司法書士が教える「遺言書は子どもが小さく、自分は若いうちに書いたほうがいい」理由
「司法書士は見た! 怖~い相続事件簿」シリーズでは、住まいにまつわる問題のほか、終活や相続のサポートにも従事する認定司法書士が現場での経験も交えながら、よくあるトラブルにまつわる相談事などについて答えていきます。
今回のテーマは、遺言書を書く時期と書くべき理由です。特に小さな子どもがいる人はどうするのが最善策なのか、質問をもとに考えていきます。
30代男性から、こんな質問をいただきました。
子どもを持つようになって、最近「遺言書」という文字が気になるようになりました。まあ、書かないよりは書いたほうがいいとは思っていますが、自分はまだ39歳。子どもも3歳と1歳。
さすがに遺言書はまだ早いかなと。もう少し高齢になってからでいいと思っています。
遺言書を書くのはせめて60代後半になってから。この考え、間違っていますか?
遺言書を書く年齢がわからない
まだ39歳、確かに少し早いだろうという気持ちになりますよね。
ただし、そうでもないのですよ。「遺言書」を書くということ自体、30代で意識されているのは素晴らしいことです。
でも、私はお子さんが未成年者であればあるだけ、遺言書は書いていただきたい と思っています。
その理由をお伝えしますね。
若くして亡くなる確率は低いかもしれませんが、やはり事故や病気など、いつ何があるかわかりません。
万が一の状態になった場合、小さなお子さんを育てていくのは、基本は配偶者である奥様だと思います。
そのときに遺言書があるのとないのとでは、雲泥の差です。そして遺言書の種類によっても、手続きは変わります。
遺言書のあるなしや種類で遺族の対応が変わる
遺言書があれば、残された家族への負担は最小限で済みます。けれども、遺言書がなければ、特に遺産をどうするかで苦労をかけることになってしまいます。
【パターン1】遺言書がある(自筆証書遺言)
自筆証書遺言とは、遺言を作成する人が財産目録を除く全文を自筆で書く遺言書のこと。自分で気軽に作成できますし、費用もかかりません。
自筆証書遺言を書いた場合、ご家族には、まず遺言書を見つけたら、開封せずに家庭裁判所に「検認申し立て」をするように伝えておきましょう。
これは遺言書が法に則った形式を備えているか、確認してもらう手続きです。
検認手続きをしないまま、自筆証書遺言を「正式な遺言書」として扱うことはできません。
必ず必要になりますので、ご家族にしっかりと認識しておいてもらってくださいね。
ただし、もし知らずに開封してしまったとしても、それだけで遺言書が無効になるわけではありません。
その際は、そのまま裁判所に提出してもらいましょう。なお、法務局で預かってもらっているものは検認不要です。
【パターン2】遺言書がある(公正証書遺言)
公正証書遺言は、原則的に公証役場で作ります。
2人以上の証人立ち会いのもと、第三者である公証人がパソコンで作成するもので、遺言をのこす人が記載された内容を確認し、最後に署名押印をして出来上がりです。
公正証書遺言がある場合には、いろいろな手続きがスムーズにできます。
行政機関の職員が作成した公文書ですから、証明力は絶大です。
遺言書の中では、相続人への分配や不動産の名義変更など、遺言で指示したことを実行する遺言執行者も選んでおいてくださいね。
通常は配偶者である奥様がいいかと思います。
そうすると遺言執行者の奥様だけで、諸々の手続きをすることができます。
手続きは、奥様から第三者に依頼することもできます。
なお、公正証書遺言を作成するうえでは、遺言の目的である財産の価額に対応するかたちで、手数料が定められています。
【パターン3】遺言書がない
さて本題です!
自筆証書遺言も公正証書遺言もないと、相続人への分配が指定されていないわけですから、財産は法定相続分での取得となります。
法定相続分は民法によって定められる相続割合であり、今回の例では、奥様が4分の2(要は半分)、お子さん2人が4分の1、4分の1になります。
でも、小さなお子さんたちを育てていかなければいけないので、本来であれば遺産の全額を奥様に取得してもらいたいところ。
奥様が法定相続と違う割合で取得したいとなると、遺産分割協議で話し合って決めなければなりません。
ところが遺産分割するにも、お子さんたちが未成年なのでできません。
こうなると特別代理人を選任申し立てし、特別代理人と遺産分割協議をする必要が出てきます。
しかも特別代理人は未成年のお子さんそれぞれに選任しなければなりません。
つまり2人の特別代理人が必要になります。費用も2倍、手間も2倍、とても大変なのです!
そしてこの特別代理人、基本は未成年者本人のために利益があるようにしか動けません。
母親が幼いお子さんたちの養育をするのが前提だとしても、奥様が財産を独り占めしないように、お子さんの法定相続分を確保するように尽力するのが使命です。
つまり今回のように遺言書がない場合、特別代理人は未成年者本人(この場合はお子さん)の相続財産が4分の1を下るような遺産分割協議は実質的にできません。
それが2人分ということなので、この場合に奥様が取得できるのは、結果として法定相続分の半分がマックスということになってしまいます。
法定相続と遺産分割協議は何が違うの?
「じゃあ、遺言書がない場合、法定相続と遺産分割協議するのと、何が違うの?」と思いませんか?
相続できる割合が変わらないなら同じじゃないと思われがちですが、法定相続と遺産分割するのは全く違います。
まず法定相続というのは、すべての財産がそれぞれ相続分どおりになるというイメージです。
たとえば金融資産なら、相続分どおりに分けることができますが、不動産の場合には羊羹(ようかん)のようにきっちり切って分けられません。
それでも、法定相続の場合、配偶者の名義が半分、お子さんたちがそれぞれ4分の1ずつとの共有状態になります。
もし不動産を売却するという場合にも、未成年者が売り主になりますが、未成年者自身は法律行為をすることができず、これまた通常より手間がかかります。
一方の遺産分割協議は、すべての相続財産を相続人全員でどう分けるかを協議して決めます。
今回のような場合には、家を100%奥様が取得する代わりに、金融資産をお子さんたちがそれぞれ相続分の4分の1になるように取得するといったイメージです。
特別代理人の2人と遺産分割協議をするわけですが、未成年者が害されないように法定相続分は必ず取得できるように調整するといった感じですね。
これ、想像しただけでもなかなか大変ではないでしょうか。
さらに、特別代理人を専門家にしてもらうと、代理人に対してそれなりに費用が発生します。
選任申し立てと遺産分割協議を併せて、おそらく1人につき数十万円はかかってしまうでしょう。
それでは大変と祖父母や兄弟姉妹のような親族にお願いするのが大半なのですが、無償でとお願いした場合、費用はかからないものの、相続財産のすべてを知られることにもなってしまいます。
それはそれで、何となく嫌なものですよね。
つまり……お子さんたちが未成年者のときこそ、遺言書は書いておくメリットがあるということです!
若くしてご主人を亡くされると、そのときの奥様の悲しみと不安は計り知れません。
そんな中、遺言書があれば「パパはやっぱり素敵な人だった!」と、さらに愛してもらえること間違いなしです。
遺言書は節目節目でアップデートしていく
人が1人亡くなるということは、本当に大変なことです。
財産がわからなければ各金融機関に照会をしたり、ネット銀行やネット証券を使っているとログイン等のIDやパスワードが必要になったりします。
ゆっくり悲しんでいる時間がないほど、やらなければいけないことに追われてしまいます。
そんな大変なことを、お子さんを抱えたママが不安の中でしていかなきゃいけないだなんて、想像しただけでも酷というものです。
子どもがいない場合であっても、残された奥様は大変な目に遭います。
だって奥様は、義理の関係であるご主人の両親や兄弟姉妹と遺産分割協議をすることになるのですよ。
言ってみれば赤の他人とお金の話をしなければならないのです。
こちらも考えただけで、ゾッとしませんか? おちおち成仏なんてしていられません。
もちろん元気なのが、いちばん! でも人はいつ亡くなるかわからないからこそ、まずは結婚して資産が見えてきたら、とりあえず遺言書を書く。
次に子どもができたらまた書く。子どもが成人したら、またまた書く。
そうやって遺言書は節目節目でアップデートしていただきたいのです。
仮に公正証書遺言にしたところで、前に図表で示したとおり、公証人の報酬は数万円から数十万円です。ご自身の資産を脅かす額でもありません。ストレスに比べれば、お安いものです。
遺言書を改める際は「また遺言書を書き換えられるくらい生きてこられたな」と喜びを噛み締めながら、作り直していきましょう。
そのような文化が日本に広がってくれたら、「困った」が減って遺(のこ)された人も幸せだなと思います。
家族を悲しませるために、資産を増やしてこられたわけではないはずです。
せっかく築いてきた資産を、家族に負担をかけないために備えておくのもお役目かもしれませんね。
自分の財産の分け方は自分で決めて、亡くなってからもご家族にしっかり愛していただきましょう!
(記事は2024年7月1日現在の情報に基づいています。質問は司法書士の実際の体験に基づいた創作です)
司法書士:太田垣章子(司法書士)
神戸海星女子学院卒業後、プロ野球の球団広報を経て認定司法書士に。約3000件の賃貸トラブル解決に家主側の立場から携わってきた。住まいにまつわる問題のほか、終活・相続のサポートにも従事。講演や執筆等でも積極的に発信している。
著書に『2000人の大家さんを救った司法書士が教える賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド』(日本実業出版社)、『家賃滞納という貧困』『老後に住める家がない!』『不動産大異変』『あなたが独りで倒れて困ること30』(いずれもポプラ社)。東京司法書士会所属、会員番号第6040号。
【記事協力:相続会議】
「想いをつなぐ、家族のバトン」をコンセプトに、朝日新聞社が運営する相続に関するポータルサイト。役立つ情報をお届けするほか、お住まい近くの弁護士や税理士、司法書士を検索する機能がある。例えば、札幌であれば下記から探すことができる。
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(ウレぴあ総研/相続会議)