでしょうか?

荒牧:社内ではちょっとした作業においてもAIが使われています。例えば、社内のチャットボットに質問すればプログラミングの仕方を簡単に教えてくれますし、欲しいデータも簡単に用意してくれます。将来的には「こんなゲーム作って」と言ったら、パッと作ってくれるAIもできるんじゃないかと思っています。

ただAIは、まだクリエーティブな仕事はできないので、人間がアイデアを与える必要があります。どんな風にアイデアを渡せばAIが処理しやすくなるのか、といった課題に向き合うのも、ゲーム作りの仕事の一つになっています。

三宅:その通りで、AI活用に関しては「コントローラビリティ」が一つのテーマになっています。

当たり前ですが、システムを全部自分で作るのに比べると、AIはコントローラビリティが低いんです。ところがゲーム開発者には強いこだわりがありますから、できるだけそのこだわりを反映できるようにAIを調整しなくてはなりません。

したがってゲーム開発者は「AIと人間がどうしたら協調していけるか」を探求し続けることになります。

ーーAIを道具として使うのではなく、バディーとして向き合っていくような感覚ですね。AIによってゲーム作りの面白さも変化していると感じますか?

荒牧:ゲーム開発には長く関わってきましたが、ソフトウエアを使ってできることの限界を感じ始めていた中で、近年はAIが仕事を一層面白くしてくれているように感じます。AIは可能性の塊ですね。

三宅:ゲームAIの分野では、メタAIやキャラクターAI、空間AIという枠ができ、そこにディープラーニングの技術も加わって今の形になりました。ゲームAIはもはや初期フェーズではなく、次のステージへと向かっている感覚があります。

挑戦は山積みで、この新しいステージの完成には、あと10年はかかるかもしれませんが、その途上でさまざまな発見や革命があります。今の段階でAIに携わるからこそ、新しい発想でいろいろな課題を突破していける機会にあふれているのではないかと思います。

ゲーム業界はあらゆる技術のフロンティア

ーー今、AIエンジニアがゲーム業界を選ぶメリットは何でしょうか?

荒牧:ゲームは完全なデジタルコンテンツなので、AIを活用できる領域が非常にたくさんあります。例えば、シナリオや文字の構成、自動テストといったあらゆる領域でAIを使うことができます。

さらにゲームは現実世界ではなく、仮想世界の中にあるので、そこでラーニングするデータも得られればシミュレーションする環境も作れます。つまり、3Dの中でものを動かすだけで簡単にAIの学習ができるんです。ところがリアルの世界でロボットを作ろうと思ったら、それだけお金も時間もかかってしまいますよね。

ーーなるほど、AIの進化を純粋に追求したい人には、仮想空間で全てが完結するゲーム業界は最適かもしれませんね。

三宅:ゲームAIは他の産業とは一見無関係に見えるかもしれませんが、ゲームを通じて生まれたAI技術が、他産業に活かされる取り組みも生まれています。

書籍『スクウェア・エニックスのAI』の中でも紹介していますが、オムロン社様の卓球ロボット「フォルフェウス」にメタAIを搭載し、一般の人々に対戦してもらったことがあります。

卓球ロボットには、自分が楽しく戦えるように難易度が調整されたり、ギリギリの状況から最後に勝つような達成感を味わえるようなメタAIを搭載しました。この卓球ロボット*と対戦した人々にアンケートをとると、通常の卓球ロボットと比べて「集中してラリーができた」「もう一度ラリーしたい」と答えた方が多くおられました。

*プレイヤーのモチベーションコントロールを実現する卓球ロボットシステム.
OMRON TECHNICS. 2021, Vol.53, No.1, p.34-41.

これはゲーム業界で長く培われてきた「感情を揺さぶる」技術が、モチベーションの維持に有用なことを示した事例の一つであり、これからメタAIはさらにゲームの世界を飛び出して活用されていくのではないかと思います。

完全なデジタルコンテンツを扱えるのは、ゲーム産業の大きな特徴です。この強みを活かして、ゲーム産業は全産業の先頭に立ち「AIと人間の協調したものづくり」を探求していくのだと思います。

ーーゲーム業界にはベテランが多いイメージがありますが、若手でも活躍できますか?

三宅:ええ、むしろ若い方にこそゲーム業界を選んでいただきたいですね。先日のCEDECでも若手の発表者は多く、その内容はベテランにとっても勉強になることばかりでした。

CEDEC2024におけるスクウェア・エニックスからの発表の一部


ChatGPTに内製エンジンのシェーダーやシーケンスを作らせてみた
感情の動きを辿ってみよう ~プレイヤージャーニーマップを用いたUX分析~
プレイヤーの「上手さ」とゲームの「難しさ」を分析する手法とレベル自動生成への応用
言語AIのゲーム応用 - ゲーム内エージェントとしての大規模言語モデル –

ゲーム産業は折に触れて「リセット」がかかる業界です。主流のハードウエアが変わるときなど、これまでの蓄積されてきた技術だけでは太刀打ちできず、新しい技術を身に付けた人が強くなる瞬間があるんです。

そして今まさに、ゲーム業界ではAIによってリセットがかかろうとしている。若い人には大きなチャンスのあるタイミングだと思います。

ーーゲーム業界で活躍したい場合、若手はどんな準備をしたら良いでしょうか?

荒牧:分析力を養ってほしいです。ゲームで遊ぶときも、ただ楽しいなと思うのではなく「こういう仕組みがあるからこんな体験ができるんだ」という作り手の視点を持つこと。この書籍でゲームの作られ方を知るのも、一つの手段だと思います。

三宅:ゲーム会社が作るゲームを見ると「自分にはこんなゲームは作れない」と思ってしまうかもしれませんが、私は学生が作るゲームはシンプルなものでいいと思います。

ただそこに、プラス1でも2でもいいので、新しい技術を使って何かを足していく。例えばディープラーニングを使ってこんな試みをしてみた、ということができれば、大学の研究としては十分価値があると思います。

それに加えて、自分のホームページを持ったり、YouTubeに動画を上げたりして、どんどん自分の技術をアピールしていくことも有効ですね。

ゲーム業界はあらゆる技術のフロンティアに位置していますから、本当に高い技術がある人は今すぐゲーム産業に参加できます。ぜひ挑戦と発信を繰り返すことで、ゲーム業界で活躍するチャンスを掴んでもらいたいなと思います。

取材・文/一本麻衣
編集/玉城智子(編集部)

書籍紹介

書籍名『スクウェア・エニックスのAI』
著者:スクウェア・エニックス
定価:5,500円

テーマは「とにかく、わかりやすく!」です。目標としたのは、日本で最もわかりやすいゲームAIの本。スクウェア・エニックスでAI開発に携わるスタッフたちの「なるべく平易にゲームのAIについて知ってほしい」という思いから始まった一冊だ。

三宅さん:今回の書籍は、特に大学2年生を対象としており「大学生にゲームAIという分野を知ってもらいたい」という意図のもとに作成しております。

各章前半は「誰にでもわかる」ように書かれており、各章後半は読み応えのある「専門性の高い内容」となっています。

>>>購入はこちら

【関連記事】

おすすめの記事