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鎌倉幕府滅亡。海を渡って攻め寄せた新田義貞の行軍ルートをたどる<逃げ上手な幼き北条家惣領と鎌倉・壱>

さんたつ

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暦の上では秋が訪れている某日、鎌倉の郊外にある丘陵地帯を走る湘南モノレールの湘南町屋駅に降り立つと、外気温は35度を越えていた。この路線は大船と湘南江ノ島を結ぶ懸垂式モノレールで、その乗り心地はまるで遊園地のアトラクションのようだ。乗り物好きにとっては、ずっと乗車していたいほど楽しいが、それはまたのお楽しみ。さて、去る2024年7月6日からTOKYO MX他で放映が開始された『逃げ上手の若君』は、北条時行を主人公にした人気漫画をアニメ化したものだ。北条時行と聞いて、ピンとくる人はほとんどいなかったのではないだろうか。

異色の少年武将を描く人気アニメの舞台へ

北条高時の子、邦時は親族に裏切られて間もなく処刑され、もうひとりの男子はこの時、行方知れずとなった。この男子こそ、この漫画の主人公北条時行だ。戦に赴けば命をかけて戦い、負ければ潔く自害する。それが武士の矜持とされた時代、とにかく生きながらえることで鎌倉幕府再興と、宿敵の足利高氏(後の尊氏)打倒へと奔走する。武士としては異色の主人公と言えよう。

漫画やアニメでは、鎌倉幕府滅亡のシーンはほんの少ししか描かれていない。まだ少年(この時7歳とか9歳と伝わる)の時行は、すぐに鎌倉幕府重臣の諏訪頼重に助けられ、彼の領国である信濃国(長野県)諏訪に逃げのびる。そこから時行とその仲間たちが、鎌倉幕府再興をかけ活躍する姿が描かれている。

だがここで人気スポットの鎌倉を訪ねないのも面白くないので、まずは鎌倉幕府終焉にまつわる史跡を訪ね歩いてみたいと思う。

ということで、実際に鎌倉に攻め寄せた新田義貞軍の足跡を辿ってみよう。

宙吊りになったモノレールは、まるで遊園地のコースターのように楽しい。

ひっそり残る古戦場を示す碑と塔

討幕の最大功労者として名前が挙がるのはだいたい足利高氏であるが、この時、高氏は幕府の命に従い西国の討幕勢力を鎮圧するために上洛していた。上洛途中の三河国(愛知県)で、幕府に謀反を起こすことを腹心に打ち明け、京都で幕府から寝返り討幕の兵を挙げている。そして京都に入ると、幕府の機関である六波羅探題を攻め滅ぼしている。

実際に鎌倉に攻め入ったのは、上野国新田荘(群馬県太田市)を領していた新田家八代当主の義貞だ。源義家の子、義国を祖とする源氏の血筋である。しかし長年にわたり北条家から冷遇されていた。元弘3年(1333)3月、北条高時の命で河内国(大阪府)に出陣していた義貞は突如、新田荘に帰還。5月8日に討幕の兵を挙げたのだ。

湘南町屋駅から徒歩5分ほどの場所に立つ洲崎古戦場跡の碑。

その後、小手指原の戦い(埼玉県所沢市)、久米川の戦い(東京都東村山市)、分倍河原の戦い(東京都府中市)で北条軍を撃破。その勢いで鎌倉へと進軍した。分倍河原での戦いに敗れた北条軍は、一気に鎌倉の外側、洲崎まで退いて陣を敷いた。ここは鎌倉を守る大仏切通しの外側に当たる。

5月18日に戦端を開いた両軍は、その日1日で65回にわたる激戦を繰り広げた、と記録されている。北条を中心とした幕府軍は6万騎を擁していたが、一昼夜の戦いの後は300騎ほどになるほどの大敗を喫した。

この洲崎古戦場跡には、湘南町屋駅からモノレールの線に沿って江ノ島方面に5分ほど歩いた場所に、古戦場を示す石碑が立っていた。この地は幕府軍の武将・赤橋守時が自刃した場所と伝えられている。そこからさらに100mほど進むと、富士塚小学校入口交差点に至る。そこを右折して150mほど歩くと、旧東日本旅客鉄道大船工場跡地が広がる一画に、木々がこんもりと茂った場所があった。

そこには洲崎の戦いから二十三回忌に当たる文和5年(1356)に、地元住民の手により建てられた宝篋印塔(泣塔)があるようだ。断定できないのは、令和6年度から始まった土地区画整理事業の準備工事のため、立ち入りが禁止されているからである。

今は鎌倉郊外の丘陵地帯で、周辺には団地や新興住宅地が点在している。当時はこの丘陵地帯が、鎌倉を守る切通まで敵を近づけない最後の砦であったのだろう。

泣塔が立つ塚。塔を他の場所に移すとすすり泣きが止まなかったため、この名がついた。

鎌倉の山の深さを体感できた大仏切通

鎌倉は南側が海、残る三方向は山に囲まれた天然の要害であった。鎌倉に入ることができたのは極楽寺坂、大仏坂、化粧坂、亀ケ谷、巨福呂坂、朝比奈切通、名越切通の7カ所だけであった。ここを守れば鉄壁の要塞になることも、源頼朝が鎌倉に幕府を置いた理由のひとつである。

新田軍は洲崎の戦いの後、軍を3方向に分けて進軍している。今回の散歩では「海を渡って鎌倉へ進軍した」という伝説が残された稲村ヶ崎を目的地とした。

アニメの主人公である北条時行が潜伏していたと考えられている扇ガ谷方面は、次回の散歩で巡りたい。

大仏切通と佐助稲荷へのハイキングコース入り口を示す案内板。

泣塔から再びモノレールが走る下の道に戻り、湘南深沢駅を過ぎたら県道32号・藤沢鎌倉線を鎌倉方面へ向かう。約1.2kmは車道脇を歩かなければならない。やがて火ノ見下バス停を過ぎると、すぐ先の左側に「大仏切通」「大仏ハイキングコース」を示す案内板がある。

それに従い小径に入ると、すぐに山道が出てきた。その先は昼でも薄暗いほど、樹木が茂った道が続く。先ほどまでの車道が嘘のように、深い山に分け入ったような感覚に陥ってしまう。大仏切通の案内板が立つ場所から切通とは反対側の階段を少し登ると、火の見下やぐらの前に出た。やぐらとは鎌倉時代中期以降から室町時代前半にかけて造られ使用された、横穴式の納骨窟または供養堂のこと。

山道に入ると現れる火の見下やぐら。案内がなかったので、気づかず通り過ぎるところだった。

案内板まで戻り、山道を辿ると荒々しく岩肌が削られた場所が何カ所か出てきた。その最上部に「大仏切通」の案内板が立てられていたが、これらの断崖を利用して、攻め寄せる大軍を一列にして撃破したのであろう。この地も激戦が行われたと『太平記』には記されている。

この大仏切通の山道は、全長500mほど。途中から佐助稲荷方面に続くハイキングコースが分岐している。下草が減った秋から春にかけては、ぜひ歩きたいコースだ。

両側から削られた岩肌が迫る道。大軍を防ぐにはもってこいの造り。
大仏切通と呼ばれる場所。ここは上から矢を射かけるのに適した形をしている。
切通部分を抜ける車道は、トンネルとなっている。その脇を下りてきた。

海を渡った伝説の地・稲村ヶ崎へ

大仏切通を越え、大仏で知られる高徳院前を通り、江ノ電長谷駅前で線路を渡る。そのまま直進するとT字路となるので右へ向かう。極楽寺方面への道を辿ると、やはり激戦地であった極楽寺坂切通に至る。

今ではクルマも通ることができるように拡張されているのでピンと来ないかも知れないが、ここも鎌倉を守る要害のひとつで、幕府滅亡の際には激戦地となり、新田軍は攻め落とせなかった。

そこで新田義貞は極楽寺坂突破をあきらめ、稲村ヶ崎の海岸沿いから攻略する作戦に切り替えたのである。

今は車道となり広くなってしまった極楽寺坂切通。最大の激戦地であった。

極楽寺坂を越えると江ノ電極楽寺駅に出る。この先の住宅街を歩くのもいいが、鎌倉で人気の江ノ電に乗車し、次の稲村ヶ崎駅まで行くのも悪くない。

稲村ヶ崎駅では改札を出たら踏切を渡らず右の小径を辿り、少し極楽寺方向に戻った場所にある踏切を渡る。そこから海方向へ50mほど歩くと、極楽寺坂の戦いで討死した新田一族である大館宗氏以下、11人が弔われている「十一人塚」がある。彼らは新田方の数少ない有力武将の戦死者である。

稲村ヶ崎駅では改札を出たら踏切を渡らず、右の小径を辿る。
住宅街にひっそりと立つ十一人塚。

塚を後にして、海沿いを走る国道134号に出ると、すぐ左側に稲村ヶ崎が見える。極楽寺坂を攻めあぐねた新田軍は5月21日、稲村ヶ崎に転進。深夜になり岩頭に立った義貞が龍神に祈ると、見る見る潮が引いて岸壁沿いに道が現れた。

それを見た義貞は、6万騎を率いて岬を越え、鎌倉に突入。140年に及ぶ北条氏支配の鎌倉幕府を滅ぼしたのである。

現在は国道が稲村ヶ崎を切り裂いているが、昔は越えるのが難しい岬であった。
稲村ヶ崎に立つ「新田義貞徒渉伝説地の碑」。新田軍はここから海岸沿いに鎌倉へ攻め入った。

この時代の記録は『太平記』くらいしかないため、ほぼ足利氏目線になっている。それもあって、北条時行に関する記述はほとんどない。だが実在した時行は、漫画で描かれている通り、長きにわたり足利氏を悩ませる存在だったようだ。次回はそんな時行が潜伏したとされる、扇ガ谷周辺を中心に歩きたい。

稲村ヶ崎で落日を迎えると、夏の終わりから秋にかけては江の島に太陽が沈み、じつに絵になる光景が味わえる。

取材・文・撮影=野田伊豆守

野田伊豆守(のだいずのかみ)
フリーライター・編集者
1960年生まれ、東京都出身。日本大学藝術学部卒業後、出版社勤務を経てフリーライター・フリー編集者に。歴史、旅行、鉄道、アウトドアなどの分野を中心に雑誌、書籍で活躍。主な著書に、『語り継ぎたい戦争の真実 太平洋戦争のすべて』(サンエイ新書)、『旧街道を歩く』(交通新聞社)、『各駅停車の旅』(交通タイムス社)など多数。

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