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【小説家岡田真理さんインタビュー】静岡書店大賞小説部門受賞「ぬくもりの旋律」の誕生まで

アットエス

「第12回静岡書店大賞」小説部門に選出された「ぬくもりの旋律」(河出書房新社)の作者、岡田真理さん(静岡市葵区)は、プロ野球を中心としたスポーツライターとして約15年間活動し、テレビドラマの脚本も手がけている。2024年に上梓した初の小説がいきなり大きな評価を得ることになった。

物語は、スポーツ紙の中堅記者月ヶ瀬直生(つきがせ・なお)を軸に進む。彼の妻の栞(しおり)、長女詩(うた)と次女奏(かなで)の家族4人、人気プロ野球球団の抑え投手宮城峻太朗、直生の幼なじみで現在は世界を駆け回る女性フォトジャーナリストの佐々倉美琴らの現在、過去のやり取りから、人生のままならなさと生きる喜びを同時に浮かび上がらせる。

登場人物の多くが静岡市の出身。中学生年代から30代半ばの現在まで、物語の中でそれぞれが行き合い、すれ違う。「地元が同じ」であることが、彼らを互いに引き合わせたり、時に互いを遠ざけたりする点も興味深い。

岡田さんに、作品の成り立ちや執筆の経過について聞いた。
(聞き手=論説委員・橋爪充、写真=写真部・堀池和朗)

小説は「3度目の正直」。自分の社会経験を重ねてアレンジ

-静岡書店大賞に選ばれてからの周囲のリアクションについて、どう感じていらっしゃいますか。

岡田:SNSも含めて、書店さんが盛り上げてくださっていますね。(静岡書店大賞「映像化したい文庫部門」に選ばれた)植原翠さんの本を買いに(静岡駅ビル)パルシェの谷島屋さんに行ったらすごい展開をしていただいていて。受賞するってこういうことなんだなという実感が湧きました。

-各図書館でも大きく扱っています。

岡田:本当にありがたいですね。

-初めての小説ですが、あらためて執筆のいきさつを教えてください。

岡田:2022年4月から脚本家の事務所でドラマの企画書を書いたりしていたんです。そんな中、事務所の社長から小説を書いてみないかという提案があって。私、小学生の頃からいつか小説を出してみたいと思っていたんですが、社長には話していなかった。どうしてそれがわかったんだろうという不思議な感覚がありました。

-実際に執筆していたんですよね。

岡田:若い頃からまねごとのような形で書いていたので、それをブラッシュアップして出したいなと。「ぬくもりの旋律」の、登場人物の中学生時代の章は、以前書いたものが原型です。

-一つの小説として構築されていますが、部分ごとに書き始めた時期が異なっているんですね。

岡田:20歳ぐらい、30歳ぐらいでそれぞれ書いているんです。今回は3度目の正直。書き始めたのは44歳だったんですが、過去に書いたものを読んだら、静岡弁で言う「みるい」感じでしたね。

-主人公の直生、美琴の中学生時代ですよね。あそこはあそこで「青春」していてみずみずしい。

岡田:「ザ・青春」ですよね。最初に書いたものは美琴(当時は違う名前にしていました)が主人公で、彼女たちが中学生だった頃から20歳ぐらいまでの話だったんです。2人が大学時代に再会するまでを描きました。それで、30歳で書いた時には美琴が違う人と結婚するまでを書いて。「ぬくもりの旋律」はそこに今の視点を加えました。

-読んでいる人にとっては、「現在」が起点になって主人公たちの過去をさかのぼる物語ですが、作者の起点は主人公たちの中学生時代なんですね。

岡田:そうなんです。でも私が過去に書いたような(青春)小説って、今の時代には受け入れられないだろうなと思って、自分の社会経験を重ねながらいろいろアレンジしました。私が経験してきたスポーツの現場での仕事って一般の方にとっては非日常で面白いだろうと考えて、主人公の職業にしました。主人公を男性にしたのは、自分が登場人物に感情移入しすぎるのは良くないと判断したからです。

内側に抱えたものを「掘り下げる」

-「ぬくもりの旋律」は直生と宮城の話、直生と家族の話を中心に四つ、五つの物語が束ねられていますね。それぞれが短編であってもおかしくない物語性豊かな素材を、大きな物語としてよりあげていく作業は、さぞやたいへんだったのではないでしょうか。作品をどうやって組み立てていったのですか。

岡田:最初のプロットはA4の紙2枚でした。具体的にイメージしていたのはラストシーンです。(東京の)青山のスパイラルホールのカフェとギャラリー。ここで直生と美琴が「再会」する。このラストに向けて作っていったという感じですね。このラストに向けて人間関係を逆算していきました。

-執筆で行き詰まったりはしなかったんでしょうか。

岡田:最初のプロットは1時間ぐらいで仕上がって、その次に3万字ぐらいのプロットを書きました。それを6万字ぐらいにして、肉付けしていって小説の形を整えていきました。その間も筆が止まることはありませんでした。生みの苦しみは、あんまりなかった。校正段階で地獄でしたが。

-複線で進む物語を束ねる上で苦労した点はありますか。

岡田:正直、あまりないですね。ドラマの脚本もやっていて、その作り方が生きたと思います。ドラマって主人公がいないところでも物語が動くじゃないですか。だから脇役の人物像を入念に作るんですよね。そこを掘り下げると自然に書ける。

-映像作品の現場では役作りのために「どういう生活しているのか」「何が好きなのか」を書き出したりしますよね。

岡田:そうですね。それと、小説に出てくる人物それぞれに、モデルになるような人が複数いるんですよ。1人に対して5人ぐらい。(主人公の)直生だったら3人ぐらいかな。美琴は4、5人のエッセンスが入っている。私の中学時代の同級生だったり。もちろんプロの野球選手もいます。

-キャラクターの作り込みがしっかりしていると、彼ら彼女らが勝手に動き出して物語ができていく、という話を聞きます。

岡田:この作品に出てくるキャラクターは普通と言えば普通の、よくいるタイプの人たち。目に見えて強烈なキャラクターはいないので、内側に抱えているものの「掘り下げ」を念入りにやりました。

書いたせりふを全部自分でしゃべった

-この作品は「信頼」がキーワードだと感じました。何気ない会話しか出てこないのに、互いの信頼が深まっていく様子がよく伝わってきます。会話劇について、どのようなことを心がけましたか。

岡田:言い回しには人間性が出ますよね。言葉の使い方や語尾は、話者と話者の関係性をよく表します。ただそこを重視し過ぎると不自然になる。だから、自然な会話になるように書いたせりふを全部自分でしゃべりました。パソコンの前で演技しました(笑)。スムーズにリズム良く話せているかどうか、変なところで息継ぎがないかどうか。そこが整っていれば、読む方にも無理が生じませんから。

-スポーツ記者の直生とプロ野球選手宮城という、取材者、被取材者の関係描写が生々しいですね。

岡田:自分の経験をふんだんに織り込んでいるからリアルだと思います。宮城のしゃべり方も野球選手ならでは。普段彼らに接している方は気づいてくださるのではないでしょうか。

-発達障害について、丁寧に誠実に描写されている。監修者のお名前も入っていますが、どのように描こうと考えたのですか。

岡田:巻末に(参考文献として)載せた本を読んで、監修いただいた今井さん(NPO法人東京都自閉症協会の今井忠氏)とも話したんですが、自閉症は子ども一人一人違うんですよね。SNSの体験談を見ても、特性がみんな違う。だからいろいろ考えましたが、最後の最後は好きなように描こうと思ったんです。奏という5歳の女の子のキャラクターを作ればいいんだ、というところに落ち着きました。

-一般化しようとしていないからこそリアルなのでしょう。最大公約数的な描写じゃない。

岡田:お母さんの(わが子の自閉症に対する)感じ方も人それぞれじゃないですか。SNSで発信する人もいれば、とてもじゃないけれどそんなことはできないという人もいる。栞は生真面目な性格なので、彼女であればこう感じるだろうと想像を膨らませました。

-タイトルはどうやって決めたんですか。

岡田:なかなか決まらなかったんですよ。編集者さんと一緒に候補を50個ぐらい出し合ったんですが、お互いなかなか納得いくものに辿り着けなくて。決まるまでに1カ月以上かかったかな(笑)。

-編集者との間で「だいたいこういう空気感で」という共通理解はあったんでしょうか。

岡田:それはありました。私は最初、「曇り硝子のエール」というタイトルを推したんですが、編集者さんはピンとこなかった。この物語は見えない「エール」。だから「曇り硝子」というイメージだったんですが。ああでもないこうでもないと議論して、正式に決まる一つ前が「体温のある旋律」。エールを旋律に置き換えているんです。でもそのままだと漢字が多くて硬い。だったら「体温」を「ぬくもり」にしましょうと。

-バチッときたわけですね。

次作はすでに執筆中。「『ぬくもり』はほとんどありません」

-主人公たちの中学高校時代を中心に、いろいろ県内の風景が出てきますね。

岡田:私が小中学生の頃は、静岡まで清水から通っている子が結構いたんです。桜橋あたりが多くて、御門台、入江岡、新清水もいたでしょうか。よくその子たちの家に遊びに行ったんですが、やっぱり子どもにとって電車に乗って清水に行くのは旅なので、楽しい思い出なんです。

-幼少期のいい思い出が詰まっている地域を選んだんですね。

岡田:もう一つ、小説が書くことが決まった直後に、清水区は台風でたいへんな被害があって。そのニュースを見ていたので、やっぱり物語の舞台はこのあたりにしたいと思いました。朝霧高原など富士山周辺は小学校のキャンプで訪れた場所。静岡を舞台にするなら富士山を出したいと思いました。

-次はどんな作品を構想しているのでしょうか。

岡田:もう、書いています。現代小説です。私がスポーツ界で見てきたものを主人公に乗せて書いているんですけど、今回は「ぬくもり」はほとんどありません(笑)。デビュー作とはまた少し違ったテイストになっているのではないかと思います。

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