【「静岡シネ・ギャラリー」海野農副支配人が薦める「年末年始に見ておきたいドキュメンタリー映画」 】 泥棒を描いた肖像画、統合失調症の姉、老人ホームの潜入捜査…。カメラが捉えた決定的瞬間
静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区にあるミニシアター「静岡シネ・ギャラリー」の海野農副支配人に、年末年始の休み期間に見ておきたいドキュメンタリー映画を3本紹介してもらった。 (取材=論説委員・橋爪充)
ベンジャミン・リー監督「画家と泥棒」
[あらすじ]
ノルウェーのギャラリーで絵画2枚を盗まれた画家が、裁判を通じて窃盗犯の一人と接点を持つ。彼は窃盗時のことを覚えていないと話す。画家は彼をモデルに絵を描きたいと依頼をする。そこから二人はさまざまな言葉を交わすようになり、互いに打ち解けていく。
[海野さんコメント]
泥棒は腕にたくさんタトゥーをたくさん入れていて、いかにも悪人のようなビジュアル。そんな泥棒が、自分を描いた絵を見た瞬間に息を飲んでボロボロ涙を流すんです。どういうものが胸に去来したかは分かりません。でも、表情が一変して涙が止まらない。これは演技ではできないだろうと思うぐらいです。
普通のドキュメンタリーだったら、エンディングになるような場面でしょうが、この映画はそれが「冒頭場面」。作品はその後の二人の人生を追います。盗んだ側、盗まれた側が特別な関係で結ばれていきます。友情とも恋愛とも違う、名前のつけようがない関係性が育まれます。
映画としてのクオリティーがものすごく高いですね。高すぎて「本当にドキュメンタリーなのか?」と疑ってしまうぐらい。仮に劇映画だったとしても、いい話にはなったと思います。ただ、ここまで心を動かされることはなかったでしょう。現実をそのまま撮ったからこその感動があります。
<DATA>※県内の上映館
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区、12月27日~2025年1月9日まで)
藤野知明監督「どうすればよかったか?」
[あらすじ]
医学部に進学した藤野知明監督の8歳年上の姉が、ある日突然事実とは異なることを叫び出す。統合失調症が疑われたが、医師で研究者でもある両親はその事実を認めなかった。実家を離れた監督は帰省のたびに家族にカメラを向けるようになるが、姉が発症したと思われる日から18年の間に状況は悪化していく。
[海野さんコメント]
すごくシビアな話です。気持ちを高めないと見に行きづらいタイプの作品ですが、この時期だからこそ見てもらいたい。こういうドキュメンタリーは何本も撮れません。すごい作品です。
両親は弟である藤野監督に対して、「(お姉さんは)大丈夫なんだ」と言い続け、医療にアクセスさせません。お姉さんはどんどん症状が悪化していきます。藤野監督は映像の道に進むことを決めて実家を出ますが、帰省のたびに状況が悪くなっていく。18年ほどそれが続き、そこからカメラを回して20年間、というのがこの作品です。
「統合失調症を描いた」というより、統合失調症を認めてくれなかった両親との20年間を記録した作品という言い方ができるでしょう。撮影を始めた時点で失われた18年があるのは確定しているので、どうしたってハッピーエンドにはなりません。家族という閉じたサークルの中で起こった出来事を見て、いろいろなことを考えさせられますね。(作品は)きれいにまとまりません。その「まとまらない」という終わり方に、しびれるんですけれど。藤野監督が自分の感情をてこにして1本作品を完成させたような感覚を覚えました。
<DATA>※県内の上映館
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区、12月27日~2025年1月9日まで)
シネマイーラ(浜松市中央区、2025年1月24日~1月30日)
マイテ・アルベルディ監督「83歳のやさしいスパイ」
[あらすじ]
83歳のごく普通の男性セルヒオは探偵事務所に採用され、老人ホームの潜入捜査を開始する。老人ホームで親が虐待されていないかを心配する依頼主に、「ターゲットの様子を密かに報告する」というミッションを与えられた。眼鏡型の隠しカメラを駆使し、暗号を用いて捜査を繰り広げるセルヒオ。無事に任務をやり遂げることができるのか?
[海野さんコメント]
2021年上映の作品。コロナ禍で劇場にお客さんが戻りきっていない時期だったので、見逃している方も多いのではないでしょうか。
これは、しっかり仕掛けを仕込むタイプのドキュメンタリーです。(ミッションに関わる)虐待の疑いは晴れていくのですが、その過程で老人ホームの中の世界が垣間見られるのが面白い。そこにある寂しさや喜怒哀楽、日常風景が見どころです。
セルヒオさんはスパイなので、入居者に聞き取り調査をするんです。いろんな人に「最近どうですか?」などと話しかけるのですが、「こんなに紳士的な人はいない」ということで、女性の入居者にめちゃめちゃモテるんです。ダンスパーティーではいろんな女性からダンスの申し出があります。こうしたユーモラスな場面もあって、ほのぼのしますね。
奥さんを亡くして元気のない生活をしていたセルヒオさんですが、スパイとして仕事をするうちに張り合いが出てきたり、みんなをだまして心苦しいなと言う気持ちが生まれてきたり。そうした姿を見ていると温かい気持ちになります。
<DATA>
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★静岡シネ・ギャラリー/サールナートホールは、同館にデジタル映写機を導入するためのクラウドファンティングを実施している。今回は2013年から使用している1階ホールの映写機を変える計画。1月9日までの期間中に1000万円を調達したい考えという。
■映画館「サールナートホール/静岡シネ・ギャラリー」のこれからのために!新映写機導入プロジェクト
期間:10月17日(木)~2025年1月9日(木)
目標金額:1000万円 ※自己資金500万円
資金用途(概算、税込み):
新規映写システム導入経費(バルコ社製)=1225万円
付帯設備(Dolby製シネマプロセッサー)=75万円
工事費(映像機器システム社)= 70万円
リターン制作費及びMOTION GALLERY手数料=130万円
▽詳細はクラウドファンディングプラットフォームMOTION GALLERYのウェブページ(https://motion-gallery.net/projects/sarnath-hall)参照