【子どもの言葉の発達】「イヤイヤ期」に大切なのは「思いを受けとめること」「行動の枠を示すこと」
言葉が出てくる時期と重なる「イヤイヤ期」。自我の目覚めがあるものの、言葉での表現が自己主張に追いつかず、癇癪が起きたり、なんでもイヤをくり返したりするので、親は疲れてしまいます。イヤイヤ期の子どものこころの成長と親の対応について発達心理学者の坂上裕子先生にうかがいました。
学童期の発達障害グレーゾーンの子の困りごと 具体的な対処法を紹介「こころの発達は、からだの発達と深く関係している」と、著書『子どものこころの発達がよくわかる本』で語っている、青山学院大学教育人間科学部心理学科教授・坂上裕子(さかがみ ひろこ)先生。坂上先生に「言葉の発達」についてうかがう本連載。最終回になる今回は、「イヤイヤ期」とも重なる1歳半ごろからの発達についておうかがいします。“言葉”がうまく出てこない時期のイヤイヤ期は、子どもが伝えたいことがわからず大変な時期。子どもの発達段階を知って、その思いや受けとめ方を考えてみましょう。
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だんだんと自分が何者かわかるようになる
──前回まで、“言葉”を覚えてやりとりするまでの段階までおうかがいしましたが、今回はちょうどその時期にも重なる「イヤイヤ期」について、教えていただければと思います。「養育者泣かせの時期」とも呼ばれるこの時期には、こころとからだがどのような発達段階にあるのでしょうか。
坂上裕子先生(以下坂上先生):1歳半ごろになると、イメージする力が育ち、子どもは他者の目を意識し、自分が外側からどう見えのるかを思い描くようになります。名前や見かけ、やりたいことの違いなどを通して、自分と他者との違いをはっきりと認識するようになります。「自己意識の芽生え」と呼ばれるものです。
──他者と自分の違いがわかるようになるんですね。
坂上先生:他者と自分が違う、そして「自分」が自分の行動の主体であることに気づくという段階が、「イヤイヤ期」と重なることになります。
すなわち、自分の行動を起こすのは、他ならぬ自分であることや、自分の行動は自分が選べる、自分で決められるということに子どもが気づくようになったから、というのが「イヤイヤ期」が起こる理由ということになります。「イヤ!」は、「自分のすることを自分で決めたい」とか、「わたしを(ぼくを)尊重して!」というアピールなのです。
〈『子どものこころの発達がよくわかる本』より〉
──なんでも、“反抗している”ように思える行動も、自己主張ができるようになったあかし、ということなのですね。
坂上先生:そうですね。ただ、語彙がまだ少なく、自分の気持ちをうまく言葉にすることが難しい子どもたちは、「イヤ!」というシンプルな表現になったり、全身を使ってアピールしたりしているのです。
このようにして、自分の気持ちを表現しようと葛藤し、気持ちを受けとめてもらうことや、ときに自分の思いどおりにならないこともあることを経験するのは発達において不可欠なことです。「イヤ!」は、子どもが自分の気持ちをうまく言葉で伝えるようになるにつれ、自然に減っていきます。
気持ちを受け「とめる」ということ
──“気持ちを受けとめる”というのは、子どもの要望どおりにするということではないですよね。つい、その場をおさめたくて、「わかったわかった」となってしまう自分がいるのですが……。
坂上先生:子どもにとっては、自分の思いが通らないことや実現しないこともあること、すなわち、ぶつかることを通して、ルールやマナー、他者の思いを知ることも、この時期の大事な役割です。
この時期に、そうした枠を子どもに提示すること、言いかえれば、行動として認められることと認められないことの線引きをすることが、親の大事な務めでもあります。
子どもが枠をはみ出す行動をしたときに、その行動は認めない、でも、そうしたいと思った子どもの気持ちは否定しない、というのが思いを受け「とめる」ということです。行動の枠を示すこと、思いを受けとめること、この二つは車の両輪のようなもので、その両方を大人がしてくれるからこそ、子どもは安心して自分の思いを表し、チャレンジすることができ、長じて、自分の気持ちや行動をコントロールできるようになります。行動の枠を示す、というのは、子ども自身を守るためでもあり、ともに生活する他者を大切にすることを学ぶためでもあります。
──なるほど。子どもに「いけないことはいけない」と伝えつつも、ことばを尽くして「あなたの思いをわかろうとしている」と伝えることが大事なんですね。
坂上先生:自己主張をはねのけ、いつも高圧的な態度で接していると、子どもは言うことを聞かなくなったり、自分の気持ちを表そうとしなくなったりします。
要求が通らなかったとしても、自分の主張に耳を傾けてもらうことで、子どもは「自分の思いをわかってもらえた」という安心感をもつことができます。自分の思いを大事にしてもらった、という実感は「他者の思いを大事にしよう」という気持ちにつながります。自己主張と自己抑制の両方をバランスよく育むことで、子どもは自分の行動の舵取りを柔軟にできるようになっていきます。
子どもの望みがわからないときは、思い当たることをあれこれ言葉にしてみるのもよいでしょう。一生懸命考えてくれる姿を見て、子どもは「大事にされている」と感じることができます。
もし、要求がエスカレートする場合は、真の訴えや願いが別のところにある可能性もあります。下にきょうだいができたとか、環境の変化によるストレスなど、ほかに原因があることも。そうやって試行錯誤してやりとりをくり返すことが、養育者の対応力を育むことにもなります。
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──あれこれ言葉を尽くしてうまくいかなくても、「大事にされている」と態度で伝えることが大事なのですね。他にも効果的な方法はあるのでしょうか。
坂上先生:例えば「2択で提案してみる」のもひとつの手です。服を着たり、靴を履いたりするときに「イヤ!」となったときは、「これとこれ、どっちにする?」と2択にして聞いてみましょう。一方をより魅力的なものにすると、子どもが選びやすくなります。
「子どもの言葉をそのまま返してみる」のも良いと思います。「アイス食べたい」と言う子どもに「うん、アイスが食べたいんだね」という具合です。子どもは自分の気持ちをわかってもらえたと実感できます。そのうえで、「今はないから、あとで買いに行こうね」など、別の提案をして折りあいをつけるといいでしょう。
〈『子どものこころの発達がよくわかる本』より〉
──それでも、お互いに「もうイヤ!」が爆発してしまうときもあると思いますが、そのようなときはどうしたらよいでしょうか。
坂上先生:この時期は親もストレスがたまりがちですよね。折りあいがつかず、子どもと真正面からぶつかることもあるでしょう。ぶつかったときは仲直りについて学ぶチャンスです。親の思いも伝えてみましょう。時には子どもと離れて自分をいたわる時間をもつことも、この時期を乗り切るうえで大切なことです。
──なるほど。別のことを学ぶチャンス、ととらえればいいわけですね! なんだか「イヤイヤ期」をプラスにとらえられそうな感じがしてきました。最後に、「こころとからだの発達」について、お伝えになりたいことがあれば、お願いします。
坂上先生:大人は、子どもによかれと思い、小さいうちからいろいろな習いごとをさせたり、思い出や経験づくりのために旅行やイベントの予定を詰め込んだりしがちです。しかし、そのような生活が、子どもには負担になっていることもあります。
私たち大人と子どもたちの時間の流れは違います。「昨日はこれが楽しかったから、今日もこれをしよう」「今日はこれが楽しかった、だから今度もこれをしたいな」──このような実感がともなうときに初めて、子どもが日々経験していることが、こころや脳の栄養分になります。「今日」の楽しさとそれを味わう余白が日々のなかにあることで、子どもは自分の人生を生きている、という実感をもつことができます。
大きくなって思い出に残るのは、案外、お父さんとお風呂であそんだことや、お母さんと散歩したこと、家族で笑ってテレビを見たことであったりします。こうした日々の何気ない時間が、子どもにとってはかけがえのないものなのです。
──子どもの「今」を大切にする、ということですね。親御さんにもあまり気負わず、ゆっくりする時間を大切にしてほしいものですね。先生、ありがとうございました。
今回は、言葉の発達と同時期に起こる「イヤイヤ期」について、坂上裕子先生にうかがいました。また、3回の連載をとおして、子どものこころの発達には、子ども特有の時間の流れの中で、楽しいという実感を伴う経験をし、それを味わうことが大切であり、保護者は先へ先へと発達を急がず、子どもの「今」を大切にすることが大事だということを教えていただきました。
■今回ご紹介の書籍はこちら
『子どものこころの発達がよくわかる本』
発達はさまざまな事柄が関係しあい、枝葉のように広がって進んでいくものです。たくさんの枝葉を支える太い幹と根っこが育つには、長い時間が必要です。子どもも親も試行錯誤して、失敗と修復を繰り返しながら、育っていきます。
本書では、保護者や保育者向けに、就学前までの子どもの発達や対応の具体例をわかりやすく解説しています。
『子どものこころの発達がよくわかる本』青山学院大学教育人間科学部心理学科教授・坂上裕子/監修 講談社