平安初期彫刻の最高傑作が東京へ ― 東京国立博物館「神護寺―空海と真言密教のはじまり」(レポート)
京都・高雄にある古刹、神護寺。奈良時代に和気清麻呂(わけのきよまろ)が建立し、後に空海が活動の拠点としたことから密教寺院へ。そのため、空海ゆかりの宝物をはじめとする、さまざまな密教美術の逸品が受け継がれています。
神護寺創建1200年と空海生誕1250年を記念して開催し、数々の寺宝を紹介する展覧会「神護寺―空海と真言密教のはじまり」が、東京国立博物館で開催中です。
東京国立博物館「神護寺―空海と真言密教のはじまり」会場入口
神護寺が位置する京都の北西部・高雄は、古くから紅葉の名所として知られます。室町時代の禅僧の日記にも、高雄に紅葉狩りに行った記述が見られます。
国宝《観楓図屏風》は、こうした高雄の観楓の様子を描いた作品です。高雄を流れる清滝川に沿って楓が並び、紅葉を楽しむ人びとが宴を催しており、右上の塔と建物が神護寺を示しています。
国宝《観楓図屏風》狩野秀頼 室町〜安土桃山時代 16世紀 東京国立博物館[展示期間:7/17~8/12]
高雄山寺と神願寺が一つになり、天長元年(824)に「神護国祚真言寺(神護寺)」が誕生。ただ、院政期には度重なる火災で伽藍が焼失し、寺宝も流出して僧侶もいなくなるなど、荒廃を余儀なくされました。
この危機を救ったのが、真言宗僧侶の文覚でした。後白河法皇や源頼朝に支援を訴え、荘園の寄進を受けて復興は本格化していきます。
国宝《伝源頼朝像》をはじめとする、神護寺に伝わる男性3人の肖像画は、日本肖像画史上の最高峰といえるでしょう。ほぼ等身大というかなり大きな絵画で、顔の描写は非常に繊細に描かれています。
(右手前)国宝《伝源頼朝像》鎌倉時代 13世紀 京都・神股寺[展示期間:7/17~8/12]
金剛界と胎蔵界、密教のふたつの世界観を図示した国宝《両界曼荼羅》(高雄曼荼羅)は、神護寺の根幹となる寺宝のひとつです。密教の宇宙観を示したもので、空海が制作を指導した、現存最古の両界曼荼羅です。
今回の展覧会を前に、2016年から6年の歳月をかけて大規模な修理を実施。その前の修理は寛政5(1793)年なので、およそ230年ぶりに美しくなった姿をご覧いただけます。
国宝《両界曼荼羅》(高雄曼荼羅)平安時代 9世紀 京都・神護寺 胎蔵界[展示期間:7/17~8/12]
神護寺には、平安貴族の美意識に基づくさまざまな作品が伝わっています。
神護寺に伝来した「紺紙金字一切経」も、そのひとつ。鳥羽上皇が発願、後白河法皇が奉納したもので「神護寺経」の通称で知られます。当初は5000巻を超えるものでしたが、2317巻が現存しています。
重要文化財《大般若経 巻第二》(紺紙金字一切経のうち)平安時代 12世紀 京都・神股寺[全期間展示]
神護寺の復興は文覚によって軌道に乗ると、弟子の上覚や、上覚の甥である明恵がさらに推進。後白河法皇や源頼朝によって寄進された荘園は、寺を経済的に支えました。
室町時代に描かれた《高雄山神護寺伽藍図》は、ひとつひとつの建物が克明に描かれた絵図です。山並みや樹木は水墨主体で表現されています。
《高雄山神護寺伽藍図》室町時代 15世紀 京都・神護寺[全期間展示]
神護寺につたわる数々の寺宝は、江戸時代後半から明治時代になると、由緒ただしき古典として重要視されていました。
ご紹介した「伝源頼朝像」「伝平重盛像」「伝藤原光能像」は、幕末に活躍した復古やまと絵の絵師・冷泉為恭も模写しています。
仁和寺に伝わる《山水屏風》は、神護寺に伝来した屏風の写しです。山水屏風の典型として神護寺本が参照されていた事を示しています。
《山水屏風》江戸時代 18〜19世紀 京都・仁和寺[展示期間:7/17~8/12]
彫刻の名品が数多く伝わる神護寺。最後の章に、貴重な彫刻がまとめて紹介されています。
国宝《五大虚空蔵菩薩坐像》は、日本でつくられた作例のうち、五体が揃う現存最古のものです。空海の後を継いだ真済(しんぜい)の代に安置されたもので、仁明(にんみょう)天皇御願と伝わります。
五体とも、品の良い顔立ちが特徴的。寺外で揃って公開されるのは、今回が初めてです。
国宝《五大虚空蔵菩薩坐像》平安時代 9世紀 京都・神護寺[全期間展示]
そして、この展覧会の白眉といえるのが、本尊の国宝《薬師如来立像》です。量感たっぷりの造形と威厳あふれる表情で、平安初期彫刻の最高傑作とされています。
神護寺は空海によって成立した真言密教の寺院なので、この薬師如来立像は前身となる寺院でつくられ、神護寺に迎えられたものです。こちらも寺外初公開となります。
(中央)国宝《薬師如来立像》平安時代 8~9世紀 京都・神護寺[全期間展示]
会場では国宝《薬師如来立像》の後ろに並ぶ《十二神将立像》も人気を集めそうです。本尊の薬師如来立に付き従う像で、神護寺本堂の中央須弥壇の左右に6体ずつ安置されています。
江戸時代につくられた10体は、鎌倉時代の彫刻にならった写実的な表現がみられ、江戸時代初期の神将形像のなかでも優れた作品とされています。
《十二神将立像》吉野右京・大橋作衛門等作 (酉神、亥神)室町時代 15~16世紀 (子神~申神、戌神)江戸時代 17世紀 京都・神護寺[全期間展示]
なんといっても、展覧会の目玉である国宝《薬師如来立像》は圧巻。正面から見た時と横から見た時では印象がだいぶ異なりますので、そういったところも会場でお楽しみいただければと思います。
書画を中心に頻繁に展示替えがありますので、お目当ての作品がある方は、公式サイトの出品リストをご確認ください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年7月16日 ]