暮らしと文化をつなぐ”普段使い”のミュージアム「豊田市博物館」。”みんなでつくりつづける”新しい博物館のかたち
トヨタ自動車の名を市名とした豊田市。成長のなかでも文化を残していくために
愛知県豊田市に2024年4月「豊田市博物館」がオープンし、1年が経った。「豊田市の魅力を発信していくための『まちづくりの施設』です」と副館長の髙橋健太郎さんが話すように、市民が活動・交流できる場所やキッズスペースなど、まちに開いた空間を有しているのが特徴だ。
なぜ今博物館を新設し、まちづくりまで担うのか? 背景には豊田市が企業とともに急速に発展を遂げてきたという特殊な成り立ちがあるという。
豊田市はトヨタ自動車の企業城下町であり、企業名を冠したまちである。1959年に挙母(ころも)市から豊田市へと変更された。
「挙母町にトヨタ自動車の工場が建設された1938年当時は外国車が主流で、トヨタ自動車はまだ新興の企業でした。純国産乗用車をつくるというビジョンを明確に掲げ、戦後10年を経て、初代クラウンを1955年に完成させます。豊田市に市名変更したのは、クラウン誕生から4年後のことです」(髙橋さん)
この市名変更は、トヨタ自動車が乗用車で急成長する前というから先見の明がある。市民はトヨタ自動車のまちづくりへの寄与に感謝し、自動車産業とともに飛躍するという気概から、市名変更が決まったそうだ。
高度成長期の豊田市は自動車産業がますます隆盛する一方で、エネルギー転換により全国各地で炭鉱が廃坑。九州や北海道などから仕事を求める人の移住が増え、豊田市の人口は爆発的に増加していった。
「市民が増えれば住宅や道路の整備が進み、まちの形や風景が変わっていきます。地域で当たり前のように継承されていた文化財や伝統的な習慣などが消滅することに市は早くから危機感を覚えていて、1967年に当館の前身となる豊田市郷土資料館を開設しました。それから50年以上が経ち、市域の拡大や建物老朽化が進んだことから、豊田市博物館の計画が立ち上がったのです」(髙橋さん)
新博物館の使命は「失われていくものを守る」+「まちのファンづくり」
トヨタ自動車の成長とともに、まちや人が多様化した豊田市。実は多様な自然環境も特徴だという。工場用地は極めて限定的で、森林が約7割を占めると聞くと、県外の方はきっと驚くことだろう。
豊田市では1960年代から周辺町村との合併が進み、2005年には7市町村の大合併によって愛知県内で最大面積となった。市内には1000m以上の高低差があり、キャンプや紅葉狩りが楽しめる自然豊かな環境だ。
「この多様性が、豊田市の面白さです。まちと自然がとても近く、豊田市駅から豊田スタジアムまで徒歩15分ほどですが、その傍らの矢作川で鮎釣りが楽しめるんですよ。緑と生活感が共に息づくまちだと感じています」(髙橋さん)
町村合併で個性豊かなまちの集合体になったからこそ、「まちの成長によって失われがちな歴史・文化・自然を次の世代につなぐことが、豊田市博物館の社会的な役割です」と髙橋さん。加えて、まちのにぎわい創出にも挑むというのが画期的だ。
「豊田市博物館は、豊田市で暮らしたい、このまちは面白いと考えるきっかけを提供したいと考えました。全国の博物館で持続的な運営の課題に直面している今、必要とされる博物館になるには?を模索し、目指したのが『普段使いができるミュージアム』です」
普段使いの分かりやすい例が、「えんにち空間」にあるキッズスペース。親子連れがよく利用していて、幼い頃から博物館に親しむきっかけになっている。さらに常設展は、市内在住者と中学生以下の観覧が無料。子どもたちにも親しみやすく、会話をしながら楽しめる展示を意識しているため、キッズスペースに飽きたら常設展をのぞいて好奇心を育むといった利用が叶う。
「お宝品でなくても、地域に受け継がれる日用品や風景、振る舞いなどに興味を持つと、豊田市での暮らしがより楽しく、豊かになるのではないでしょうか」と髙橋さん。豊田市ファンを育て、拡大していくのが同館のミッション。「まちづくりに直結する施設です」という言葉にも合点がいった。
「みんなでつくりつづける」がコンセプト。市民や企業から「とよはくパートナー」を募り、ともに展示・運営
豊田市博物館の意外性として「みんなでつくりつづける」というコンセプトも気になるところ。博物館なのに「みんなでつくる」とは?
「博物館の収蔵品は、地域の自然や生活の中にかつて当たり前にあったものが大半です。学芸員が学術的に収集研究するだけではなく、収蔵品にゆかりがある地域の方と一緒に展示・運営を行うのが本来のスタイルなのではと考えました。そこで当館では『とよはくパートナー』を募集し、一緒に活動しています」(髙橋さん)
とよはくパートナーは個人約160人、サークルや企業などの団体が100ほど登録し、活動は3年目を迎えた。個人パートナーは、展示ガイドや博物館学習のサポートといった5つのグループで活動。「博物館の資料を虫害から守るために、文化財害虫の生態を調査する」という面白い活動もある。
今年度からは、常設展の展示企画作成にもパートナーが加わっていく。「みんなでつくりつづける」活動が、着実にまちにも広がり始めている。
住民の「記憶」をアーカイブ。20年後には大切な収蔵品に
「みんなでつくりつづける」の一環として、「記憶あつめるプロジェクト」も意外性のひとつ。「暮らしの中で生まれる人々の記憶を集めて未来につなぐ」活動で、ルーツが多様な人が集まる豊田市らしい取り組みだ。
「ライフヒストリーという言葉が聞かれるように、個人の生きた物語が生活史の研究対象になりつつあります。スーパーファミコンや結納道具といった物自体が残っていなくても、物にまつわる記憶は誰もが持っています。その記憶をアーカイブするのも博物館の役割だと考えました」(髙橋さん)
集まった「記憶」は2000を超えたほどだが、実はアウトプット方法は決めていない。「コメントの他に記録映像も収集しています。いずれは企画展もできそうですよね」と髙橋さんは笑う。スピードの速い現代だからこそ、20年後には収集した記憶が思わぬお宝になるかもしれない。
若者やファミリーの来場が多く、1年で手応え
豊田市博物館は1周年を迎え、観覧者数は約17万人、ワークショップやセミナールームを含めると利用者は約28万人にのぼる。「えんにち空間」や庭、カフェなどの来場者は数える術がないため、足を運んだ人は公表数字をはるかに上回ることだろう。20~30代のファミリーやカップルが増えていて、博物館利用者のすそ野の広がりを実感しているそうだ。
「収蔵品の安全を保ちながら市民にとって身近なミュージアムを目指すという目標は、この1年で一定の成果を出せました。博物館に縁遠さを感じていた人にも来館していただき、豊田市に興味を持ってもらう手がかりがやっとできたと思います。今後は『みんなでつくりつづける』というコンセプトの『みんな』で手がける活動割合を増やしながら、継続することが目標です」(髙橋さん)
豊田市博物館にはつくり手のワクワク感が随所に息づき、博物館デビューの子どもから大人までエンタメとして楽しめる空間となっていた。「みんなでつくりつづける」ことで、進化著しい博物館になりそうだ。折々で訪れて、定点観察を楽しんでみたい。
取材協力/豊田市博物館
https://hakubutsukan.city.toyota.aichi.jp/