90年代の中森明菜を代表する傑作「愛撫」ジゴロックでは小室哲哉とのパフォーマンスに期待
「ジゴロック2025」に小室哲哉と中森明菜が出演
2025年2月1日、小室哲哉のインスタグラムに中森明菜との2ショットが公開された。写真には “30年ぶりくらいでしょうか” “「愛撫」のアレンジもさせていただきます♪” とコメントが添えられ、多くの明菜ファンを狂喜させた。
また、4月19日〜20日の2日間にわたって九州・大分スポーツ公園で開催される音楽フェス『ジゴロック2025〜大分 "地獄極楽" ROCK FESTIVAL』に、-TK LEGENDARY WORKS- として、小室哲哉と共に中森明菜が出演することが決定している。
ここ数年の中森明菜は、かつての恩師や共演者とコラボレーションする機会が少しずつ増えている。2023年に林哲司のデビュー50周年記念トリビュート・アルバム『50th Anniversary Special A Tribute Hayashi Tetsuji -Saudade-』で、林が作曲した「北ウイング」をセルフカバー。2024年には、香取慎吾が明菜の「TATTOO」をカバーした際、“feat. 中森明菜” のクレジットでレコーディングに参加、11月20日にデジタル配信されている。
1990年代の中森明菜を代表する傑作「愛撫」
そして、ここへ来て小室との共演である。この報に、再び小室作曲の「愛撫」を聴き直したファンも多いのではなかろうか。何しろ1990年代の中森明菜を代表する傑作として、絶大な人気を誇る1曲なのだから。
「愛撫」は、1993年9月22日にリリースされたオリジナルアルバム『UNBALANCE+BALANCE』に収録された1曲である。全9曲のうち、「愛撫」と「NORMA JEAN」が松本隆の作詞で小室哲哉の作編曲という組み合わせ。プロデューサーの川原伸司によれば、「愛撫」はシングル化を想定して作られたそうだが、第1弾シングルとして出たのは「Everlasting Love」であり、その後1994年3月24日に「片想い」との両A面シングルという形でリリースされている。
松本隆は1991年3月25日発売のシングル「二人静 -『天河伝説殺人事件』より」が明菜への初提供作で、「愛撫」は2年半ぶりの提供作となる。松本は1980年代に松田聖子の諸作品を多く手がけていた関係で明菜とは縁がなかったが、1990年代に聖子が松本の手を離れ、ここで満を持しての登板という印象がある。
「♪愛さないでね 愛してないから」といったキラーフレーズ
タイトルからも分かる通り、1980年代後半の明菜作品に顕著な、女性の燃え上がる情念や、恋愛に溺れていく濃密な官能世界が描かれている。これに加えて孤独、諦念、失望といったハートブレイクの深さまでが表現されており、自立した女性の能動的な恋愛模様を描いてきた松田聖子とはまったく違う世界が現出している。"絹の靴に金の刺繍糸" といった色彩描写や 、夜の海を舞台にしたシチュエーションの鮮やかな描き方は松本隆ならではのもの。男女の別れがドラマチックに描かれ、恋愛映画のクライマックスシーンを見ているかのようである。
「♪愛さないでね 愛してないから」といったキラーフレーズをはじめ「♪Touch Me」というフレーズを連呼しながら、そのあとで「♪Lonely Night 触れれば触れるほど Lonely Night 遠ざかる身体」と相反する心情が描かれたりと、男を突き放していながら未練と諦めが行ったり来たりする、潮の満ち引きのような女心の複雑さが歌われている。こういう曲を歌わせたら、この時期、中森明菜の右に出るものはいなかった。
小室哲哉ブレイク前夜の提供曲
作曲・編曲の小室哲哉だが、この楽曲がシングルカットされた1994年は、コンポーザー・小室哲哉のブレイク前夜。このあとtrfや篠原涼子への提供曲で小室時代が本格的に訪れるが、その前哨戦的な位置付けの楽曲が「愛撫」だった。
Aメロ、Bメロ、Cメロ、サビと展開する上に、曲中で何度も転調を繰り返すメロディーを構築。その後の小室作品と異なるのは、低域を強調したつくりであること。サビに入ってもメロディーの高低はあまりなく、最後まで低・中音域で終始する。延々とグルーヴしていく中毒性のあるメロディーは、1990年代に勃興し始めたクラブミュージックの雰囲気も持ち合わせている。
新たな表現方法を模索していた中森明菜
1980年代の中森明菜の楽曲は、ひらうた部分が低いキーでウィスパー気味に歌い、サビでパワー全開になり、ロングトーンで締める、という形が多かった。その印象が強いため、最初に聴いた時は寸止め感が延々続き、なかなか弾けないボーカルに “いつあのロングトーンが出るんだろう” とやきもきした記憶がある。
だが、元々この「愛撫」を収録したアルバム『UNBALANCE+BALANCE』を制作する際、“裏声でも地声でもない、その中間の微妙なバランスのところで敢えて歌った” と本人が音楽誌のインタビューで答えている。意図してそれまでの歌唱法を封印し、新たな表現方法を模索していたのであり、その1つの成果がこの「愛撫」に結実したと考えていいだろう。実際、この曲をカラオケで歌ってみた方ならお分かりだろうが、かなり力のいる、極めて難易度の高い楽曲である。
今から大いに期待が高まる「愛撫」のパフォーマンス
松本隆も、小室哲哉も、そして明菜自身も入魂の1作がこの「愛撫」という曲であり、三者の個性とパワーがぶつかり合った傑作だ。しかし、オリコンシングルチャートでは最高17位。有線チャートで最高3位を記録しているものの、意外なほど低いセールスに終わっている。両A面のもう1曲「片想い」がカバー曲でバラードだったことも影響しているのだろうが、「愛撫」は埋もれてしまうにはあまりにも惜しい楽曲だった。その後も幾度となく再評価の俎上に登り、今では1990年代の彼女の代表作として、多くのファンに支持されている。
中森明菜はこの曲を何度か音楽番組で披露しているが、極め付けは1995年4月5日にフジテレビ系で放送された『'95夜のヒットスタジオ・グレートアーティスト・超豪華!春のスペシャル』でのパフォーマンス。小室哲哉のシンセサイザーと対峙しながら、黒いドレスで舞うように歌い踊る中森明菜は妖艶な美しさに溢れており、松本隆が描いた恋愛映画のワンシーンが目の前に現れたかのようだった。
あの感動的なパフォーマンスが、4月の『ジゴロック2025〜大分 "地獄極楽" ROCK FESTIVAL』で再び見られるのか。あるいは全く異なるアプローチで新たな表現を見せてくれるのか。今から大いに期待が高まる。