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白いロータス・ヨーロッパが停まっていたが?:伊東和彦の写真帳_私的クルマ書き残し:#019

PARCFERME

輸入車販売会社から雑誌記者に身を転じ、ヒストリックカー専門誌の編集長に就任、自動車史研究の第一人者であり続ける著者が、“引き出し“の奥に秘蔵してきた「クルマ好き人生」の有り様を、PF読者に明かしてくれる連載。

過去に遭遇したまま頭の中から離れなかった白い「ロータス・ヨーロッパ」の真相が、分かった。間違いなく、最近の私的重大ニュースのひとつだ。

その白いヨーロッパを目撃したのは、私が大学生のときだったと記憶している(1976年頃?)。ロータス・ヨーロッパには横浜市内の路上でも何度か遭遇していたが、目撃した場所が場所だったことから、気になってしかたがなかったのである。

子供の頃から毎年の楽しみにしていた東京モーターショーの会場で、日本自動車研究所(JARI)が施設見学会の参加者を募っていた。

自動車雑誌の誌面で“JARI”や“谷田部”、“高速周回路”という単語を見て育った(?)私にとって、“ヤタベ”はおおいに気になる施設であったから、躊躇することなく申込書に書き込んだ。抽選だとあったから、過度に期待しないようにしていたところ、暫くて当選の通知が届いた。

朝早く、東京駅近くの明治屋前に集合してJARIが仕立てた観光バスに乗って、一路、谷田部に向かった。常磐道はまだ部分開通であったから、けっこう長時間のバス旅であった。

JARIに着くと、会議室で所員の方々から説明と注意事項の伝達を受け、いよいよ最先端の最先端の自動車研究施設の見学がはじまった。

ここで見聞きしたことにすべて感動した記憶があるが、詳しいことは忘れた。広大な場内に点在する建屋間の移動は乗ってきたバスだったが、大きな施設の脇に白いロータス・ヨーロッパが“放置されるように”駐車しているのを見つけ、ひどく驚いた。それは形状からルノー製エンジンを搭載した初期のモデルに見えたが、一瞬のことでS1かS2かを特定できるほどの時間はなかった。まさかバスを停めてくれとも言えず、2度とその前を通過することはなかったため、後ろ髪を引かれたまま、夕刻に東京駅前での散会になった。

1967年11月に開催された第9回東京オートショーで、ロータス・ヨーロッパは日本で初めて一般公開された。これは私の撮影。この時はハーフサイズ・カメラのオリンパス・ペンを持っていった。ストロボもなくフィルムはASA100のネオパンSSだった。

ヨーロッパは1967年11月に開催された第9回東京オートショーで日本市場に初公開済みであり、私が目撃した1970年代後半では、すでにニューモデルというわけではなかったことから、自動車雑誌などが性能テストのために持ち込んだものとは思えなかった。ちなみに、当時の東京モーターショーは日本のメーカーだけに限られ、輸入車には輸入組合が主催する東京オートショーが設けられ、私たちは外車ショーと呼んでいた。

以来、ヒストリックカー・イベント初期型ヨーロッパを見かけると、必ずこの光景が頭に浮かび、CG編集部に入ってからも、先輩スタッフにこの時の目撃談を話してみたが、無反応であった。ヨーロッパは1968年からCG長期テスト車に導入され、すぐにオリジナルの白からゴルディーニ・ブルーに塗り替えられおり、また長期テストに使われていた期間は短かったから、私がJARIで目撃したのはCG車であるはずはなかった。

あまりの車高の低さに驚かされた。サイドビューを撮影しようとしたが、人だかりが途絶えずこの程度しか撮影できなかった。掲げられた価格は195万円とある。最初に入ってきた2台(46/160と46/167)のうちの1台。タイプ46は9台が輸入され、S2(タイプ54)の本格輸入がはじまる。

謎解きの歯車が大きく動いたのは、インターネットで行き当たった某自動車メーカーの方が書かれたブログに添えられた写真だった。それはJARI内の風洞施設前で撮影された白いロータス・ヨーロッパの姿だった。クルマに取り付けられたプレートには、一部だが“JARI”と“実験”らしき文字が読み取れた。やはり、研究用に所蔵されていたのだと、積年の疑問が晴れた気がした。

そうなると、さらに詳しく知りたくなるのは私の常だ。解明の糸口となったのは、英国車好きの古い友人が見せてくれた、ロータスの輸入代理店だった東急商事の輸入・販売リストのコピーだった。何度もコピーを重ねながら人々の間で伝えられてきた資料に違いなく、文字は掠れて不鮮明となって解読が難しい場所もあったが、スキャニングして画像加工したり、虫眼鏡を使ったりと凝視を続けた。

まず、JARIで見たヨーロッパを探したところ、S2モデルのリスト後半に納入先が“日本自動車研究所”とある1台を発見。登録日は昭和45(1970)年8月某日、車体番号は54/103Qと記されていた。ちなみに(株)二玄社のCG長期テスト車はS1であり、第一陣入荷分2台のうちの2番目で46/0167であることもわかった。

そして2023年春。公立図書館で見つけたJARIの50周年記念刊行物の中に、風洞施設の紹介の稿に白いロータス・ヨーロッパの写真が掲載されているのを見つけた。同書によると、「1976年3月に自動車用実車風洞が完成⋯⋯」とあった。

一般財団法人日本自動車研究所(JARI)の50周年記念書籍と、10周年記念に制作された絵はがき(ただしこれはカラーコピー)。(資料協力:一般財団法人日本自動車研究所)

さらに調べを続けると、JARIの10周年記念に製作された絵はがきに、風洞実験される白いヨーロッパの写真が使われていることがわかり、八方手を尽くしてはがきのコピーを入手に成功。あの時に観たクルマであると分かり、積年の胸のつかえが下りた。

また、1982年春に場内で目撃したというJARI職員の方からの証言も得たことは大きな収穫だった。1970年にJARIの名で初度登録されてから、1980年代に入ってからも所有していたことがわかる。購入した理由や、どのような実験に使われたのかは不明だが、高速安定性や操縦性などのではなかろうか。

白いヨーロッパS2、54/103QはJARIでの役目を終えると、1980年代に入ってから放出されたようである。日本のどこで生き延びているのか、それが新たな興味の対象となった。メーカーやサプライヤー、また自動車関連組織によって、さまざまな海外車が購入され、研究の対象になってきた。「JARIのロータス・ヨーロッパS2」もその1台であり、大袈裟でなく日本の自動車工業史における産業遺産であろう。

ちなみに元CG車(46/0167)はジェントルマン・ドライバーのもとで、日本GPを目指して47GT仕様に改装され、現存している。

EuropaとEuropeのこと

ヨーロッパが発売されるころまで、ロータスにとっては英国内が主要マーケットだった。1966年に登場したタイプ46、ヨーロッパ(のちにS1と呼ばれる)は、欧州大陸での本格的な販売を開始した際のモデルだった。S1はルノー公団からR16用のOHV 1.5リッター前輪駆動用パワーユニットの供給を受けて、最初の500台はフランス国内で販売するとの取り決めだった(ロータスによれば644台を生産したとある)。

ここに掲げたS1のカタログにあるように、モデル名は“Europa”になっている。英語表記ではEuropeが一般的だが、そうせずに“Europa”とした理由は、欧州で使われている言語の多くが“Europa”だからだという説をロータスも認めている。コリン・チャプマンは、英国内から飛躍し、欧州大陸をはじめ、世界に出て行く意志を持ってこの表記を選んだのではなかろうか。

ちなみに“Europa”とはギリシア神話に登場する女性の名だ。テュロス王の娘であり、白い牡牛に姿をかえたゼウスの背に乗ったまま海を渡ってクレタ島に渡り、ギリシアの英雄、ミノスラダマンテュスサルペドンの母となった。チャプマンは『響きがよい女神の名を選んだ』と私はそう勝手に考えているのだが、どうかな?

ヨーロッパに関心を抱いた私たちは、運転免許証すら持たないにもかかわらずカタログ請求の手紙をロータスに送ったところ、これが送られてきた。依頼の英文は北米帰りのI君が書いてくれたテンプレートに沿ったもので、彼のタイプライターで打った。(Lotus Catalogより)
東京オートショーでは、ヨーロッパの横にエラン・プラス2が置かれていた。補助的な後席があって魅力的なスポーツカーに思えたが、いまでもその考えは変わらない。価格は365万円、エランS3 DHCは279.5万円だったから、OHVで1.5ℓながらミドエンジンのヨーロッパが195万円とは安価と受け止められただろう。(MCL)
CG長期テスト車を務めた46/0167はテスト終了後にジェントルマン・ドライバーのN氏が入手して、日本GPへの出場を目指し、ルノー製エンジンを降ろしてロータス製DOHC 4気筒エンジンに換装したほか、サスペンションもモディファイして、事実上の47GT仕様に仕立て直した。これは1960年代後半に、東京レーシングカーショーに展示された際に私が撮影したカットで、すでに47GT仕様になっていた。(MCL)

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