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鈴木茂【公開インタビュー】② 日本ロック史に燦然と輝く名盤「BAND WAGON」50周年

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2025年03月25日 鈴木茂のアルバム「BAND WAGON -50th Anniversary- 2025」発売日

『BAND WAGON -50th Anniversary- 2025』発売を記念して、3月30日に “HMV record shop 渋谷店” にて開催された鈴木茂のトークイベント。後半は本格的にボーカルに挑戦した理由や松本隆の作詞についてなど、『BAND WAGON』の制作エピソードを余すところなく語ってくれた。前半の模様はこちらを参照ください。鈴木茂【公開インタビュー】① 日本ロック史に燦然と輝く名盤「BAND WAGON」50周年はこちら。

鈴木茂が語る「BAND WAGON」制作エピソード


『BAND WAGON』はアルバム9曲中7曲で鈴木茂のボーカルを聴くことができる。はっぴいえんど時代も「花いちもんめ」など自作曲を自ら歌っているが、自身のファーストアルバムで、インストではなく歌ものの曲を多く作ることになった理由はどこにあったのだろう。

――「僕がギターを弾き始めたのは中学生の頃で、1年ほどで上手く弾けるようになりました。それでこの先どういうギタリストを目指そうかと考えた時に、ギターの難しさを追求していくとジャズギターになる。でもそうじゃないとすると、ジョージ・ハリスンみたいに、曲の中に印象的なギターのフレーズを入れていく、そんなやり方もあるなと考えて、そちらの方向に行くことにしました」

「それには歌があることが前提だから、別に歌が得意だったわけではないけれど、歌があり、そこに自分のギターが入れば面白い。それで決めたんです。『BAND WAGON』を作る時も、歌もの以外に何曲かインストを入れたほうがいいよね、ぐらいの気持ちでした。ボーカルのお手本? そこはやっぱり大滝詠一さんがいましたから(笑)。とても大滝さんの真似はできないけれど、色々と勇気づけられたし、こうすればいいのかと自分なりに探って行きました」

松本隆が鈴木茂に歌詞を書く場合


『BAND WAGON』の作詞は、はっぴいえんど以来の盟友・松本隆が手掛けている。ただ、このアルバムに限らず、松本隆が鈴木茂に書く歌詞は、松本自身の心情も投影されている内容が多いようにも感じる。実際に松本も、職業作詞家としての顔だけでなく、もう少し自由に書ける、生きた言葉を発表する際、それを歌ってくれる男性の歌手として、鈴木茂と南佳孝の名前を挙げていた。

――「そうでしょ? “もっと俺のことを書いてくれよ” ってね(笑)。ただ、松本さんは書く相手をイメージして、色々なシチュエーションに置いて作詞をしたと言っていました。確かに松本さんの目を通した僕の世界か、あるいは自身の世界か? そういう仕上がりになっていますね。実際に歌ってみると、あの人の歌詞は言葉のノリがとても歌いやすい。その後も何人かの作詞家の方に作っていただきましたが、松本さんの詞が一番リズミックだと思います。ふだん作詞だけされている方の詞を見ても、パッとメロディーが浮かぶことはあまりないですが、松本さんの歌詞にはそれがある。その辺が優れているんじゃないかな」

海外レコーディングならではのエピソード


この『BAND WAGON』を制作した際、歌もの用の歌詞が足りなくなり、急遽、国際電話で松本隆に追加の歌詞を依頼したという。

――「「砂の女」もそうでした。レコーディングしたからちょっと作って、って1行目からラララ…で7語ね、という感じで字数を伝えるんです。何日かしたら電話が来て、字数にあった言葉を松本さんが伝えて、それを書き留めて、と言う流れです。あの頃の国際電話はびっくりするぐらい高かった(笑)」

時代は1970年代半ば。海外録音はおろか、海外渡航すら一般的ではなかった時代である。

――「クラウンレコードから出た制作費も、行く時に60万円ぐらいもらって行ったんです。でも、レコーディングが始まったら2日ぐらいで無くなりました(笑)。ミュージシャンもいちセッションいくらで支払うんです。しかも必ず雇ったミュージシャンたちのリーダーを決め、そのリーダーには倍額を払わなきゃいけないシステムなんです」

「当然、最初に話をしたダグ・ローチがリーダーになるわけですが、僕はそのシステムを知らなくて、後で "シゲル、足りないぞ" って言われて、最初は騙されたかと思った(笑)。それでも『BAND WAGON』はトータルで640万円ぐらいで出来上がってるんです。あの当時、日本より向こうのスタジオの方が安かったんですよ。日本は1時間で2万から3万の間、向こうは1万から2万の間なんです。それで、現地に行ってレコーディング費用とミュージシャンのギャラ、宿泊費と交通費を全部合わせても、日本でアルバム1枚作るのとそんなに変わらない。だったら、音のわかっているエンジニアがいて、すごくいい音を出してくれるミュージシャンがいた方がいいでしょう」

「BAND WAGON」を聴いて大滝詠一や細野晴臣が聴いて驚いた?


他に、ロサンゼルスでの録音で、日本との大きな違いを感じた点はどこにあったのだろう。

――「向こうはスタジオにメンテナンスのチームがいて、ハンダ付けして直してくれたり、コンソールを改造してくれたりするんです。どこも自分のスタジオのカラーをあの手この手で作っていたわけです。日本でもそういうスタジオは多少あるけど、普通は大手のスタジオ請負会社が作るから、全部同じ機材になって、スタジオごとの個性はあまりない。逆に向こうは個性が強いから、その中から自分に合ったスタジオを選べばいい。あとは正直に言うと、音に対する追求の仕方、音の仕上げ方がワンランク上でした。だから安心して任せていられるし、逆に横に座ってテクニックを盗んだりできる。そういうイコライザーの使い方があるんだ!とかね。その蓄積が今に至って自分でも色々できるようになりました」

ところで、大滝詠一や細野晴臣など関係の深い人たちが、完成した『BAND WAGON』を聴いて驚いたという話もあるが、本人たちに感想を言われたことはあったのだろうか。

――「本人には直接聞いてないです。確かに、自分が思ったように作れて、満足がいくアルバムができたわけですし、それに、はっぴいえんどの中では、僕はインストもやるし歌うこともするタイプだけど、この時期、大滝さんはあまりインストを作るイメージはないですよね。細野さんもそう。その意味では、お二人とも自分の想像の範囲を外れた部分を感じて、刺激を受けてくれたのかな、とは思っています」

鈴木茂が考える「BAND WAGON」の魅力


最後に発売から50年を経て、『BAND WAGON』が日本のロックの名盤としてこれだけ長く人々に愛される、その魅力はどこにあるのか。作り上げた鈴木茂自身はどのように考えているのだろう。

――「僕の考え方が合っているかはわからないけど、シンプルな音楽って内容が良ければ、時代を超えて、次の世代の若い人に聞いてもらえるのかなと思っています。例えばチャック・ベリーのスタイルは、本当に世代を超えて新しい人も夢中になれるでしょう。音楽って、華美な飾り付けが多くなるほど古臭くなりやすいのかもしれない。メロディアスなタイプの音楽より、もっと3コードだったり、少ない編成の音楽の方が時代を超えてくるんじゃないかなとは思っています」

「『BAND WAGON』はそういうことを意識したつもりはなく、高校生の頃の思いや、20代前半の自分が体験した音楽のビート感をミックスしたのがあのアルバムです。必要以上のダビングはせずに仕上げようとした。そのためにはミュージシャンひとりひとりの演奏がかっこよくないと成立しないんです。「砂の女」のあのドラムパターンを思いつく人って、いまだにそんなにいないと思う。あのパターンがあるだけで、たまにエレピが乗ってくる程度で、あとはカッティングしているだけで成立する。そういう作り方がとてもいいと思っています。もちろん、大滝さんの音楽などもそうだけど、メロディーの構築の仕方、仕上げ方が完璧で、その中に感情が入ることができる魔法をかけてくれる曲なら、それはそれで時代を超えていけると思います」

どこかで眠っているはっぴいえんどの新しい音源


このあと、参加者との質疑応答があり、ファンからのマニアックな質問にも気さくに答えてくれた。1人目は、以前細野晴臣のラジオに鈴木茂が出演した際、はっぴいえんどの新しい音源が見つかったこと、それを佐野史郎が知っていたことについての質問。

――「それは話していいものかどうか(笑)。でも細野さんがラジオで喋っちゃったからね。しかも “はっぴいえんどをやろうよ” なんて話になって。次の日にラジオを聞いていた松本隆さんに電話してわかったんだけど、その「海に近い駅」という曲は、新宿の御苑スタジオで録ったみたい。残っているのは2トラックのテイクで、ドラムとベースと生ギターと歌。僕のリードは生ギターです。それで、後日ナイアガラの方から、この曲にエレキギターを入れてください、と言われました。当時はクリックもリズムボックスもないから、テンポがゆったりしたり速くなったり、揺れるんです。それも悪くなくて、それに合わせてギターのフレーズを入れ、今はどこかで眠ってます(笑)」

実はもう1曲、大滝詠一の曲で残っているものがあるという。それは大滝が金延幸子に提供した「空はふきげん」を大滝自身が歌っているもので、それにもギターを入れたのだそうだ。

――「それで大滝さんの曲が2曲あるから、細野さんがあと2曲、僕が2曲作ればミニアルバムができるよね、なんて話になって、今そこで止まってます(笑)。でもその方向でいけたら面白いですよね。佐野史郎さんがそういうことをよく知っていて、佐野さん曰く「フクロウ」だったかな、細野さんの曲で眠ってるものがあるらしい。今、その曲を探しているところです。やたら詳しいんです、あの人(笑)」

もう1人は、はっぴいえんど時代の未発表曲「ちぎれ雲」をなぜSKYE(鈴木茂、小原礼、林立夫、松任谷正隆で活動中のバンド)で演奏したのか?というお話。

――「それはね、正直な話、SKYEで曲を作ろうと思ったけれど、方向が定まらなくて作れなかったんです。なんとか過去の曲でもいいから新たにレコーディングして入れて欲しい、ということになり、選んだのが「ちぎれ雲」だったんです。あの曲はスタジオ録音がなくて、ライブバージョンしかないんだけど、SKYEで演奏した時は、わざとAメロを変えているんです。でも作っておいて良かったなと(笑)」

当時の凝縮されたエネルギーと秀逸なミュージシャンたちの演奏


また、『BAND WAGON』を録音した2つのスタジオの音をミックスさせたエンジニアの力についても、追加でこう語ってくれた。

――「僕のボーカルはロスに行って録っているんです。音を膨らませて僕のボーカルを入れたんですが、ロスのスタジオのテクニックは凄くて、「夕焼け波止場」という曲だけ、僕のボーカルがざらついてロックっぽいんです。よく言えばブライアン・アダムス的な声になっている(笑)。そのやり方がいまだにわからないんだけど、マイク・ボシェアーというエンジニアは、そういうレコーディングのテクニックを持った人です」

「演奏する際、僕はダイナコンプというコンプレッサーをギターに繋いで音を出していました。それがないと自分の馴染みの音にならないし、ノレないんです。で、それを使っていたら、エンジニアのマイク・ボシェアーが “そのコンプを外してくれ" と。コンプレッサーって音を抑え込む機械だから、音の強弱がなくなって、強く弾いても弱く弾いてもアベレージの音になるんです。スタジオにいいコンプがあるから使う必要はないというんですが、"演奏する時この音じゃないと弾きづらい" って、そこは自分の要求を通しました。その後にまたコンプをかけて音を押し上げてくれたから、とってもパンチのあるいい音に仕上がりました」

50年の時を経て、さらに良い音で蘇った『BAND WAGON』。改めて今の音で聴きかえすことで、当時の凝縮されたエネルギーと秀逸なミュージシャンたちの演奏を、より一層堪能できることだろう。

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