【インタビュー】栗原ゆう~英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の来日公演『眠れる森の美女』でオーロラ役を踊る日本人バレエダンサー
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の2025年6月の来日公演で、『眠れる森の美女』の主役・オーロラ役を踊る栗原ゆう。英国ロイヤル・バレエ学校で学び、卒業と同時にバーミンガム・ロイヤル・バレエ団に入団。トントン拍子に昇格を果たし2022年からはファースト・ソリストのポジションにある。夏の休暇期間に帰国した日本人ダンサーたちのガラ公演などではよく登場していたが、自らが所属するカンパニーと来日して全幕ものを踊るのはこれが初めてのことになる。
「ダブルキャストがゲストの方なので、私なんかで大丈夫かな……と悩みつつ、皆さんに楽しんでいただけるよう準備しています。『眠れる森の美女』のオーロラは、英国では既に先シーズンに踊っているんです。踊りに関しては基本的なところを見せていくシーンが多いので、クラスレッスン(踊るために身体準備をする基礎トレーニング)をいかに使って、動きを安定化させていくかを目標にしています。いくつかのステップが快適に出来るようになるためには、クラスをしっかりやることが効果的なんです。チャイコフスキーの音楽もよく聴いていますよ。音楽がすごく振り付にはまっているので。それこそ音を見て、踊りを聴くような感じがあの作品にはありますね」
――今回の『眠れる森の美女』は、このバレエ団の芸術監督を務めたピーター・ライトが、マリウス・プティパの振付をベースにしつつドラマティックな演出と繊細な振付を施した“ピーター・ライト版”と呼ばれるヴァージョンです。栗原さんにとって、この版の魅力や見どころというのはどのようなところにあるでしょうか?
音と振付が完璧に重なり合うところですね。あと非常に歴史のあるプロダクションですから、衣裳ひとつとっても独特の重厚さがあります。歴史的な価値がある荘厳なコスチュームは魅力的です。ただ、役によっては重すぎて大変みたいです。ウィッグも重いですしね。ホックでもファスナーでもなく、リボンで絞めていく衣裳は、一人では着られません。昔はそれできつく締められたコールドのかたが気絶したりしていたそうです。
歴史的で重厚、という点では美術・装置もそうですね。あと、ライト版ではカラボスもリラの精も踊らないんです。踊らないキャラクターの役なので。そもそもその二人が姉妹のような関係という設定なんですね。
――リラの精とカラボスが姉妹!
『眠れる森の美女』はチャイコフスキーの曲の中でも様式美があってクールなイメージですけど、ピーター・ライト版では演劇性を重視していきます。テクニックは確かに簡単ではありません。すごくクラシカルなので、踊りの次にまた踊りがあって、そういう意味ではとても「古典」です。でも、複雑なステップがテクニックを見せるためのステップかというと、そうではなくて「ステップを通じてオーロラの性格を出せるかどうか」そちらの方が重要なんです。どういうふうにステップを理解するか、理解することでストーリーを伝えていけるし、ポテンシャルが上がっていくんです。
――ジュリエットや白鳥には悲劇的なシーンがありますが、オーロラはずっと幸せなイメージで、ダークな感情表現が皆無ですよね。逆に役作りの上では難しいのかな…?
そうですね……1幕ではやっぱりまだ16歳で。色んなことに興味があって、色んなことに興奮して、初めて会う人たちには緊張もありながら、無邪気でもあるし、そこにワイルドさも加わったりする。若いから、そこまでの重みを知らないのです。ちょっと軽くてパンチがある。2幕になると幻想の存在になるので(100年眠っている)、本当にいるんだかいないんだか……(笑)。あのオーロラの場面は、本当に彼女は王子と一緒にいるのか? 見えていないけど何かを感じているのか? そういうことをお客さんに問いかけたくて、あのシーンを演じているのかも知れません。
――来日公演で王子役を踊るラクラン・モナハンさんはよく一緒にパートナーを組むのですか?
そうですね。私たちのカンパニーは結構パートナーが変わるんですけど、ラクランとは踊ってきた期間が長くなってきましたね。彼と踊るのは私にとってすごく心地いいんです。安心感がある感じで、お互い自由に楽しくリハーサルするのが好きなので、解釈について話し合いながら作っていきます。私、緊張すると結構普段やらないことをやったりするんですね。視線をいつもと違うところにもってっちゃったり。それでも、彼は対応力があるので……逆にお互い飽きないんですね。
――いいペアだと思います。『眠れる森の美女』は尺も長いですし、見ごたえがあるバレエです。踊る側にとって一番ハードな場面って、どこでしょう?
一番緊張するのは1幕1場全般で、スタミナも必要だし、ソロでたくさん踊って、オーロラの友人たちが踊った後にまた出てきて、針をもらって踊るシーンは本当にきつくて、それまで休みの時間もあまりないから、踊って(幕に)入って、また出て……の繰り返しが私にとっては一番きつい場面です。
――有名なローズ・アダージオの、絶妙なバランスをとる場面もやはり緊張しますか?
やはり難しいですが、4人の王子たちを演じる男性ダンサーにもよるんですよね。経験があるダンサーだと安心だったり……相手が動くと自分も動いてしまうシーンなので……。
――(笑)。今回ピーター・ライト版ということですが、来年はピーター・ライトさんの生誕100年にあたる年なので、本拠地では色々な祝祭が行われるのですね。
ピーター・ライトさんは公演にもよくいらっしゃって、特に彼のプロダクションの日は必ずいらっしゃいます。本当に愛が深い方で、バレエ愛が溢れているんですね。バーミンガムの初日で私が踊らせていただいた時も観に来てくださって、嬉しくてちょっと鳥肌でした。踊りを観て「ありがとう」と言ってくださって……。
――99歳でもお元気なんですね。ゆうさんご自身は、コンディションを保つためにふだんからやられていることはありますか?
リラックスすることを心がけています。最近は小さい頃に弾いていたピアノの楽譜を持ち出して、趣味で弾いています。ウェーバーの「舞踏への勧誘」やショパンの「幻想即興曲」などです。
――ピアノも達者なのですね! 10代でロンドンに留学し、バーミンガムのカンパニーに入って、英国での生活も長くなりました。
毎日曇りですし、バーミンガムは英国第二の都市だけど地味で田舎っぽい。でも、日々の暮らしには慣れました。人々もお天気のわりに陽気なところがあるし、一年のうちツアーが多いので地元に帰ってくるとほっとするんです。とてもいいところだと思いますよ。
取材・文=小田島久恵 写真=中田智章