昭和の小学生も愛した「上履き」に込められた思い。履き心地を最優先するムーンスターの靴づくり
さまざまな靴製品を展開するシューズメーカーとして知られるムーンスター。学校指定の「上履き」などで、同社の靴を履いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。そんなムーンスターが守り続けているのは、こどもたちの成長期に寄り添う実直なものづくりの姿勢。手間ひまをかけたヴァルカナイズ製法を用いた靴づくりなど、その姿勢は現在まで受け継がれていると社長の井田祥一さんは話します。
学校の”上履き”で知られるムーンスター(旧社名:月星化成)が本社を構えているのは、福岡県南部に位置する久留米市。ゴム産業の街としても知られるこの地で1873年に創業した、座敷足袋製造の「つちやたび店」が同社のルーツです。
その後、ゴム底の地下足袋の開発を経て運動靴などのスニーカーの製造にも着手し、1920年代後半からは児童用靴の製造を開始します。1950年代後半ごろには、現在でもおなじみのゴムバンドつきの上履きを発売し、全国的にその名を知られるシューズメーカーとなっていきました。
サイズやカラー、機能など豊富なバリエーションがあり、丈夫で長持ちすることもムーンスターの上履きの特徴です。社長の井田祥一さんは、こどもたちの成長期に寄り添う実直なものづくりの姿勢が、多くの消費者に支持されてきた理由ではないかと話します。
「空気」のような存在だからこそ
「学校生活を支える上履きは、こどもたちにとって空気のようなもの。『ムーンスターの上履きであれば大丈夫』という信頼に応え高品質な製品を提供することはもちろん、あって当たり前の製品だからこそ、可能な限り不良品を出さないようにすることも私たちの使命です」
ものづくりに対する実直な姿勢が反映されているのは、学校用の上履きだけではありません。ムーンスターを語るうえで欠かせない、「ヴァルカナイズ製法」が用いられたスニーカーもそのひとつです。
加硫製法とも呼ばれるこの製造方法は、靴本体と硫黄を加えたゴムの靴底を加圧・加熱することで強力に接着することが特徴で、しなやかでやわらかい履き心地となります。長く履くことで足なじみが良くなるというメリットもあります。
効率よりも重視する履き心地
ただ、最初に靴本体と靴底をピッタリと合わせる「吊り込み」など、職人による手仕事の工程が多いため熟練の技術が必要とされ、国内でも製造できる工場は限られているといいます。
量産向きのセメント製法(靴本体と靴底を接着剤で貼り合わせる)と比較しても、圧倒的に手間がかかるヴァルカナイズ製法。それでも、ムーンスターはこの製法にこだわり続けています。
「長きにわたり靴をつくり続けてきた私たちにとって、履き心地の良さは何よりも重視してきた部分だからです。現在では同じ製法を採用した安価な輸入品もありますが、手間ひまをかけた日本製の価値はお客様にもきっと伝わると考えています。実際に生産数自体も年々増えてきていますし、ヴァルカナイズ製法はこれからも守り続けていきたいシューズメーカーとしての矜持なのです」
若手が再発見した価値
40年ほど前まで、アパレルブランドやセレクトショップなどからの受注に関しては、社名を表に出さない、OEMとしての生産が中心だったムーンスター。アパレル業界においては、いわゆる黒子の存在だったムーンスターブランドですが、現在では、こだわりのヴァルカナイズ製法を訴求ポイントにしたFINE VULCANIZED(ファインバルカナイズ)など、ファッション性の高い自社ブランドのスニーカー製造も手がけています。
その品質の高さは、ビームスやユナイテッドアローズといった人気セレクトショップなどからも注目され、今やアパレルブランドとのダブルネームによるコラボも当たり前に。SNSではコーディネートに取り入れて紹介されるなど、若者世代を中心にシューズブランドとしても支持されているのです。
「以前は、国産品は海外製品に押され苦境に立たされている状況でした。しかし、『高品質な国産品の価値はお客様にも伝わるのではないか』と考えた当時の若手社員たちを中心に、15年ほど前からは自社ブランドにも注力し始めました」
国産品、そして「MADE IN KURUME」というムーンスターの独自性を前面に押し出していきたい。そんな社内の若手による自発的な動きが、さまざまな自社ブランドの発展へとつながっていきます。
大切にしているのは、創業から脈々と続くものづくり企業としてのプライドだと井田社長は話します。技術力の高さと履き心地を大切にしつつ、スポーツブランドともまた違った、普段使いに取り入れやすいスニーカーの価値を提供したい。自社ブランドの製品には、「使われてこそ価値のあるものづくり」というメッセージが込められているのです。