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歌舞伎座で開幕! 萬壽、新・時蔵、新・梅枝の門出に充実の舞台『六月大歌舞伎』昼の部観劇レポート

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昼の部『妹背山婦女庭訓』(左より)おむらの娘おひろ=中村梅枝、豆腐買おむら=片岡仁左衛門、杉酒屋娘お三輪=中村時蔵

中村時蔵が初代中村萬壽となり、中村梅枝が六代目中村時蔵を襲名、さらに新・時蔵の長男小川大晴が五代目中村梅枝として初舞台をふむ『六月大歌舞伎』が2024年6月1日(土)に開幕した。さらに中村獅童の長男・小川陽喜が初代中村陽喜、次男・小川夏幹が初代中村夏幹を名乗っての初舞台でもある。会場となる歌舞伎座では、スタッフが、萬屋の紋「桐蝶」をあしらった法被で賑わう来場者を案内していた。萬屋一門の勢い溢れる公演より、11時開演の昼の部をレポートする。

一、『上州土産百両首』(じょうしゅうみやげひゃくりょうくび)

新派とゆかりの深い川村花菱の脚本を、新派文芸部の齋藤雅文が演出する。

主人公の正太郎は、かつては腕のいい料理人だったが今はスリになり果てていた。ある時、15年ぶりに偶然、幼なじみの牙次郎と再会する。牙次郎は「あじゃ~」が口癖のドジな男。正太郎は、別れ際につい牙次郎の紙入れをすってしまうのだが、自分の紙入れもまた牙次郎にすられていたことが分かる。お互い盗人になっていたふたりだが、一緒に堅気になろうと決心し、浅草の聖天様の森で10年後の再会を約束する……。

昼の部『上州土産百両首』(左より)正太郎=中村獅童、牙次郎=尾上菊之助 /(C)松竹

正太郎をつとめるのは中村獅童。牙次郎とのエピソードを語る時、正太郎の表情は生き生きとし、自分も紙入れを盗まれていたと分かった時の「忌々しいなあ」という愚痴は不思議と清々しさを感じさせた。カラッとした振舞いでありながら、牙次郎へのまなざしに情の深さがしっとりと滲み出ていた。

牙次郎に尾上菊之助。行き過ぎるほどの純粋無垢が一周した、無敵の愛されキャラ。欲しいものは欲しいとハッキリ伝える真っすぐさが周囲を動かす。御用聞の勘次(中村歌六)から渡された十手を手に、喜び勇んで駆け出す時の牙次郎の花道のひっこみでは、菊之助が歌舞伎俳優だからこその身体性で楽しませ、この演目の格を上げた。

昼の部『上州土産百両首』(左より)牙次郎=尾上菊之助、隼の勘次=中村歌六 /(C)松竹

正太郎の面倒をみていた金的の与一に中村錦之助。スリの仕事に職人のようなこだわりと美学を感じさせる。与一の弟分、三次を演じるのは中村隼人。与一のもとで、正太郎とも良好な関係に見えたが、新しい人生を歩みだす正太郎を快く思っていない様子。親分子分の“盃”への価値観の違いか。堅気への憧れか。牙次郎との関係性への嫉妬か。物語に影を落としていた。

上州の料理屋では、亭主・宇兵衛(松本錦吾)と娘のおそで(中村米吉)の親しみを覚える温かさと堅実さが、正太郎が地道に働いて手に入れた暮らしを象徴する。あとは牙次郎との再会を待つばかりの幸せな時間だったはずが……。

昼の部『上州土産百両首』(左より)正太郎=中村獅童、宇兵衛娘おそで=中村米吉 /(C)松竹

獅童の正太郎から感じたのは、自己憐憫や誰かへの恨みではなく、幼なじみへのありったけの思いやりだった。それを牙次郎が全身全霊で受け止め、涙を誘う。10年前に堅気になると決めたふたりが歩いた花道を、10年後のふたりが支え合うように歩いていく。離れていた時間にも、ふたりの純情な絆が育まれ、お互いを支えていたにちがいない。客席のすすり泣きと拍手と、あの日と変わらない月灯りがふたりを包み幕となった。

二、『義経千本桜』時鳥花有里(よしつねせんぼんざくら ほととぎすはなあるさと)

『義経千本桜』は、兄・源頼朝に命を狙われる源義経の逃亡の旅路の物語。その一幕を踊りで描く。

幕があき、街道を進み視界が開けていくかのような演出ではじまった。舞台には、桜が舞う野山が広がる。心が華やぐ勢いのまま、舞台正面に中村又五郎の義経、市川染五郎の鷲尾三郎が登場する。

昼の部『義経千本桜』(左より)白拍子三芳野=片岡孝太郎、鷲尾三郎=市川染五郎、源義経=中村又五郎 /(C)松竹

義経は金の烏帽子に高貴な衣裳。又五郎は、行く末への憂いを格調高く描き出す。染五郎の鷲尾三郎は若々しく勇壮。一つひとつの動きに心と力が満ちて、「武運は必ず開けてくる」と義経を励ます言葉に有無を言わせぬ強さを感じられた。

昼の部『義経千本桜』(左より)白拍子伏屋=尾上左近、傀儡師種吉=中村種之助、白拍子帚木=中村児太郎、白拍子三芳野=片岡孝太郎、白拍子園原=中村米吉 /(C)松竹

やがてふたりの前に、白拍子と傀儡師が現れる。揚幕から中村米吉、中村児太郎、尾上左近の白拍子が進み出ると拍手が沸き起こり、正面に片岡孝太郎の白拍子三芳野と中村種之助の傀儡師種吉の登場。背景の桜もいっそう華やかに。現実離れした美しさに見惚れ、時間の流れが大きくゆったりと感じられた。傀儡師は四つの面を使い分け、緩急を織り交ぜ、義経たちのここへ至るエピソードをコミカルに描き出す。独特の求心力と途切れめのない世界観をみせた。白拍子たちと傀儡師が実は……という歌舞伎らしい見せ場も続き、舞台におさまり切らない華やかさと眩しさに満たされ、大きな拍手で結ばれた。

三、『妹背山婦女庭訓 三笠山御殿』(いもせやまおんなていきん みかさやまごてん)

六代目中村時蔵の襲名披露狂言として、時蔵が酒屋の娘・お三輪を初役で勤める。お三輪が恋焦がれる求女(もとめ)実は藤原淡海を、時蔵改め中村萬壽が勤める。求女と親密な仲の橘姫には中村七之助という配役だ。

昼の部『妹背山婦女庭訓』杉酒屋娘お三輪=中村時蔵 /(C)松竹

金の襖に黒塗りの欄干。いかにも豪華な蘇我入鹿の御殿が舞台となる。求女は、橘姫の後を追いかけてきたところ、この屋敷にたどり着いた。そして橘姫が、敵対する入鹿の妹だと知る。一緒になれないのならせめて求女に殺してほしいと願う橘姫に、求女は、入鹿から十握の宝剣を奪い返したら夫婦になろう、と誓う。

昼の部『妹背山婦女庭訓』(左より)入鹿妹橘姫=中村七之助、烏帽子折求女実は藤原淡海=中村萬壽 /(C)松竹

七之助の橘姫が顔をみせたとき、場内には明るい溜息が広がった。花道に登場した萬壽の求女は、颯爽とした若々しさ。萬屋三世代の襲名を祝福する拍手と共に本舞台へ。

命がけの約束が交わされているとも知らず、三角関係の求女を追いかけてくるのが酒屋の娘・お三輪だった。ここはどこだろう、と戸惑うお三輪がまず出会うのが、スラリと背の高い女中。お白のかつぎをとれば、片岡仁左衛門の豆腐買おむらだ。手をひかれる目鼻立ちの美しい少女は、娘おひろ。初舞台の中村梅枝がつとめる。

昼の部『妹背山婦女庭訓』(左より)豆腐買おむら=片岡仁左衛門、おむらの娘おひろ=中村梅枝 /(C)松竹

ここで劇中での襲名口上も行われた。仁左衛門の優しさ溢れるエスコートで、新時蔵と新梅枝が意気込みを述べると客席には、拍手とともに心地よい緊張感が広がった。にこにこの仁左衛門が空気を和ませ、一層大きな拍手とともにお芝居が再開した。

さらに、襲名披露狂言ならではの趣向が続く。お三輪が求女を探して屋敷の敷地をうろうろしていると、お屋敷に勤める官女が8名登場する。その8名が全員、時蔵の親類の立役なのだ。しかも中村歌六、中村又五郎、中村錦之助、中村獅童、中村歌昇、中村萬太郎、中村種之助、中村隼人という贅沢さ。揃いの衣裳だが、切り込み隊長のような官女、教育係のような官女、お局様のような官女など個性豊かに楽しませた。思わず笑いつつ、一生懸命なお三輪が不憫に思われてくるのだった。

昼の部『妹背山婦女庭訓』(左より)官女桐の局=隼人、萩の局=歌昇、桂の局=獅童、桜の局=又五郎、杉酒屋娘お三輪=時蔵、梅の局=歌六、柏の局=錦之助、芦の局=萬太郎、菊の局=種之助 /(C)松竹

はじめこそお三輪に対し、「求女なんてもうよくない?」と少し笑い、少し呆れる気持ちがあった。しかし気が付けば一途なお三輪につられて怒り、悔しくなり、悲しい気持ちになっていた。髪をさばいてからの凄味は真に迫るものがある。「未来で求女と添えることができたら」。そう願うお三輪のか細い声を聞いた時、求女が橘姫と来世までも約束していたことが思い出された。息をつめて、客席はただただ見守るしかなかった。お三輪のラストに響き渡った喝采は、新・時蔵の突き抜けるほどに研ぎ澄まされた芝居へ向けたもの。同時に、お三輪が最後に受け入れた喜びを皆で守り、痛みに寄り添うような拍手ではなかっただろうか。こんな得も言われぬ気持ちは、そうそう晴れるものではないのだが、尾上松緑の漁師鱶七(ふかしち)実は金輪五郎今国が、またたく間に豪快に薙ぎ払い、圧巻の鮮やかさでクライマックスを飾った。歌舞伎座を熱い拍手が満たし、芝居は結ばれた。

襲名披露・初舞台を祝した「祝幕」 美術:千住博  提供:TSUCHIYA株式会社

昼の部の幕間には、初代中村萬壽、六代目中村時蔵襲名披露、そして五代目中村梅枝初舞台を寿ぐ祝幕も見逃せない。日本画家の千住博が手がけたもの。千住の代名詞ともいえる画題の滝が紅白で描かれ、歌舞伎座の舞台のアスペクト比に見事にはまっている。このスケールでも強度を失うことのない調和があった。滝という古典的なモチーフにより洗練された景色を見せる祝幕は、古典歌舞伎を追求する新・時蔵の誕生にふさわしい。夜の部では、「初代中村陽喜 初代中村夏幹初舞台」を寿ぐ、ビートたけし原画・提供による祝幕が登場する。『六月大歌舞伎』は6月24日(月)まで。

取材・文=塚田史香

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