次世代を担う音楽家・梅井美咲が自身初となるホールコンサートを開催 これまで歩んできた道と今後の展望を聞く
梅井美咲というコンポーザー・ピアニストの名を知っているのは、現段階ではジャズのリスナーが多いかもしれない。2018年に上原ひろみ、熊谷和徳、ケンドリック・スコットらが出演した人気ジャズ漫画発のライヴ・イベント『BLUE GIANT NIGHTS』にAudition Winnerとして出演、16歳という若さでBlue Note Tokyoデビューを果たした破格の才能である。
幼少からピアノとエレクトーンを演奏し、高校と大学でクラシックの作曲を学んできた梅井の音楽は、ジャズのイディオムをちりばめながらも、ベースにはクラシックの語法がある。それは20世紀のクラシックの作曲家たちが、ジャズにインスピレーションを受けて書いた音楽と共鳴するようにも感じられる。
そんな梅井が、12月12日に自身初となるホールコンサート『Misaki Umei Piano Solo Concert -hazy recollections-』を東京オペラシティ リサイタルホールにて開催する。クラシック、カヴァー、自身のオリジナルを織り交ぜたこの公演に向けた想いとともに、彼女がこれまで歩んできた道と今後の展望を語ってもらった。
ーー4歳からピアノ、6歳からエレクトーンを習っていたとのことですが、音楽との出会いについて聞かせてください。
母が自宅でピアノ教室をしていたので、生活のなかでつねにピアノの音を耳にしていました。兄ふたりはあまり音楽に興味を示さなかったそうですが、私はピアノの下でずっと寝たりはしゃいだりしている子だったらしく。4歳のときに母の信頼するピアノの先生に習いはじめ、6歳からヤマハのエレクトーン教室にも通いました。8歳ぐらいからはピアノもヤマハで見ていただくようになり、高校生ぐらいまでヤマハに通っていました。
ーーピアノとエレクトーン、両方習っている子は珍しかったのでは?
まわりにはあまりいなかったです。私はすごく欲張りなところがあるので、「あれもやりたい! これもやりたい!」という感じでエレクトーンも自分から習いたいと言ったみたいです。自分ひとりでベースもドラムも、あらゆる楽器をオーケストラのように演奏できるエレクトーンは楽しかったですね。ヤマハの先生がたは、私がクラシックに限らずジャズとかいろいろな音楽が好きなことを知っていたので、「美咲ちゃんの好きなことをなんでもやっていいよ」という方針で、自由にやらせてくださったのも大きかったです。今、音楽を楽しむことができるのも先生がたのおかげだなと。
ーー子どもの頃からジャズも好きだったのですか?
いちばんはじめに聴いたジャズはセロニアス・モンクでした。父が家でよく聴いていたので、私もジャズが好きになって。ビル・エヴァンスも好きで、勝手に耳コピして弾いたりしていました。
ーーそれは早熟な! 作曲も子ども時代から?
そうですね、わりと自然にはじめました。といっても素朴な曲ですが。今思えば、「この曲に影響を受けて、この曲を書いたんだな」というインプットとアウトプットがわかりやすく出ていたなあと思います。
ーー高校は兵庫県立西宮高等学校音楽科に進学し、作曲を専攻されました。
中学から音楽理論を習うようになって、クラシックの作曲の面白さに目覚め、音楽科のある高校で作曲を学びたいと思いました。和声法や対位法、管弦楽法を学んだり、フーガを書いたりするのは好きでしたし、今でも自分の音楽の土台にはクラシックの作曲法があると思っています。ジャズ・ピアノを演奏しているときも、そういった学びが生きていると感じることが多いですね。
管弦楽法といえば、エレクトーンの経験も作曲するうえでとても役に立ちました。エレクトーンでクラシックを演奏するときは、オーケストラのスコアを自分で3段譜にアレンジし直したりするんですが、そこで基礎的なオーケストレーションの構成を感覚的に身につけることができていたのだと思います。
ーー『BLUE GIANT NIGHTS』に出演されたのが2018年、高校2年生のときですよね。上原ひろみさんも出演するライヴ、しかも舞台はBlue Note Tokyoですからさぞかし緊張したのでは?
トリオ編成でオーディションに応募して、たまたま通ってしまって。それまでジャズ・ピアニストとして人前でパフォーマンスをしたことはほとんどなかったので、「なんで今、このステージに立ってるんだ?」と不思議な感覚でした。もともと即興演奏とかは好きでしたが、それとジャズを演奏するのとでは頭の使い方が違いますし。緊張はしたけれど、新鮮な経験で面白かったです。
ーーたしかに、作曲した曲をピアノを弾くのと、ジャズ・ピアニストとしてパフォーマンスするのとではだいぶ違いますよね。
ジャズ・ピアニスト、コンポーザー・ピアニスト……いろいろ呼び方はありますが、私にはなにが当てはまるのでしょうね(笑)。自分としては弦楽四重奏やビッグバンドなどの曲も書きたいと思っているので、「ピアノ」に限っているわけではないのですが。
ーー高校生のときにハマっていた音楽は?
いっぱいありすぎて絞れないのですが……ブラッド・メルドーは兵庫県立芸術文化センターのライヴに行って衝撃を受けましたね。2019年にボストンに短期留学したときにライヴで聴いたドラマーのマカヤ・マクレイヴンや、ヴィブラフォン奏者のジョエル・ロスも印象に残っています。その時期に見聞きしたものって、今好きなものにつながっているかもしれません。
ーー高校卒業のタイミングでコロナ禍に入ってしまったことが、シンガーの菅野咲花さんとのユニット、haruyoi結成のきっかけだったそうですね。
そうなんです。大学の新学期のスタートも半年以上遅れたので、それまでの間はライヴもできず、家で曲を作ることぐらいしかありませんでした。そのときに、地元の友だちで、高校3年間を一緒に過ごした菅野さんと曲を作って、ユニットを組んでみようということになって。それがharuyoiのはじまりです。
ーーそして大学は、東京音楽大学作曲科に。上京して、だいぶ環境も変わったのでは?
コロナ禍での引きこもり期から、次第に外に出て、ライヴもできるようになって。上京してからは、ありがたいことにいろいろな人から声をかけていただき、多くのミュージシャンと一緒に演奏させていただく機会が増えていきました。そのいっぽうで、最近はひとりで演奏してみたいという気持ちが芽生えてきたんです。
ーーそれが今回のコンサート『Misaki Umei Piano Solo Concert -hazy recollections-』につながったと。
はい、そういえばコンサートホールという空間で2時間弱ぐらいの公演を、ひとりで最初から最後まで演奏したことってなかったと思って。ライヴハウスではソロ公演も何度か行なっていますが、クラシカルな会場でのソロ・コンサートはまだ経験したことがなかったので。ここで一旦、ひとりで表現することをやってみたい、今そうすることで、なにかが変わるのではないかという気持ちがわき出てきました。
さらに、自分の音楽の基軸になっているクラシック作品を取り上げたら面白いのではないかと。加えてカヴァーやオリジナルも入れつつ、プログラムを組み立てていきました。コンサートのタイトルにある“hazy”とは「かすみのかかった」といった意味ですが、今回のコンサートを「集大成」とはせず、曖昧なままの自分をそのまま出したいという想いがあります。
ーー今回取り上げる武満徹、カプースチン、ラヴェルの作品は、いずれも梅井さん自身の音楽性に近いものを感じます。
間違いなく自分が影響を受けてきた作曲家であり、作品ですね。武満さんは高校のときにいちばん仲のよかった友人から教えてもらって、いろいろな作品を聴いたり、エッセイを読んだりしていたのですが、なかでも「雨の樹 素描」の和声感が大好きで。ずっと弾いてみたいなと思っていました。
カプースチンのピアノ・ソナタ第6番はわりとマイナーな曲なのですが、マルク=アンドレ・アムランのアルバムで聴いて、「なんていいソナタなんだ!」と思いました。わりと一般的なソナタ形式の土台にシンプルでキャッチーなメロディ、そこここに感じるカプースチンらしさが魅力ですね。難曲なのでコンサートまでに仕上がるか心配ですが、挑戦しがいがあります。難曲といえば、ラヴェルの「水の戯れ」もですね……。
ーークラシックのピアノをストイックに練習するのは得意ですか?
もともと練習は好きな方です。今は、なかなか時間を取るのが難しいですが、できる限り練習はするようにしています。いろいろなピアニストの音源を聴いたりもしますが、クラシックを極めた人は本当にすごいなあと思います。自分とはプレイ・スタイルがまったく違いますが、グレゴリー・ソコロフのような実直でどっしり構えた演奏に憧れますね。
ーーオリジナル曲は、今回のコンサートのために書き下ろしたものになるのでしょうか?
今、アルバムを作っていて、そこに収録する曲をコンサートで初披露しようと思っています。とはいえ最近は移動も多く、1日家で過ごせるまとまった時間がないので、作曲はなかなか進みませんね。作曲する自分、ピアノを練習する自分、トラックメイクする自分、その他もろもろ……いろいろなことを同時に進めていると頭の切り替えが大変で、それが今年の課題でした。
ーーでも「欲張り」な梅井さんは、どれか一本に絞ろうとは思わない?
そうですね。これまでと同じく絞りたくないという気持ちはあります。クラシックのピアノを学びに留学したいなとか思ったり。
ーーピアノの演奏を学ぶ留学ですか!?
高校も大学も作曲科で、ピアノ科と同じぐらい弾けないと入れないこともあり、ちゃんとやってはいたのですが、よりピアノの演奏にフォーカスして学んでみたいなと。人生のどこかでやりたいと、最近思うようになりました。
ーーどんどん可能性を広げていく梅井さん、1年後にまたお話を伺ってみたいです!
Stevie Wonder:Overjoyed(Misaki Umei 2024)
インタビュー&文=原典子