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深さの中にある甘美な世界を求めて 山口市「カピン珈琲(CAPIME COFFEE)」

山口さん

『Pen』No.425号(2017年4月1日発行)より

今回ご紹介するのは、独自の世界観で多くの根強いファンを持つ山口市のコーヒー専門店。
「深くて甘い」コーヒーの世界をのぞいてみませんか?

【写真はこちら】これぞ唯一無二の世界観!

こだわりの販売所

山口市大内の住宅街の一角にある「カピン珈琲(CAPIME COFFEE)」(山口県山口市大内問田3-2-41)。

コーヒー豆とオリジナルのコーヒー道具を通販や対面で販売する専門店です。

販売所は自宅と兼ねていて、敷地内には4台程度車を停めるスペースがあります。決して分かりやすい場所ではないにも関わらず、営業日には常にお客の車が停まっています。

販売所での営業は週に2日程度となっていて、店の入り口前にドリップポットが吊り下がっていたら営業日のしるしです。

販売所への入り口はこちら。

写真では分かりにくいですが、実はこの扉の高さは140cmほどしかなく大人の人は腰を屈めないと入れないつくりとなっています。茶室の「にじり口」をイメージしているそうで、こだわりあふれる世界への入り口です。

くぐって入ったお店の中は細長い作りとなっていて、入り口から3歩程でカウンターという広さ。

カウンターには販売中の豆が6種類ほど陳列、向かって左側の壁には棚が設けられていて、オリジナルに開発されたコーヒー道具が展示されています。

オリジナルのコーヒー道具

お店を営むのは、亀谷夫婦で、この日は笑顔が素敵な亀谷 千晴さんが迎えてくださいました。

まずはコーヒー豆を見ていきましょう。

「カピン珈琲」では、ブレンドやシングルオリジンなど、深煎りを中心とした自家焙煎の豆を6種類ほど取り扱っています。

産地は南米やアフリカ、東南アジアなど偏りはなく、いずれもスペシャリティコーヒーと呼ばれる高品質な豆を使っています。

価格帯は100g 650円~で、豆のままか、その場で粉にひいてもらって受け取ることができますよ。

そして、「カピン珈琲」ならではといえるのが、こちらのコーヒー道具の数々。

コーヒードリッパーやドリップポット、カップ、ミルクピッチャーなどなど。
コーヒーメーカーが販売している器具ではなく、コーヒーに関係するアイテムを独自に開発して製造販売しています。

こちらは取っ手のないチューリップ型の「ボル」。フランスでコーヒーを飲むための「カフェオレボウル」をイメージして作られました。

3色での展開となっていて、いずれも、萩市にある「大屋窯」の陶芸家・濱中史朗氏が作陶した器です。ひとつずつご紹介します。

まずは、白い表面に濱中氏のろくろ目が印象的に残る「white」。

CAPIME BOL -white-  6900円

銅のように見える特殊な釉薬を使って仕上げた「bronze」

CAPIME BOL -bronze-  6900円

そして、表面に浮かぶ独特なシボ具合や触り心地がまるで革のような「Black」

CAPIME BOL -leather black-   6900円

どれを選んでも圧倒的な存在感と美しさをもつカップですが、口に当たる部分は細く少し反ったつくりとなっていて、口をつけた時にコーヒーがより自然に舌先に流れていくようデザインされています。それによりコーヒーの味わいをより繊細に感じられることができるようになっています。

また、あえて取っ手をつけず独特な丸みを帯びた形状になっていて、両手で包み込むようにボルを持ち口に運んでもらうことをイメージしています。

こちらは茶道にも通ずるもので、目の前の一杯と向き合ってほしいという思いがあるからなのだそう。まさに「用の美」といえそうです。

そしてこちらは、オリジナルのドリッパー。

CAPIME DRIPPER   13000円

ドリッパーの角度や内側の溝の本数や間隔、底の構造など、注いだときのスピードや量がよりダイレクトに透過のスピードに反映されるよう、2年近く濱中氏とやりとりし、試作を繰り返して完成させたものです。

使い込んでいくことで徐々に表情を変えていく楽しさを味わえそうですし、こういった存在感のあるアイテムを手にすると、日々のコーヒータイムがより楽しいものになりそうですね。

焙煎所でいただく至高の1杯

お店は、「自宅でのコーヒーの時間、コーヒーの空間を豊かなものに」をコンセプトに、焙煎した豆とコーヒー器具の販売に特化していますが、取材したこの日、敷地内にある焙煎所で自家焙煎のコーヒーを特別に淹れていただきました。

ちなみにこちら、今年の春にはほぼ完成して焙煎所として稼働していますが、まだ「建設中」の段階。今後、土壁を塗って仕上げていく予定だということです。

焙煎所の中で存在感を放つのは、国内でもまだ珍しいポルトガル・JOPER社が製造する8kgの焙煎機です。

これまでは3kgの焙煎機を使用していましたが、今年4月に新たにこちらの大型焙煎機を導入したそうです。

さて、コーヒーを淹れていただくのは、ご主人の亀谷靖之さん。焙煎からコーヒー道具の開発まで、「カピン珈琲」の世界観を築きあげてきました。

抽出は自身で開発したドリップポット、ドリッパー、サーバーを用いて行います。

ドリッパーは、破損してしまったものを金継ぎして使っているそうなのですが、これはこれでまたカッコいい…。

ゆっくりとお湯を注いでいくと、コーヒーの粉がムクムクと膨らみ、あたりには豊かな香りがただよってきます。

お湯が粉を抜け膨らみが落ち着いてくると、またお湯をゆっくりゆっくり注いでいきます。この作業が静かな空間で続いていく様は、聖なる儀式のよう。

美しい所作を目で楽しみ、ただよう香りを鼻で楽しみ、粉を抜けたお湯がサーバーに落ちていく音を耳で楽しむ。コーヒーのある空間で体験できる至福の時間です。

抽出は、靖之さん曰く「コーヒーとの対話」。

粉の上に浮かんでくる雑味が含まれる泡を落とさないよう、タイミングや注ぐ量を状況に応じて調整することで理想のクリアな一杯にたどり着けるのだそうです。

そして、できあがったコーヒーを、細長いカップ「demi」に注ぎ完成です。おすすめの合わせ方として、チーズも添えていただきました。

淹れていただいたコーヒーはとても深く、最初はスモーキーさのある苦みを舌先で感じましたが、あとから徐々に甘みがやってきます。そこにチーズを少し切っていただくと、酸味と甘さの味わいが口の中に広がっていき、口に残ったコーヒーの風味と優しく混じり合います。チーズのクリーミーな濃厚な味をしっかり受け止めるコーヒーの濃厚さもあり、ワインにも負けないマリアージュでした。

コーヒーの温度が下がっていくとまた少し違う口当たりもあり、ごちそうのように、ゆっくり時間をかけて味わいたい一杯でした。

「深さの中にある甘さ」を求めて

靖之さんは宇部市出身。学生の頃に「ダンディズム」にあこがれてコーヒーに接する機会が増え、コーヒーの苦みだけでなく味わい深さに興味を持つようになったと話します。

「なぜコーヒーの豆によって味が違うのだろう」。好奇心は膨らんでいき、ついには銀杏や豆を炒る器具を買って自宅で焙煎するようになっていきます。

当時強い影響を受けたのが、福岡にある「珈琲美美」や東京にある「大坊珈琲店」といったコーヒー専門店。ネルドリップで丁寧に入れたコーヒーの「深さの中にある甘さ」に魅了されたそうです。

それからは、深く甘いコーヒーを求め、サラリーマン生活の傍ら、生豆を買い求めては手回し焙煎器や小さな焙煎機でコーヒー焙煎をするように。

また、コーヒーに関する書物を次々と買い、淹れ方や歴史について深く理解をしようとする日々を過ごしました。

2008年に「カピン珈琲」を立ち上げてからもその探究心は衰えることなく、焙煎所の棚には、コーヒーの源流となったイスラム世界でかつて使われていた抽出道具や、20世紀初頭に作られたコーヒーミルなどがずらり。ちょっとしたコーヒー博物館のようです。

「歴史を深く学ぶと、昔の人がどうやって美味しいコーヒーを淹れようとしていたか知ることができるんです」と靖之さん。「それが、どうすればもっと美味しいコーヒーを淹れることができるか考えるきっかけになる」と話します。

これらのコーヒーミルも、ただ飾っているだけでなく、実際にコーヒーを淹れる時に使うこともあるそう。

「触ってみて、実際にやってみることが大事」。

コーヒーそのものに深くアクセスしようとするその姿には、表面上にとどまらない真の「ダンディズム」を感じました。

今年思い切って購入した新しい焙煎機は、鋳物の二重ドラムでできた半熱風式のもの。遠赤外線を使って豆にじっくりと熱を伝えることができ蓄熱性にも優れているのが特徴ですが、そこにも靖之さんならではの思いが。

最新の焙煎機の多くは内部のコンピューターで設定を制御できるようになっていますが、この焙煎機はドラムの回転数や排気などをすべて手動で調整する必要があるのだそう。

一見不便なようにも見えますが、靖之さんにとっては、そのアナログさこそに魅力を感じたのだそう。

「AI化なる時代にこそ、ノイズ感や手ざわり感に面白さや価値がある」

話を伺っていると、「深さの中にある甘さ」とは、ただ単にコーヒーの味のことを言っているのではなく、靖之さん自身の哲学や生き様のようにも思えてきます。

世の中では10年ほど前に「サードウェーブ」と呼ばれるコーヒーブームが到来し、傾向として浅煎りのコーヒーに注目が集まるように。
その中にあっても、「カピン珈琲」では「深煎りで甘いコーヒー」という当初からの信念を変えることなく、日々、試行錯誤しながらより理想に近いコーヒー豆を焙煎し続けています。

二人三脚でたどり着いた世界

「コーヒーはもともと飲めなかったんです」

そう話す千晴さん。お店では接客のほか、通販で受注した商品の梱包や発送を担当しています。

販売所は週に2日ほどの営業ですが、それ以外の日も通販の対応で忙しい時間を過ごすことも多いのだそうです。

ただ、決してここまでの道のりも順調ではなかった、と振り返ります。

「カピン珈琲」では、創業当時から豆の通販を行っていましたが、まだ最初の頃は月に2件程度の注文しか入らなかったそうで、苦しい時期が続きます。

それでも、コーヒー器具を作陶する濱中史朗さんとの縁で、萩の大屋窯で毎年行われるイベントに呼ばれるようになり「出張喫茶」として出店。自家焙煎のコーヒーを来場者に提供していくうちに、徐々にファンがつくようになったそうです。

その後も豆や道具の販売と並行し、「出張喫茶」というスタイルで夫婦で各地を訪問。その評判はコーヒー愛好家を中心に県外にもじわり広がっていき、2017年にはカルチャー雑誌で組まれた「コーヒー特集」で表紙を飾るほどに。

『Pen』No.425号(2017年4月1日発行)より

開業から16年ほどがたった今では、県内外からの通販や飲食店等へのコーヒー豆の卸売などに加え、外国からの客が販売所を訪れることも増えてくるようになったそう。

今では千晴さん自身もコーヒーを飲めるようになり、焙煎で引き出す味についても靖之さんと意見を交わすようになったのだとか。

「違う角度からの視点も大事ですよね。でも、結局夫の焙煎の方が評判良いことが多いので、それはちょっと悔しい(笑)」

職人気質で突き詰めていく夫・靖之さんと、それを理解し支え続けてきた妻・千晴さんの関係性こそ、「カピン珈琲」が時間をかけてたどり着いた「深くて甘い」世界なのかもしれませんね。

コーヒーのこれからを

靖之さんの名刺にある肩書は「珈琲焙煎師」。

これまで「焙煎人」そして「焙煎士」と変遷してきたそうですが、数年前から「焙煎師」と名乗るようになりました。

そこにあるのは、コーヒーの歴史をきちんと繋いでいきたいという思い。

自分自身、より美味しい一杯を追求しつつ、同時に先人たちが熱狂し世界史をも動かしてきたコーヒーの文化をしっかり広めて行くことにも努めていきたいと話します。

例えばこちらの焙煎所で、以前使用していた焙煎機を用いて、一般の人が焙煎の体験をするような場を設けることも今後考えていくそうです。

コーヒーがもたらしてくれる豊かな時間、豊かな空間。

その深くて甘い世界を求めて、「カピン珈琲」を訪れてみませんか?

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