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《4本の切ったひまわり》と映画『ゴッホ:天才の絵筆』に見るゴッホの芸術観

イロハニアート

フィンセント・ファン・ゴッホ《4本の切ったひまわり》(1887年)/クレラー・ミュラー美術館

ゴッホと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「ひまわり」ではないでしょうか。鮮やかな黄色と力強い筆づかいが印象的な、彼を代表する作品です。でも、そのシリーズの中に《4本の切ったひまわり》という少し変わった1枚があることは、あまり知られていないかもしれません。 この記事では、《4本の切ったひまわり》からゴッホの芸術観を探り、映画『ゴッホ:天才の絵筆』で描かれた彼の内面にも迫ってみます。知っているようで知らない、ひまわりに込められた想いを、ぜひ一緒に想像してみましょう。

《4本の切ったひまわり》はどんな作品?


《4本の切ったひまわり》は、1887年にフィンセント・ファン・ゴッホが制作した静物画です。一般的に知られる「花瓶に生けられた明るいひまわり」とは異なり、切り取られて枯れた4本のひまわりが飾り気なく描かれています。

フィンセント・ファン・ゴッホ《4本の切ったひまわり》(1887年)/クレラー・ミュラー美術館Vier uitgebloeide zonnebloemen

, Public domain, via Wikimedia Commons.

背景は深い藍色、花はやや暗めの黄色やオレンジで表現されており、どこか不穏で内向的な静けさが感じられます。キャンバス全体を埋め尽くすように渦を巻く筆さばきと、はっきりしない見た目の空間が特徴で、ゴッホのパリ時代を象徴する作品です。

同じモチーフを何度も描いたゴッホですが、《4本の切ったひまわり》はパリ滞在中に描かれ、よく知られる後年の「黄色く明るいひまわり」よりも、印象派や浮世絵の影響を強く受けていると考えられます。花の輪郭を強調し、背景とのコントラストを際立たせた構図から、ゴッホの試行錯誤と実験精神が感じ取れます。

フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》(1888)/ナショナル・ギャラリー, Vincent van Gogh - Sunflowers (1888, National Gallery London)

, Public domain, via Wikimedia Commons.

なぜゴッホは、枯れているひまわりを描いたのでしょうか。そこには、単なるモチーフとしての植物ではなく、生と死、希望と終わりといった、より深いテーマが込められているようにも思えます。

ゴッホが辿った画風の変化


生涯を通じて大きく変化したゴッホの画風。初期からパリ時代までの変遷を辿っていきましょう。

初期:重厚で暗い色調の作品


フィンセント・ファン・ゴッホ《ジャガイモを食べる人々》(1885)/ファン・ゴッホ美術館

, Public domain.

「父のような聖職者になる」という夢に破れ、ゴッホが画家として本格的に活動を始めたのは20代後半でした。オランダの田舎で描かれた初期の作品は、労働者や農民の生活をテーマにしたものが多く、全体的に重厚で暗い色調が特徴です。この時期のゴッホは、写実的な表現を追求し、作品に人間の苦しみや孤独を込めました。

そのころから早描きが得意だったゴッホ。生乾きの絵具の上から重ね塗りするため、下地の色と混ざってしまっていましたが、未熟ゆえの生命感に魅力を感じます。夕暮れに急かされ、絵具をチューブから直接キャンバスに絞り出すこともあったそうです。

こちらの記事では《ジャガイモを食べる人々》を解説していますので、併せてお楽しみください。

パリ時代:鮮やかな色彩と技法の吸収


1886年にパリへ移り住んだゴッホは、印象派や新印象派の画家たちと交流し、その影響を強く受けます。ここで彼の画風は大きく変わり、明るく鮮やかな色彩を用いるようになりました。明るい色の絵具を小さな点で重ねる点描技法や、浮世絵に見られる大胆な輪郭線など、新しい技法を取り入れたのです。

特に、色の対比を活かした大胆な配色は、ゴッホの作品に独特のエネルギーと躍動感をもたらしました。1886年に出した手紙には「僕は単純に花を描くことで、色の研究をしている」「青とオレンジの対比、赤と緑、黄色と紫色、野蛮な極端を調和させ、壊れていてなお中立的な色彩を探索している」と記しています。《4本の切ったひまわり》もそのひとつといえるでしょう。

ゴッホと印象派の関係性に関心のある方は、ぜひこちらの記事もご覧ください。

映画『ゴッホ:天才の絵筆』で感じる光と闇


2009年に公開された映画『ゴッホ:天才の絵筆』(原題:Moi, Van Gogh/Gogh: A Brush With Genius)は、2000点以上の作品を生み出した10年間の画家活動を、手紙と絵画から紐解くアートドキュメンタリーです。フランスの名優ジャック・ガンブランが声だけでゴッホの人生を豊かに表現しました。

「光」は、彼がキャンバスに向かうときの集中力や、技術向上をひたすら目指す姿勢、生きとし生けるものへのまなざし、自然や色彩への深い愛情として映し出されます。ときに言葉を超えたかのような表現が、筆の動きや色の選び方ににじみ出ていて、観る者の心を打ちます。

一方の「闇」は、孤独、不安定な精神状態、周囲とのすれ違いといった形であらわれます。人とのつながりを渇望しながらも、うまく馴染めない。理解されない苦しさと、それでも絵を描かずにはいられなかった衝動。ゴッホは狂気的なイメージばかり取り上げられがちですが、『ゴッホ:天才の絵筆』は人間らしい光と闇にスポットライトを当てました。

また、彼の死の真相にまつわる描写には、多くの解釈をゆだねる余白があり、わたしたちの想像力をかきたてます。生きているうちに評価されなかったゴッホが、それでも描くことを選び続けた意味とは何だったのか。この映画を通して、知っていたようで知らなかった彼の人生と向き合うことになるはずです。

「遺した作品の中にあなたは生きています」


ゴッホの人生は、決して幸福に満ちたものではありませんでした。経済的にも精神的にも苦しみが多く、彼の絵が評価されるようになったのは、亡くなった後のことです。

しかし彼が残した絵の数々は、今も世界中の人々の心を揺さぶり続けています。《4本の切ったひまわり》では、枯れたひまわりに明るさと寂しさが同居していて、観る人によってさまざまな意味を持つはずです。そして映画『ゴッホ:天才の絵筆』を通して浮かび上がるのは、「生きるとは何か」「表現とは何か」を問い続けた1人の人間の姿ではないでしょうか。

彼はもうこの世にはいませんが、キャンバスに刻んだ一筆一筆が、確かに彼の存在を物語っています。遺した作品の中に、ゴッホは今も生き続けているのです。

参考文献


『ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅』ニーンケ・デーネカンプ、ルネ・ファン・ブレルク、タイオ・メーデンドルプ(著)、鮫島圭代(訳)、千足伸行(監修)(講談社、2016)

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