探究授業で学校と社会をつなぐ | 香川オリーブガイナーズが挑む、新しい“地域貢献”のかたち
香川県の独立リーグ球団・香川オリーブガイナーズでは、教育の現場に本格的に関わる新たな取り組みを進めています。球団が学校と連携し、“探究授業”を通して若い世代の学びに伴走する姿は、単なる地域貢献の枠を超えた活動として注目を集めつつあります。
その取り組みの中心人物の一人が、元・英語教員であり香川オリーブガイナーズの取締役である澤村俊輔さん(以下、澤村)。彼は、“学校”と“社会”、“スポーツ”と“教育”、そして“地域”をつなぐハブとなるべく、新しい挑戦に取り組んでいます。
香川オリーブガイナーズと澤村さんが考える地域貢献とは?球団がなぜ教育に取り組むのか?そしてスポーツと教育を掛け合わせた取り組みが目指す未来とは?そのビジョンと熱量に迫ります。
教育に対する課題意識 英語教員から球団の取締役へ
ーーまずは、澤村さんのご経歴について教えてください。
澤村)私は、神奈川県横浜市の出身の現在36歳です。大学卒業後は、神奈川県の鎌倉学園にて13年間教員を務めていました。英語科教諭として教壇に立ちながら、中学野球部の監督としても活動してきました。
教員時代の澤村さん
ーー先生と野球部の顧問をされていたのですね。そこからどのように香川オリーブガイナーズに関わるようになったのですか?
澤村)日々生徒たちと教室やグラウンドで時間をともに過ごしている中で、「教育は果たしてこのままで良いのだろうか?」と思い始めていました。保護者の期待、子どもたちの本当の想い、学校が求めること、社会で必要とされる力。それぞれの間に大きなギャップがあり、学校という閉ざされた空間ではそのズレを埋めるのが難しいため、それが日本の教育現場に根付いてしまっている現実を感じるようになりました。
慶應義塾高校の硬式野球部時代に出会い、現在は香川オリーブガイナーズの親会社である株式会社マネーボールの代表取締役社長を務める福山もまた、私と同様に教育に対して強い危機感を抱いていたことがわかり、「このままではいけない」という想いから鎌倉学園での探究授業を2人で立ち上げました。
ーー教育という共通点はありますが、学校から球団へ、かなり大きなキャリアチェンジになりましたよね。
澤村)コロナ禍を経て新しい形の学校も登場し、「そもそも学校に行く意味って何だろう?」という価値観の変化が起きてきました。そんな中で、私自身は教員というキャリアしか知らず「この先、子どもたちに何を伝えられるのか」と考えるようになったんです。やはり自分自身が社会を知らなければならないし、自分一人で生きていく力を身につけなければいけない。そう実感するようになりました。
同時に、僕の中にはずっと「自ら学び舎をつくりたい」という夢がありました。それを、自分が歩んできた“野球”という道を通して実現できる、香川オリーブガイナーズという環境に出会えたことは本当にありがたいことだと思っています。
この決断にあたっては、家族とも何度も話し合いました。「これからどんな人生を歩んでいきたいのか」と、真剣にたくさん話しました。30代後半という年齢ではありますが、「せっかく生きているのだから、ワクワクする方へチャレンジしよう」と、家族で覚悟を決めて香川に来ました。
球団が『探求授業』をサポートし、早くも10校が導入
ーー地域活動にも力を入れている香川オリーブガイナーズが、今年とくに力を入れている活動はありますか?
澤村)株式会社マネーボール(香川オリーブガイナーズの親会社)としてとくに力を入れているのが、『探究授業』のサポートです。香川県内の学校に対して、この探究学習をテーマにした取り組みを展開しています。
現在、文部科学省の方針により高校では『総合的な探究の時間』という科目が必修になっているのですが、実際の現場では先生方が社会経験をあまり持っていない、つまり、企業で働いたことのない先生が多くいます。
澤村)一方で、生徒たちは“社会とつながる学び”を強く求めていて、「探究学習では自由に自分の興味あるテーマに挑戦したい」という気持ちを持っています。まさにここに、教育現場の困りごとがあります。
そこで、福山と私がこれまで鎌倉学園などで実践してきた『探究授業』のプログラムを実際の授業に応用しました。香川オリーブガイナーズを取り巻くスポーツビジネスの現場を題材にしながら、生徒が自分の関心から問いを立てて学んでいく探究型の授業。これが現在では既に県内約10校近くで導入されていて、私自身も今では毎週どこかの高校で授業を行っている状況になりました。
ーー澤村さんも最前線で教壇に立っていらっしゃるのですね!
将来的にはオリーブガイナーズの選手も教壇へ
ーーこの先の香川オリーブガイナーズ×探究学習の展望について教えてください。
澤村)私が教壇に立つだけでなく、こうした授業ができる講師を育てたいと思っていて、ゆくゆくは選手も講師ができるようにしようと思っています。選手たちは、オフシーズンは週に1回、シーズン中も月に1回『ビジネス研修』という形で、探求授業でも行っているような内容に取り組んでいます。
例えば、スポンサー企業に全員で企画書を書こう、と言ったような内容もあるのですが、こうした研修を高校生に対しても選手が教えられるようになれば、球団としての価値も非常に上がっていくと考えています。
ーー選手たちが地域の生徒たちの先生になるというのは面白いですね。
澤村)神奈川の鎌倉学園が夏に高松に来て学び、香川の学校の生徒たちと交流をする機会を作るという新たな取り組みも準備しています。
また、今球団やこの探求授業の取り組みは多くのスポンサー企業に支えていただいているので、スポンサー企業にも価値を返していきたいと考えています。授業内でスポンサー企業の方にお越しいただいて、生徒に向けて話すことにも取り組もうと考えていて、「香川にはこんなにいい企業があるんだよ」ということを伝えるきっかけになりますし、会社の理念や「なぜこの会社ができたのか」といった背景を知ることは、生徒にとっても大切な学びになります。
ーー『探求授業』を通じて、香川でも今後活躍する人材が育成されていきますね。
澤村 )まさに、香川の抱える課題のひとつに「人材の流出」があると思います。高校卒業後に県外の大学に進学し、そのまま香川に戻ってこないというケースも多いです。
でも、高校生のうちに「香川にもこんな魅力的な企業があるんだ」と知っておけば、大学卒業後に思い出してもらえるかもしれません。そのような小さなきっかけが“戻ってくる理由”の1つになるといいなと考えています。
地域貢献を通じて、選手の自己肯定感が高まる
ーー教育だけではなく、野球教室などの地域貢献活動をオリーブガイナーズでは積極的に取り組んでいると伺っています。選手が地域活動を行なう中で、印象に残っていることはありますか?
澤村)昨年、選手たちが幼稚園で野球教室を行ったときのことが印象に残っています。ユニフォームを着た体の大きな選手たちが目の前に現れて、一緒に野球をしたり、抱っこしたり、追いかけっこしたりするだけで、子どもたちが目をキラキラ輝かせて喜んでくれるんです。
有名なプロ野球選手と自分たちとを比較してしまいがちですが、子どもたちの光景を目の当たりにして、「これだけでも十分、彼らの心に残るんだな」と強く感じました。そして、そうした体験を通して、選手たち自身の自己肯定感も高まる。「自分たちは誰かの役に立てているんだ」と実感できます。
その子どもたちが後日、試合を観に来てくれたりすれば、選手たちのモチベーションもさらに上がる。こういう関わりが、選手たちの心の中にしっかりと残っていくのだと思います。
ーースポーツ選手や人としての自分の価値を、地域活動を通じて感じ取ることができるのですね!
澤村)実際に、幼稚園から「ありがとうございました」とお手紙をいただいたり、形として残るものがあると、たとえ彼らがプロに進もうと進まなかろうと、そこで得た経験や感情はきっと一生の財産になると思っています。
地域貢献は「地域の若い世代に貢献していくこと」
ーー澤村さんは地域貢献活動をどのように考えていますか?
澤村)「地域に根ざす」、すなわち「地域の若い世代に貢献していくこと」だと思っています。未来をつくるのは若者ですし、彼らにどれだけ寄り添えるかがこれからの鍵になります。
私たちが目指すのは、単なる“地域貢献活動”ではありません。香川や高松といった、私たちが生きるこの街そのものの未来に関わっていく、“まちづくり”に寄与すること。それこそが本当の意味での地域貢献であり、そして地域と球団の両方がこれからも生き残っていくための、唯一の道だと信じています。
ーー選手にとっても、地域貢献活動は今後のキャリアにつながる大きな学びがありますね。
澤村)まさにその通りで、これは結局NPB(日本プロ野球)のチームにドラフト指名されようがされまいが、僕は必要なことだと思っています。
ーー最後に今後の展望を教えてください。
澤村)私たちは、“教育”というものを非常に大きなキーワードとして捉えています。球団として教育に力を入れる中で、昨年も複数の選手がNPB入りは叶わなかったものの、スポンサー企業様に就職するという新たなセカンドキャリアを見つけました。
スポーツとそれ以外の価値。たとえば教育や地域とのつながりをどう組み合わせて、持続可能なモデルを構築できるかに挑戦し続けたいです。今、取り組んでいる教育、探求授業の形をより広げ、全国へと拡大してていけたらと思っています。
ーーありがとうございました。
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