八代目菊五郎と新・菊之助、弁天小僧菊之助で襲名披露! 音羽屋親子を寿ぐ、歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』夜の部観劇レポート
2025年5月2日(金)に歌舞伎座で、尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎、 尾上丑之助改め六代目尾上菊之助の襲名披露興行『團菊祭五月大歌舞伎』が開幕した。大名跡「菊五郎」の八代目の誕生に、歌舞伎座は初日から熱気に包まれた。新・菊五郎と新・菊之助は、「夜の部」では『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』に出演する。七代目尾上菊五郎はもちろん、八代目と”令和の團菊”となる市川團十郎も花を添える。さらに、菊之助と同世代5人による「白浪五人男」も登場。音羽屋親子二代の同時襲名の「夜の部」をレポートする。
オープニングを飾る『義経腰越状(よしつねこしごえじょう) 五斗三番叟(ごとさんばそう)』
三番叟は、おめでたい公演の幕開けに上演されることが多い演目。今月「昼の部」でも、はじめに『寿式三番叟』が上演されている。「夜の部」の『義経腰越状 五斗三番叟』は、五斗兵衛が酔っぱらいながら三番叟を披露する大らかで楽しい作品だ。
源平の戦いで、源氏を勝利に導いた義経(中村萬壽)。しかし兄・頼朝に鎌倉へ戻ることを許されず、腰越に留まることに。花道より登場するのは、手拭いを頬かぶりにした亀井六郎(尾上左近)。可憐な若衆の美しさで、力強くまっすぐに、主君義経に諫言する。実は義経はシビアな状況に追いやられている。それにもかかわらず、すっかり遊興にふけっていたからだ。「ありゃせ、よいせ」の掛け声で雀おどりが舞台を賑わし、非日常的な空気を作っていた。
家臣の泉三郎(河原崎権十郎)は、このままではいけないと考え、軍師候補を呼び寄せていた。それが五斗兵衛(尾上松緑)だった。五斗兵衛は思いのほか、おどおどと登場。不慣れな場所に戸惑っているようだが、もとは有能な武将。大坂夏の陣で豊臣方の軍師だった、後藤又兵衛になぞらえた役となっている。
錦戸太郎(坂東亀蔵)と伊達次郎(中村種之助)は兄弟だ。義経の家来でありながら、義経を陥れようと企んでいる。五斗兵衛にお酒をすすめ、軍師になる邪魔をする。松緑の五斗兵衛には、腰が低くても酔いがまわったとしても、負ける姿が想像できないタフさと安定感があった。悪い兄弟や、竹田奴たちとの掛け合いは、肩の力を抜いて楽しめる。それでいて酔ってもふらついても様になり、踊れば鮮やかに決まる。萬壽の義経、権十郎の泉三郎の存在感が、この一幕の格を上げ、より華やかなものにしていた。襲名披露公演「夜の部」の始まりに、お祝いのお酒が振る舞われたような、心が華やぐひと時だった。
二、襲名披露 口上(こうじょう)
八代目尾上菊五郎、六代目尾上菊之助の襲名を寿ぎ、舞台には特別に作られた祝幕(いわいまく)が登場。日本画家・田渕俊夫(提供:長谷萬)が描いたもので、「雲上富士」と題されている。この幕が開くと前列に、梅幸茶の裃姿の七代目菊五郎、八代目菊五郎、六代目菊之助が、その両サイドに幹部俳優が並び、後列には一門の俳優が列座する。長い長い拍手の後、七代目菊五郎の挨拶で口上がはじまった。
幹部俳優たちは大名跡襲名を寿ぎ、謝辞にそれぞれの思いを添える。松緑は、今の自分があるのは七代目のおかげと力を込め、同世代で多くの舞台をともにしてきた八代目菊五郎、そして菊之助の門出に礼を尽くしてお祝いを述べた。八代目と同い年で「生まれた時からずっと一緒」の團十郎は、襲名を「自分のことのように嬉しく思う」と語る。息子同士も同い年とあり、「なにとぞ九代目尾上菊五郎(現・菊之助)、十四代目市川團十郎(現・市川新之助)を御贔屓賜りますよう」と、だいぶ気の早い次世代へのエールで、観客を楽しませ盛り上げた。
中村梅玉は、八代目の祖父・尾上梅幸を「大恩人」とし「終生ご恩は忘れません」と語る。七代目とは「公私にわたり、良いことも悪いこともご一緒して」と親しみを込めて振り返り、自身の娘と八代目が同級生だったことも明かす。品格はそのまま、さらりとユーモアが織り交ぜられ、客席はもちろん舞台上も和やかな空気に。七代目と故・中村吉右衛門の孫である菊之助にも期待を寄せ、八代目には「同世代の成田屋(團十郎)さんや松緑さんたちとともに、歌舞伎の先頭に立って」と背中を押した。
瑞々しい声で挨拶をはじめたのは坂東玉三郎。七代目、八代目との交流に触れ、「ある日突然思いつきまして、ご一緒させていただく運びに」と、「昼の部」の『三人道成寺』に言及すると、歓迎するかのように拍手が起きた。八代目のこれまでの歩みに目を向けながら、これからの活躍に「何よりも、いずれも様のご贔屓、お引き立てがなくては叶わぬこと」と真摯に呼びかけ、親子を応援する。祝辞を締めくくるのは、坂東楽善。「親類の一人(いちにん)といたしまして、心よりお祝い申し上げます」と、一言一言に思いをのせて力強く呼びかけた。
「初代より300年。史上初めてふたりの菊五郎が誕生します」。八代目菊五郎の品のある明瞭な挨拶が響き渡る。「歴代の菊五郎が大切にしてきた伝統と革新」を大切に精進すると覚悟を述べた。それに応えるように大きな拍手が起きた。菊之助は「このような大きな名跡を襲名させていただく感謝とともに、立派な歌舞伎俳優になれますよう」と応援を呼びかけ、凛とした表情に覚悟を滲ませる。七代目菊五郎が「親子三代揃って舞台に立てることはこの上ない喜び」と晴れやかに語り、場内は多幸感に満たされた。歌舞伎の歴史の1ページに刻まれる襲名の口上は、万雷の拍手と大向うで結ばれた。
三、弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)
「浜松屋見世先」
弁天小僧が、美しい娘に化けて呉服店でお金をゆすろうとする場面。花道の揚幕が開く音とともに拍手が起き、振り袖姿の弁天小僧菊之助(八代目菊五郎)が七三へ歩みを進めるほどに、強く大きく広がった。弁天小僧という役は、狂言作者の河竹黙阿弥が、当時19歳だった五代目菊五郎にあてて書いた役。八代目菊五郎も得意とし、1996年5月に五代目尾上菊之助を襲名した時にも演じた縁の深い役となっている。
弁天小僧とともに浜松屋へ向かうのは、尾上松也の南郷力丸。弁天小僧と南郷の軽妙な掛け合いは、今どきのやんちゃな若者にも通じる親しみやすさ。だが、そのやんちゃさの陰に、生きるために悪事に手を染める盗賊の、剥き出しの荒々しさも見え隠れする。芝居の中で受け継がれてきた、時代の匂いを感じた。配役は、日本駄右衛門に市川團十郎、鳶頭清次に尾上松緑、浜松屋幸兵衛に中村歌六という贅沢さ。狼の悪次郎には片岡亀蔵、そして中村萬太郎の浜松屋倅宗之助や、市村橘太郎の番頭与九郎と手代たちが浜松屋の日常をきめ細やかに作り上げる。
弁天小僧の「知らざぁ言って聞かせやしょう」の名台詞では、客席は期待感が極まり、温度がジワリと上がるような緊張感さえあった。そしてはじまった七五調の台詞は、緊張とは無縁の心地よさ。弁天小僧の身体と台詞がひとつになり、そこから自然に、必然的に、三味線の旋律が紡ぎ出されているようだった。弁天小僧は娘の髪型で、襦袢をはだけて胡坐をかき、片肌を脱いで鮮やかな刺青を見せている。アンバランスにも思える佇まいだし、浜松屋としてはただ事ではない状況なのに、娘だろうと小僧だろうと弁天小僧は美しく、場を満たす音は、耳に心地よい調和があった。
「稲瀬川勢揃い」
八代目菊五郎が演じた弁天小僧を、「稲瀬川勢揃い」の場では、11歳の新・菊之助が勤める。さらに團十郎が演じた日本駄右衛門を、團十郎の長男・市川新之助(12歳)が勤め、忠信利平は坂東亀三郎(12歳)、赤星十三郎は中村梅枝(9歳)、南郷力丸は尾上眞秀(12歳)という、未来を担う次世代の「白浪五人男」が登場。役はもちろん、俳優としての個性も、5人それぞれ鮮やかで客席は大いに盛り上がった。このキャスティングを“未来を担う”と表現することは、大人の都合の押し付けになるのかもしれない。それでも舞台上の5人の真摯な眼差しには心を掴まれ、やはり何かを託したくなるのだった。これからも応援せずにはいられなくなる、今しか観ることができない「勢揃い」だった。
「極楽寺屋根・滑川土橋」
クライマックスは、極楽寺の大きな屋根の上で迎える。ダイナミックな立廻りの真ん中に立つのは、追い詰められた弁天小僧菊之助。ふたたび八代目菊五郎が勤める。
ツケが空気を震わせ、いくつもの梯子が交差する。舞台は一層熱をおびていく。捕手(市村橘太郎)たちが一斉に屋根から落ちた時、驚きの反応と拍手が同時に広がった。その盛り上がりが頂点のまま、弁天小僧のラストシーンへ。散り際は、華やかさと儚さに息をのむ。弁天小僧の、そして八代目菊五郎の奮闘に大喝采が注がれた。
さらに場面は「極楽寺山門」の場、そして「滑川土橋」の場へ。團十郎の日本駄右衛門はいっそう派手やかで勇壮な存在感。七代目菊五郎の青砥左衛門は、その声と佇まいが燦々とした輝きを放ち、観る者の心を明るく晴れやかにする。八代目菊五郎も伊皿子七郎となって再び登場すると、現代の團菊が揃い、歌舞伎座は特別な高揚感に包まれた。幕切れは、音羽屋! 成田屋! 七代目! 八代目! 十三代目! と大向うが折り重なり、襲名を寿ぐ惜しみない拍手が続いていた。
「昼の部」「夜の部」ともに、“今しか観られない”舞台が上演されている。『團菊祭五月大歌舞伎』は5月27日(火)まで。
取材・文=塚田史香