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世界的登山家・田部井淳子を悩ませた我が子の問題行動「あの田部井さんの息子」と呼ばれて

コクリコ

世界的登山家・田部井淳子の子育て第1回。有名人の息子の色眼鏡がつらかった長男は思春期ごろからトラブルを起こすように。数々の反抗的な行動、お詫びに奔走した田部井淳子の母なる姿とは。全3回。

【写真➡】登山家・田部井淳子の母の姿と息子・進也さんを見る

今年(2025年)10月、日本を代表する登山家・田部井淳子さんの生涯を描いた映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』が吉永小百合主演で公開されます。エベレストの女性初登頂を成功させ、晩年まで山に挑み続けた登山家としての偉業が有名な田部井淳子さんですが、その一方で反抗的な思春期の長男に頭をかかえる母でもありました。

学校をサボったかと思えば家では自分の部屋の壁に穴をあけるほど大暴れ。次々と起こる息子のトラブルに、田部井淳子さんは母としてどうしたのでしょうか。

レジェンドは自称「山歩き好きおばさん」

今から50年前の1975年、女性として世界で初めて、世界最高峰のエベレストに登頂を果たした日本人女性がいました。2016年に77歳で亡くなった田部井淳子(たべい・じゅんこ)さんです。

田部井さんは7大陸最高峰登頂踏破も世界で初めて女性で制覇するなど、さまざまな快挙をなしとげたレジェンドでしたが、本人は「登山家」という肩書を嫌い、「ただの山歩きが好きなおばさん」と自称していました。

そして実際、子育てでは我が子のやんちゃぶりにアタフタし続けた、「ふつうのお母さん」だったのです。

登山も子育ても協力し合う夫婦

1975年5月、田部井さんはエベレスト日本女子登山隊の副隊長兼登攀(とうはん)隊長として、8848メートルの山頂に立ちました。

女性としては世界で初の快挙に世界中が沸き、田部井さんら登山隊が6月に帰国した際には、羽田空港に多くの報道陣が詰めかけました。

このとき田部井さんと夫・政伸さんの間には、2歳の長女がいましたが、エベレストを目指し、ふもとのネパールで登山の準備に集中していた半年間は、自身も登山家である政伸さんが親戚の協力を得ながら子育てをしていました。

登山を通じて知り合った田部井さん夫婦は、お互いが協力し合うことで登山も人生も「2倍」楽しむために結婚したそうです。83歳になった政伸さんがこう振り返ります。

「リビングのカレンダーにどちらかが山の予定を書き込むと、お互いがその予定を最優先しようという決まりでした。だから家事も育児も、お互いが人生を楽しむために全力でやろうということも、暗黙の了解でしたね」

そしてエベレスト登頂の快挙から3年後(1978年)、長男の進也さんが誕生します。

1975年5月16日、エベレスト頂上に立つ田部井淳子さん。  ©一般社団法人田部井淳子基金

長男を苦しめた「あの田部井の息子」の視線

現在、47歳になった進也さんは、福島県出身の田部井さんが東日本大震災の被災地支援として立ち上げた「東北の高校生の富士登山」のプロジェクトリーダーを務めていますが、子どものころは、いわゆる「やんちゃ」な少年でした。政伸さんはこう振り返ります。

「本人の希望で、東京の中高一貫校に通わせたんです。自分のことを知らない学校に行きたいからって。それでも、中学校から毎週のように呼び出しをくらうようになって。

『進也君が朝から喫茶店でタバコを吸ってサボっていました』とか、『進也君がバイクを乗り回して警察に補導されました』とか、そういうことでしたね」

まるで楽しかった思い出を振り返るかのように、微笑みながら語る政伸さん。

学校から呼び出しがかかるたびに、夫婦のどちらかが校長室に駆け込み、「ご迷惑をおかけしました!」と頭を下げて始末書を書き、進也さんを連れて帰ってきたそうです。

進也さんがグレ始めたのは中学生時代だったとか。何かきっかけがあったのでしょうか。当の進也さんに尋ねました。

「地元にいると『エベレストに登ったあの田部井さんの息子』という視線をいちいち浴びて、すごく嫌だったんです。先生が𠮟るときでも『田部井さんの息子なんだから、もっとちゃんとしろ』とか。

自分にとってはごく普通の母親でしかないし、自分と母親はそもそも別の人間なのに、そういう視線の中で生きるのが、子ども心にものすごく息苦しかったですね」

進也さんが思春期に入ったころは、田部井さんのエベレスト登頂から20年ほど過ぎていました。しかしアラスカのマッキンリーやコーカサス山脈のエルブルス山など7大陸最高峰登頂踏破を1992年に成し遂げるなど、登山家としての世界的な活動が話題となり、各地での講演やメディア出演も切れ目なく続きました。

そのため「あの田部井さんの子どもなのだから、さぞ立派だろう」という周囲の好奇の視線が、容赦なく向けられたようです。

高校の進学テストにも現れず…

進也さんは小学校を卒業すると、自分の希望で自宅のある埼玉県川越市から離れ、都内の中高一貫校に進みました。

入学から数週間ほど、「田部井淳子の息子」という文脈から離れた自由な時間が続きましたが、やはりどうしても「あの田部井淳子の」という情報は、学校関係者に伝わってしまうものです。

地元の川越で浴び続けたものと同じ視線を学内で感じ始めた進也さんは、その視線を受けて、敵対的な気持ちを隠せずにいました。そのため「田部井進也は反抗的」ととらえた教員もいたようです。

中学から高校に進学する「内部進学テスト」当日。午前中が筆記試験、午後が面接試験の予定でしたが、進也さんは昼食後、学校の近くの公園で仲間とサボっていたところを高校の教員に見つかり、面接試験は受けさせてもらえませんでした。

翌日、ほかの生徒はディズニーランドに遠足に行っていましたが、進也さんは「居残り」にされました。田部井さんと一緒に学校側に謝罪し、教室で反省文を書き続けたそうです。

田部井さん自身は、進也さんの素行の要因が、ひとり歩きする自分の知名度にあることを、よくわかっていました。そのため政伸さんに「自分が登山を辞めたら、進也の気持ちは楽になるだろうか」とこぼしたこともあったそうです。

「かみさん(注:淳子さん)も、自分が原因だとわかっていたからね。でもすぐに『それは違うよね』と打ち消してました。

子どもには、他人を傷つけない範囲で好きなことをやって生きてもらいたいという思いがありましたから、自分たちが大好きな登山を辞める選択肢は、まずありませんでした」

進也さんがいらだちを爆発させ、自宅で暴れたこともたびたびありました。自宅には、当時の進也さんが暴れに暴れ、自分の部屋の壁にあけた穴が、そのまま残されています。

2000年に放送されたNHKのドキュメンタリー番組『親子で向き合うふたり旅』では、この「壁の穴」まで包み隠さず放送されたことで、田部井家の「親子関係」は、広く知られることになりました。

「かみさん、あの番組の打ち合わせで、『ありのままを映してください』ってはっきり言ってましたから。きれいにつくろうんじゃなくて、田部井家の現実を伝えることで、何かの役に立つこともあるかもしれないからって。さすがかみさん、度胸あるなあと」。政伸さんも苦笑します。

苦悩する進也さんの成長を見守り続けた田部井さん夫婦でしたが、あるとき、田部井さんが取り乱す「事件」が起きました。進也さんが、留年したため「2回目」の高校1年生生活をほぼ終えた春のことでした。

現在の田部井進也さん。「東北の高校生の富士登山」プロジェクトリーダーとして奮闘している。  ©一般社団法人田部井淳子基金

家族で朝ごはんを食べていても、起きてこない進也さんを田部井さんが起こし、進也さんも食卓へ。しかし朝ごはんを食べても、進也さんは一向に学校に行く気配を見せませんでした。

「進也君、学校はどうしたの。今日は休みなの?」と田部井さん。すると進也さんは、「学校? 辞めてきた」。何事もなかったかのように、しれっと言うではありませんか。

学校の呼び出しにはほとんど驚かなくなっていた田部井さんも、「えっ? 辞めた? なんで?」と、かなり驚いたそうです。

「当然じゃん?」とでもいわんばかりの落ち着き払った様子の息子を前に、田部井さんは学校に電話をかけ、何を思ったのか、むしろ怒った口調で教員を問い詰めました。

「うちの進也が学校を辞めてきたと言っています!」
「どうして親に確認もせずに退学届なんて受理したんですか!」
「なんだって親に連絡もせずに勝手に辞めさせたんですかっ!」

次回は、息子の突然の退学からの、親子の選択についてお伝えします。

取材・文/浜田 奈美

●「東北の高校生の富士登山」プロジェクト(一般社団法人田部井淳子基金主催)

田部井進也さんがプロジェクトリーダーを務める、東北の高校生と富士登山に挑むプロジェクト。福島県出身の田部井淳子さんが企画し、東日本大震災の翌年(2012年)からスタート。現在も全国からの寄付や支援を得て続いている。プロジェクトの詳細や寄付の宛先は一般社団法人田部井淳子基金の公式HPから。

田部井さんを知るおすすめの本

子どもに、いま出会ってほしい、101人の物語を収録した『決定版 心をそだてる はじめての伝記101人[改訂版]』(講談社)。表紙カバーには田部井淳子さん、坂本龍馬、田部井淳子、マザー・テレサ、中村 哲、ベートーベン、渋沢栄一、スティーブ・ジョブズらが登場。

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