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なぜ<コイ>の放流はよくないのか? 深刻な食害・病気・在来種の駆逐・他の魚の拡散

サカナト

コイ(撮影:椎名まさと)

5月5日は「こどもの日」であり、「端午の節句」でもあります。

この日には江戸時代からの風習により、日本各地の家庭でこいのぼりが揚げられ、5月の大型連休の風物詩となっています。

コイは日本の文化と密接にかかわってきた魚といえます。そのため、「今、日本にいるコイのほとんどは国外からやってきた外来魚」と話すと驚く人も多いようです。

こんにち、一般に「コイ」と呼ばれる魚は在来の型と国外から来た型のふたつの型があるとされますが、前者は後者により琵琶湖の沖合に追いやられてしまいました。

その原因のひとつがコイの放流とされています。そして、コイの放流はそのほかにも様々な悪影響があるといいます。

なぜコイの放流はよくないのか、考えてみましょう。

日本のコイは「野生型」と「飼育型」に分けられる

コイCyprinus spp.はコイ目コイ科コイ属に含まれる淡水魚です。

日本に分布し「コイ」と呼ばれてきたのは長らくCyprinus carpio Linnaeus, 1758とされていましたが、現在は日本のコイは「野生型」と「飼育型」に分けられることが多くなっています。

野生型はもともと日本に生息していたコイです。縄文時代の貝塚から出土した骨やミトコンドリアDNAの痕跡分布などから、古くは関東から九州までの各地に生息していたとされていますが、現在はほぼ琵琶湖にしか見られません。

一方で、飼育型は国外から導入された養殖系統に由来するもので、野生型と交雑することも知られています。また飼育型というのも1種ではなく、複数の系統に由来しているようで、近年はしばしば複数種に分類されることもあります。

野生型と飼育型の違いは?

野生型と飼育型の違いについては、背鰭分枝軟条の数(野生型では約21、飼育型では約18)や体形(野生型は細長く、飼育型は体高がある)、腸の長さ(野生型は飼育型とくらべて短い)などの傾向があります。

しかし、先述したような交雑もあり、この2型を外見から見分けるのはなかなか難しいところがあります。

そのため、野生型と飼育型をあわせて「コイ」とし、このふたつを分けるべきときは「野生型」「飼育型」と表記します。

コイとヒトのあゆみ

コイはユーラシア大陸において広く分布し、古くから食用として、また観賞魚として、ヒトの生活と深くかかわって来た淡水魚です。

以前飼育していた飼育型のコイ(撮影
:椎名まさと)

ヨーロッパではコイは重要な食用種であり、ドイツゴイ(カガミゴイ、Mirror carp)などのように、食用の改良品種も生み出されてきました。我が国においてもコイの食文化は琵琶湖周辺はもちろん、茨城県や長野県などにおいてよく知られています。

コイは大型になり、その力強さから様々な伝説や神話を生んできました。「こいのぼり」は一説には滝をのぼるコイの力強さにあやかったものとも言われています。

ニシキゴイのいち品種「オウゴン」(撮影:椎名まさと)

観賞魚としてのニシキゴイは日本でうまれた品種とされますが、そのニシキゴイももともとは中国にルーツがあるとされています。

中国浙江省の”Oujiang color common carp”(オウジャンカラーカープ)というものは長い歴史をもち、日本のニシキゴイと同様に様々な色や模様の品種が生み出されていますが、実は日本のニシキゴイの多くはこのオウジャンカラーカープと同じミトコンドリアDNAをもつといいます。

「コイ放流」の問題点

金色のコイ(提供:PhotoAC)

コイについては漁業権が設定されているところが多く、するとコイを増やすために増殖の義務が生じます。そのため、日本各地でコイの放流が行われているのです。

しかしながら、コイの放流については、さまざまな問題があるのが事実です。

(1)コイによる深刻な食害

「コイはおとなしい魚で、浮遊するタイプのコイのエサやら、パンやら食べている」「ブラックバス類のように在来生物に危害を加えるわけではない」と思われがちですが、これは大間違いといえます。

実際にはコイは雑食性であり、水草、貝類や甲殻類などの底生動物、小魚まで色々な生物を捕食しています。これらの生きものたちがいなくなってしまうと、生態系のバランスを崩す危険性があります。

コイのいない小川。タナゴ類を含む在来の小魚が豊富に見られた(撮影:椎名まさと)

先述した飼育型のコイは特に腸が長く、藻・植物食性が強いとされています。この飼育型が放流された池では水質が悪化し、水草が繁茂しなくなると言われています。

筆者自身も、コイのいる小規模河川と、コイがいないまたは数が少ない小規模河川でそれぞれ採集をしたところ、前者よりも後者の方が魚種や底生生物、水草が多く見られました。これも偶然ではなさそうです。

(2)コイがもつ病気の問題

2003年ごろから日本において発生したコイヘルペスウイルスは、コイ(ニシキゴイ含む)に特有の感染症です。

ヒトに感染することはありませんが、水を介して他のコイに感染するという厄介な病気で、死亡率が非常に高いことが知られています。

現在はコイヘルペスウイルス対策として、漁協の許可やコイヘルペスウイルスの検査を要するなど対策がとられていますが、ほかにもどのような病気、あるいは寄生虫を有しているかわかりません。

(3)在来個体群の駆逐

先述したように、現在わが国において、「コイ」と呼ばれる魚には従来から日本にいたもので、俗に「野生型」と呼ばれているものと、「飼育型」と呼ばれているものの、ふたつのタイプがいます。

これらのコイのうち、野生型のものは飼育型により追いやられたらしく、今や琵琶湖に残っているのみと考えられています。しかしながら、野生型のコイ最後のすみかとなっている琵琶湖においても、コイ飼育型が多く見られるようになっています。

基本的に野生型は琵琶湖の沖合に生息するのに対し、飼育型は沿岸に生息するとされていますが、実際には沖合に住んでいる野生型も沿岸で産卵し、産卵後は沖合に戻っていくとされており、交雑する可能性もあります。

このまま交雑がすすむと、在来の野生型とされる個体群が絶滅するおそれもあります。

(4)放流にほかの魚が混ざる

コイを放流するということは、コイだけが放流されるわけではありません。

先述のようなウイルスなどの病気や、寄生虫などがコイと同時に放たれるほか、他の魚がコイと一緒に放流される可能性もあります。

たとえば、コイ科モツゴ属のモツゴという魚は元々フォッサマグナ地帯以西の本州・四国・九州に生息していたと考えられていたものの、現在は関東地方や北海道にも見られるようになりました。

岐阜県産モツゴ。移入の個体群と考えられ在来のウシモツゴへの影響が心配(撮影:椎名まさと)

実際に、筆者がコイを養殖していた池の中にも、いつの間にかモツゴが侵入していたという事例がありました。

このとき養殖していたコイは屋外の池や河川に放流されることはありませんでしたが、このようにモツゴがコイを飼育している池に入っていると、そのモツゴもコイの放流にまざり、知らぬ間に池や河川に放流されてしまうということが考えられます。

モツゴによく似た種であるシナイモツゴウシモツゴといった魚もいますが、これらの種は個体数がかなり減少しており、モツゴとの競合などでこれらの種が絶滅してしまうおそれもあります。

また、ほかの魚の放流に混ざって分布を広げた魚としてはコイ科バラタナゴ属のタイリクバラタナゴがよく知られています。

この魚は中国から「四大家魚」と呼ばれる大型食用魚(ソウギョ・アオウオ・ハクレン・コクレン)の導入に伴い日本に入って来たとされています。

岐阜県のタイリクバラタナゴ(撮影:椎名まさと)

強い繁殖力のほか、その後の予期せぬ導入(イケチョウガイなどの貝を導入した際に本種の卵がついていた、タナゴ釣り師や無責任な飼育者による放流)もあるなどしたため、現在は在来の亜種ニッポンバラタナゴを競合や交雑により絶滅させた地域もあります。

筆者の経験では、コイやヘラブナが放流された釣掘のなかに、タイリクバラタナゴが生息していた事例もありました。コイやヘラブナの養殖池の中にタイリクバラタナゴが混ざっていた可能性もあり、これらの魚の放流も、タイリクバラタナゴが分布を広げた一因となっているのかもしれません。

(5)教育的な問題ほか

筆者は、これが一番深刻な問題ではないかと思っています。

ニシキゴイをふくむコイの放流については、漁業権種の放流もありますが、「子どもたちに魚のことについて学んでもらう」という教育の一環として行われていることもあるようです。

また、放流を報じた新聞記事の中では「子どもたちの生き生きした表情」などと、この放流を子どもたちが楽しんでいる様子が浮かぶような表現がなされることが多いです。

実際に放流を楽しんでいる子どもたちが多いのも事実でしょう。しかし、この放流を「楽しい」としてしまうと、将来的に“ほかの魚も放流するような人”になってしまうおそれがあるのではないでしょうか。

現代の生物多様性への知見は、30〜40年前のそれとは大きく異なっています。その知見をアップデートして、のちの世代につなげていくことがこれから必要とされる教育になるのだと思います。

生きものの放流は原則<避けるべき>

近年は「自然体験」など称して、子どもたちに海や河川、湖沼などに魚や水生生物を放すことも多くあります。しかしながら「自然体験」で放流を体験してしまうと、「放流はいいこと」という風に思ってしまう人も出てくるかもしれません。

ここまでに挙げたほかにも、未知の悪影響を及ぼす可能性(フランケンシュタイン効果)もあります。

これからは、「自然体験」というのであれば、生物の採集や保全のための池の造成、外来生物の駆除など、放流をともなわない体験をさせるべきではないでしょうか。

放流がどうしても必要であるという場合も、「自然体験」として子どもたちに放流させないようにする必要があると考えます。

(サカナトライター:椎名まさと)

参考

荒俣宏.2021. 普及版 世界大博物図鑑2 [魚類].平凡社,東京.

藤岡康弘・川瀬成吾・田畑諒一 編. 2024. 琵琶湖の魚類図鑑.サンライズ出版.彦根.

中坊徹次編. 2018. 小学館の図鑑Z 日本魚類館.小学館.東京.528pp.

中日新聞 コイの放流 各地で行われているけれど……生態系への悪影響懸念、専門家「環境教育としてもよくない」

コイヘルペスウィルスに関するQ&A 農林水産省

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