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双極症と付き合いながら働く精神保健福祉士・松浦秀俊さんに「躁うつの波を穏やかにする方法」を聞いた

りっすん

気分が高揚する「躁状態」と、気分が落ち込む「うつ状態」を繰り返す双極症(※1)。「調子が良い」と感じる躁状態はコントロールしづらく、またその後にやって来るうつ状態との“気分の落差”から、安定的に働き続けることに難しさを感じる方もいるのではないでしょうか。

精神保健福祉士や公認心理師の資格を持ち、働きたいと望む双極症の方の支援を行う松浦秀俊さんは、27歳のとき、「双極症II型(軽度な躁状態とうつ状態を繰り返す状態)」の診断を受けた当事者でもあります。専門知識と自身の経験から学んだ「双極症と付き合いながら無理なく働く」ためのヒントを伺いました。

(※1)「双極性障害」「躁うつ病」は、現在の診断分類「DSM-5-TR」の日本語訳では「双極症」と呼称されています

お話を伺った方:松浦秀俊さん

精神保健福祉士、公認心理師。株式会社リヴァ 双極事業部 部長。1982年生まれ。大学卒業後、複数の仕事で休職・退職を経験し27歳のとき双極症の診断を受ける。13年ほど勤めている現職では、自身の経験や資格を活かし精神疾患からの復帰や再就職を支援している。

突然連絡をたち、転職を繰り返す。「社会に適していない」と自信を失った

松浦さんは27歳の頃に、軽度な躁状態(軽躁状態)とうつ状態を繰り返す「双極症II型」の診断を受けたそうですね。今振り返ると「あれは双極症の症状だったかもしれない」と感じるエピソードはありますか?

松浦秀俊さん(以下、松浦):今思えば、新卒で入社した会社を退職し、個人事業主になった24歳ごろから症状が出始めていたと思います。

もともと「いつか独立したい」と思っていたところ、出張先でたまたま起業支援団体の方と会い、「これだ」とひらめいた感覚になったんです。すぐに退職し内見もせずに引っ越し先を決めて、当時暮らしていた愛知の実家から千葉に移りました。事業を展開しながらはじめての一人暮らしをし、縁があってセミナーを開催したり書籍を出版することになったり。

行動量が多く軽躁状態だったと今では分かります。しかし、当時は行動した分結果もついてくることに高揚感を感じ「もっとやりたい」と歯止めが利かなくなっていましたね。

そのあとに「うつ」がやってきた?

松浦:そうです。書籍の執筆中からだんだん調子が崩れ、書ききった後の出版記念イベントではまったく話せず、予定していた登壇時間の半分で終了してしまうような状態で......。

その後は本の印税は全て起業支援団体に渡して連絡をたち、実家に戻って引きこもりになりました。1社目の退職からたった半年間での出来事です。ここまで激しい落差を経験したのは、人生で初めてのことでした。

半年間の出来事とは思えないですね......。その後はどのように仕事に復帰したのでしょうか?

松浦:数カ月休んで元気になり、勢いよく転職活動を始め、営業職に就きました。でも、期待を裏切ってはいけないと毎日夜遅くまで働いていたら軽躁状態からうつ状態に傾き始めて。プレゼンの前日まで準備ができていないにもかかわらず、“できている風”を装い、プレゼン当日の朝に突然連絡をたち休職することに……。

当時は双極症を自覚していなかったこともあり「自分は社会に適合していないんじゃないか」「この先、働けないんじゃないか」とずいぶん落ち込みましたね。

双極症の働きづらさには、複合的な要因がある

「双極症かもしれない」と気づいたきっかけは何だったのでしょうか。

松浦:3社目の会社でうつ状態になったとき、人事担当者にこれまでの経緯と休職の希望を伝えたんです。すると、「双極症の可能性があるんじゃないか」と言われて。その時初めて「双極症」という疾患を知りました。

その人事担当者は病気や障害の知識が豊富で、また入社時に私がハイテンションだったこともよく覚えていて、この疾患特有の落差に気づいてくれたようで。その後、病院で「双極症」と診断されました。

ご自身の経験から改めて、双極症の方が抱える「働きづらさ」とは、どのようなものだと感じますか?

松浦:前提として「うまくいかない要因」というのは非常に複合的なんです。双極症の症状に加え、自身の性格や職場環境といった複数の要因が合わさって「働きづらさ」が生じる。そして、双極症と診断されたからと言って、働きやすくなるわけではありません。

私の場合は「人を頼る」のが苦手な性格で、「全部自分でやらなきゃ」と過剰に抱え込んでしまうこと。そして「調子がいいときに頑張ってやるのが当たり前」「サボってはいけない」という固定観念が強く、力の抜きかたが分からず軽躁状態になり、ますます行動が止められなくなることが働きづらさに繋がっていたと思います。

大切なのは双極症について知るだけではなく、医療機関を受診し投薬などその人にとって最適な治療をしながら、自分の性格の特徴や思考の癖についてもよく理解すること。私の場合は社会復帰支援サービスを通じて「自己理解」の方法を詳しく知ったことで、比較的穏やかに仕事を続けられるようになったと思います。

波を穏やかにするポイントは「自分の取扱説明書」を作ること

「自己理解」とは、具体的にどのようなことをすればいいのでしょうか?

松浦:「ライフチャート(ライフラインチャート)」による症状の振り返りと、「活動量」「睡眠時間」「気分スコア」などの記録を取り、自分のことをよく知り症状を安定させるための「自分の取扱説明書」を作るのがおすすめです。

「ライフチャート」とは、横軸を「時間」縦軸を「気分」とし、発症から現在に至るまでの過程をチャートにまとめる方法です。「日本うつ病学会」がWebサイトで公開しているシートが使いやすいと思います。

「新しい職場では無理して躁になりやすいな」「今回のうつは前回よりも落ち込みが浅く、回復も早くなってきた」など、自身のライフイベントと心身の状態がどのようなパターンで変化してきたのか、大まかに把握できます。ただし、過去を振り返ってしんどくなる場合は無理をしないでください。

「ライフチャート」は、就職活動などの自己分析で目にしたことがある方も多そうです。

松浦:次に「活動量」「睡眠時間」 の記録は、日々の活動量と睡眠時間を数値化、可視化して現在の状態を把握するためのものです。私の場合は睡眠時間が6時間を下回ると軽躁状態になっている可能性があり、逆に8時間以上の睡眠が続くときはうつを警戒します。

その他、1日の歩数も活動量に直結するので記録に向いています。「15,000歩を超えると躁に注意」など自分の傾向を探ってみてください。

「気分スコア」ではどんなことを記録するのですか。

松浦:ゼロを基準に「-5から+5」の間でその日の気分を記録します。医療や支援の現場ではよく、「-1の低め安定を目指しましょう」と言われています。

プラス(=躁)が大きければ大きいほど、その後にやってくるマイナス(=うつ)の振り幅も大きくなり職場や社会への復帰に時間がかかるので、ちょっとテンションが低い-1くらいに留めておくのが良いという考え方です。

おすすめは気分スコアと一緒に、その日の出来事も記録しておくこと。出来事と気分を紐付けていくと、自分のパターンが見えてきやすいんです。例えば、私の場合は「新しいプロジェクトにアサインされた」「メディアの取材を受けた」後に軽躁状態になりやすい、といったことが可視化できます。

なるほど、分かりやすいですね。これらの記録を続けるコツはありますか?

松浦:支援の現場では手書きで記録するケースも多いのですが、毎日の記録が苦手な方はスマートウォッチやアプリを活用してもいいと思います。

また、私のように社会復帰支援サービスを利用して、他の人たちと一緒に取り組むのもおすすめです。例えばライフチャートを書くとき。過去のことをよく思い出せなかったとしても、人の話を聞いているうちに「自分にも似たような経験があるな」と気づくことがあります。それに、目の前の誰かから「こうやって記録するとやりやすいよ」と言われたら、能動的に試してみたくなるものだと思うんです。

ただ、過去のつらい出来事も多く含まれると思うので、無理ない範囲で共有することも大切なポイントです。一人で向き合うのがしんどいのであれば、カウンセラーなど第三者に伴走してもらいましょう。

「ちょうど良い挑戦の幅」を焦らずに探してみて

職場の人には、自身の症状をどのように伝えるといいでしょうか?

松浦:「私は双極症です」とだけ伝えてしまうと、相手もどうしたらいいのか分からなくなってしまうと思うので、お願いしたいことを具体的に伝えるのがいいと思います。

例えば、「ミーティングで口数が多かったら、軽躁状態になりやすいサインだから教えてほしい」など、周囲からの観察は自分の状況を把握する上で非常に有効です。私の場合は、口笛を拭き始めたら軽躁状態のサインであることに妻に言われて気がつきました(笑)。

先ほどもお伝えしたように「躁をいかに抑えられるか」がこの病気と向き合うポイントになります。周囲の力を借りながら、なるべく早く気づける環境を主体的に作っていくことが、双極症と付き合いながら働き続けるために大切だと考えています。

双極症の方が仕事を選ぶ際に大切にすると良いポイントはありますか?

松浦:個人の得意、不得意もあるので一概には言えませんが、一般的には徹夜での仕事や働く時間がランダムになりやすいシフトワークは、調子を崩しやすいと考えられています。たった1日の徹夜が躁の引き金になってしまうこともあるため、心身の安定に相当の努力が必要になりますね。

また多くの人にとってメリットが多いと考えられているフレックス勤務やリモートワークは、柔軟さゆえに生活リズムが乱れやすいという難点があります。できれば勤務時間が固定されている、リモートワークの場合も少なくとも週に数回は職場に出勤するような仕事が望ましいのではないでしょうか。

以前お話を伺った看護師の方は、夜勤をきっかけに双極症を発症し、今は夜勤のない病院や看護師を育成する学校で働くなど、自分が安定しやすい働き方を選択しているとおっしゃっていました。

一方、シフトワークでもうまく双極症と付き合って働き続けている方も、もちろんいらっしゃいます。

大切なのは、主治医とも相談しながら「無理なく続ける方法を探ってみる」こと。私も「無理なく続ける働き方」を選んだことで、13年間休職をせずに同じ職場で働き続けられていますから。

「無理なく続けられる働き方」は、躁とうつの落差も生まれづらそうです。

松浦:昔の私のように、やりたい仕事に向けて闇雲に突っ走って「望んだ仕事なんだから、早く結果を出さなきゃ」という気持ちが強くなると、症状と相まって空回りするケースは多いと思います。

でも今は「無理なくできる仕事」を続けることで、その仕事の中での「やりたいこと」や「おもしろさ」が見えるようになったんです。そうすると次第に「このくらいならチャレンジできるかもしれない」と、躁に振り切らない範囲での成功体験を積んでいくこともできる。

焦らずに、自分にとってちょうど良い挑戦の幅を探してみてください。

取材・文:遠藤光太撮影:関口佳代編集:はてな編集部

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