浸水の状況見当つかず 24年前の東海豪雨 四日市市でも被害多く
2000年9月11日から翌12日に東海3県を襲った「東海豪雨」。四日市市でも、死者・負傷者各1人、床上浸水178戸、床下浸水1975戸の被害があった。
当時、四日市市中消防署で特別救助隊の副隊長として同市新正4丁目の現場で救助活動をした四日市市危機管理課の後藤明彦課長(56)は「どれだけ浸水しているか、見当がつかない状況だった」と振り返る。
火災現場での活動が終わった11日午後3時前、「道路が冠水している」との通報を受け現場へ。暴風の中到着し、救助工作車から降りた瞬間、長くつの中に水が入ってきた。その場所で水深は約50センチ、隊員一人を車に残し、無線で連絡を取りながら移動。付近の民家や事業所に「水がこれ以上増える前に避難をしましょう」と声をかけた。買い物帰りの女性をみかけ、自宅まで送り届けたりもした。深いところでは1メートル以上浸水している場所も。救助ボートへ人を乗せ、近くの近鉄新正駅へ運ぶ活動を繰り返した。
足元は水で見えず、「マンホールのふたが外れていたら危険」など注意しながらの救助活動。日が暮れ始めるとさらに救助活動の要請も増えた。到着後から続く冠水した道路上での救助活動は、交代の隊がくるまで約6時間続いた。救助した人の数は約50人、誘導した新正駅からは市が用意したマイクロバスで移動してもらったという。
後藤課長は「自宅だけでなく、勤務先、通勤や通学等、日常的に使用する道路などの災害リスクを知り、防災情報を自分事としてとらえてほしい。もしものときのことを考えるなど日頃から備えることが大事」などと話していた。
【自身も写る活動の記録写真を前に話す後藤さん=四日市市諏訪町】