自閉症息子の「できない」が「やりたい」へ変わった!カードゲームで芽生えた自信
監修:室伏佑香
東京女子医科大学八千代医療センター 神経小児科/名古屋市立大学大学院 医学研究科 生殖・遺伝医学講座 新生児・小児医学 博士課程
ゲームのルール理解へのつまずき
スバルには基本的に教科書通りの年齢相応のおもちゃを買ってきました。そして年齢相応のおもちゃで年齢相応に遊び、スクスクと成長しました。しかしババ抜き、神経衰弱、カルタ、すごろくをクリアしたあたりから少し歩みが遅くなりました。どうやら条件によってルールが変則的になったり、心理戦的要素、戦略、臨機応変な判断など複雑化したルールにつまずいているようでした。
スバルの場合、日常生活でも曖昧なルールに臨機応変に行動することが苦手だったので、それが関係しているのかもしれません。そして言葉の裏や空気感なんて考えず、言葉を言葉の通りに受け取るスバルにとって、相手の狙いを読んだり駆け引きをするなんてことはもちろん苦手です。それを思えば仕方のないことなのかなと思いました。
何度も何度も繰り返し教えたら理解することができますが、DCD(発達性協調運動症)の不器用さもあってすごろくやカルタで遊んでいた時のようには楽しめていないようでした。まあゲームはスバルの成長に合わせてのんびりやっていこうと思いました。
自分だけゲームなどのルールが分からない
しかし家庭の中だけでなく幼稚園でも新しい遊びが登場します。
もともと先生が全体に対して話した指示が通りにくい特性があるスバルにとって、「先生がクラスのみんなに向かってルールを説明した初めてするゲーム」の理解は難しく、みんなが初見で遊ぶ中スバルはいつも右往左往していました。そんなことを積み重ね、スバルは「自分だけゲームなどのルールが分からない」と自覚するようになりました。そしていつしかスバルは大勢でするゲームを避けるようになりました。
小学生になってもそれは変わらず、すでにルールを理解しているすごろくや神経衰弱の輪には加わりましたが初見のゲームが始まると「ちょっと休憩」と言ってふらりと離れて行きました。そんな中、小学3年生の時にモンスターをゲットするテレビゲームにどハマりし、なんとモンスターをコンプリートするという偉業を成し遂げました。
攻略本や攻略サイトを参考にしながらモンスター同士の相性や戦略を考えてバトルし、さまざまな条件を満たしながら仲間を進化させ、世界中を旅しながら自らも成長するゲームです。それって初見でオセロするよりも絶対に難しくない?と思いました。ルールの理解自体は人より時間がかかるのかもしれませんが、本当はもう、私やスバル本人が思っているよりも楽しくゲームに参加できるようになっているのではないかと思いました。
そこで夫が「今なら絶対に食いつくはず」と、そのモンスターゲームのカードゲームを買ってきました。60枚のカードを使ってモンスターを戦わせ、1対1でバトルします。カードの中にはそれぞれ効果が違うサポートカードやアイテムカードがあり戦略や臨機応変な判断が必要なゲームです。しかし大好きなキャラクターのカードには興味を示したものの、夫からの「お父さんとバトルしようぜ」の誘い虚しくカードゲームをしようとはしませんでした。
スバル本人がカードゲームやボードゲームの輪に加わることをトラウマのように感じていて「ぼくにはできない」と思っているようでした。
カードゲームで友だちと遊びたい!スバルの変化
それから特にカードゲームを強要することもなく3年が経ち、6年生になったある時。放課後等デイサービス(放デイ)でそのカードゲームが流行しました。もちろんスバルは見ているだけでしたが、どうしても人数が足りなくてバトルの席に座ることになりました。その時は言われるがままカードを動かし、勝ったのか負けたのかも分からないまま終わったそうです。
そして家に帰って来てから「ルールが分からないと面白くないから、ルールを覚えたい」と言いました。まかせて!すでにカードは家にあるからいつでもバトルできるよ!今すぐ始めよう!スバルの気が変わらないうちにものすごいスピードでカードを広げバトルを開始しました。
私や夫も初心者なので3人で動画を見ながらルールを確認し、2回、3回とバトルを繰り返すうちにだいたいのルールを把握し、さらに何度もバトルを繰り返すことで細かいルールも覚えていきました。私も初めてするゲームでしたが、これがなかなか面白く、おとなげなく本気で勝負するので毎回私が勝っていました。そして1週間毎日バトルを繰り返し、スバルが私と夫に1勝ずつしたあと、自信に満ちあふれた顔で「明日、放デイでバトルに参加してくる」と言いました。
行ってこい!免許皆伝じゃ!
「やってみたい」という気持ちが自信に
放デイでのバトルは勝ったり負けたりしているようですが、スバルは勝敗に関係なく「一緒にできて楽しい」と言っています。初めてするゲームのルールが苦手なことは今も変わりませんが「やってみたい」という気持ちが形になったことが大きな自信になりました。
きっと次にやってみたい遊びができても「ちょっと練習してみようかな」と前向きに考えられるようになったと思います。スバルは今年の夏休み、いとこたちとバトルすることを楽しみにしています。私も優勝を狙っています。
執筆/星あかり
(監修:室伏先生)
心温まるエピソードを共有してくださり、ありがとうございます。スバルくんが自分なりのペースで「やってみたい」という気持ちを取り戻し、成功体験を積み重ねていく過程、とても素敵でした。ご家族がスバルくんの「できない」「分からない」といった気持ちに丁寧に寄り添われ、無理に押しつけることなく、タイミングを待ち、興味の芽を大切に育ててこられた姿勢は、お子さんの主体性を大切にした、あたたかい支援のあり方だと感じました。「今ならやってみたい」という気持ちが自然に育ち、自らルールを知ろうとする姿勢に変化していったのは、まさに内発的な動機づけが芽生えたことを示す、大きな成長の証です。
自己効力感は、「やってみたらできた」「分かって楽しかった」「一緒にできて嬉しかった」といったポジティブな経験の積み重ねによって育まれます。こうした経験は、今後の新しいチャレンジに対する心理的ハードルを下げ、社会性や対人関係の発展にもつながっていきます。これからもご家族の温かなまなざしの中で、スバルくんがさらに自信を育み、いろいろな「やってみたい!」に出合っていけることを願っています。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。