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KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『リア王の悲劇』稽古場レポート~「これまで誰も観たことのないリア王」との邂逅

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リア王を演じる木場勝己~『リア王の悲劇』稽古場にて

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『リア王の悲劇』が2024年9月16日(月・祝)から10月3日(木)まで、ホール内特設会場にて上演される。

「リア王」には、1608年出版の四折版(クォート版=Q)『リア王の物語』と、1623年の最初のシェイクスピア戯曲全集(フォーリオ版=F)『リア王の悲劇』があり、2つの版本を合わせた折衷版が“現代版”「リア王」として上演され続けてきた。今回は、これまでの「リア王」とは異なり、河合祥一郎による新訳のフォーリオ版を、日本で初めて舞台化。ミュージカルからストレートプレイまで多彩な作品を手掛けてきた、演出家・藤田俊太郎が初めてのシェイクスピア作品に挑む。なお、今回の上演では時代をキリスト教が入ってくる前の3~5世紀のブリテンに設定することで、人間としての在り方や尊厳を見つめ直し、2024年の現在に問うべきテーマを多義的かつ豊かに表現するという。

初日まで1ヶ月ほどとなった8月某日、劇場内に併設されている稽古場を訪れた。稽古が始まるまで、俳優陣はストレッチをしたり、セリフや転換の確認をしたりと各々の時間を過ごしていた。一方、演出の藤田は、前日の稽古で気になったことや変更点などを個別に伝えにいったり、スタッフと簡単な打ち合わせをしたりと忙しなく動いていた。現場を率いる上でやることが多いのはもちろん承知しているが、それにしても軽やかに、そしてフランクに稽古場を歩く藤田を見ていると、マメな人だな、稽古場が好きなのだなと思う。

藤田俊太郎(演出)~『リア王の悲劇』稽古場にて

この日は、第一幕の一場から二場までを通すところから始まった。

オープニングに流れるのは宮川彬良の曲。小気味良いリズムをベースに、何かを物語るようなメロディライン。「ここから始まる」という高揚感が高まる。「皆の者よく聞け!これまで秘密にしておいたことを発表しよう!」。幕開けと共に舞台中央に見えたのは、タイトルロールのリア王を演じる木場勝己。藤田がとあるインタビューで「リア王自身、自分がいったい何者か、某(なにがし)なのかを問う物語。大筋は、古代ブリテンを支配していたリアが、財産分与をして世代を受け継がせるわけですが、その時に彼は支配する側から1人の人間になるわけです。その後自分はいったい何者か、某(なにがし)なのかを問うていく物語です」と語っているが、まさにその重要な場面である。御年74歳の木場だが、その渋みと威厳のある声と佇まいは圧巻。豊富な芝居経験を思わせた。

リア王を演じる木場勝己~『リア王の悲劇』稽古場にて

「おまえたちのうち誰が、わしを最も愛しているか」というリアの問いに対して、長女のゴネリル(演:水夏希)、次女のリーガン(演:森尾舞)、そして三女のコーディーリア(演:原田真絢)が答えていく。きれいごとを並べる姉たちとは違って、コーディーリアは正直な思いを述べるが、リアは激怒し、コーディーリアを勘当する。翻訳の河合が「クォート版ではゴネリルとリーガンという二人の娘が御伽噺に出てくるような類型的な悪女であったのに対して、フォーリオ版では二人がより人間的に描かれ、作品の深みが増している」と話している通り、水のゴネリルと森尾のリーガンはとても魅力的。特にフランス王とコーディーリアが去った後の二人の会話は生々しく、二人の声色の違いもあってか、とても強さを感じた。また、原田のコーディーリアは「若くして、お父様、真実を申すのです」というセリフに象徴されるように、若くありながら芯の強さが感じられた。

二場は、副筋となるリア王の家臣・グロスター伯爵(演:伊原剛志)一家のシーン。グロスター伯爵の私生児であり、後継ぎの座を狙うエドマンド(演:章平)の独白から。エドマンドは、父とのやりとりを経て、グロスター伯爵の嫡子でありエドマンドの策略により追いやられるエドガー(演:土井ケイト)とも会話を交わす。目まぐるしい展開で、一言も聞きもらせないセリフの応酬が続くが、それぞれ俳優の集中力が素晴らしく、観客の視線を吸い寄せる。ウィットに富んだ章平の芝居も、勢いと憂いが共存する伊原の芝居も見どころだが、今作ではエドガーを女性が演じるところが特徴的。そのキャスティングの理由を藤田はインタビューで「グロスター伯爵には私生児のエドマンドという子どももいますが、グロスターの言動から、彼の物事の捉え方なら、嫡子(=エドガー)であれば女性でも家を継がせてもおかしくない、と考えました」と説明している。藤田の演出作品に何度も出演している土井ケイトならば、しっかりとその役割を理解し、期待にも応えてくれるだろう。

続いて、第一幕四場の稽古。追放されながらも姿を変え支え続けるリア王の家臣・ケント伯爵(演:石母田史朗)とリアの会話から始まり、道化(演:原田真絢)の“歌”とコロスたちの“群舞”が印象的な場面。明らかにこれまで紡がれてきた、ある種の重厚感ある芝居とはテンポが違うのだ。そもそも道化という存在は何なのか。なぜコーディーリア役と道化役を同じ役者が演じるのか。いろいろと考察は深まるが、そんなことは一旦横に置いておいたとしても“楽しい”場面である(とはいえ、リアが「誰かわしを知っている者はおるか?これはリアではない」などと口にするように、リアの立場が転覆していく重要なシーンでもある!)。


一部しか見ていないので、全貌は分からない。ただ、個人的には今までの「リア王」とはどこか違う印象を受けた。キリスト教の価値観から離れた時代設定で、女性性が色濃く感じられたからだろうか。とにかく開幕にあたり、木場が寄せていた「これまで誰も観たことのないリア王をご覧に入れたいと、無謀な夢を見ております」というコメントが現実のものとなりそうだ。

そのほかの出演者は、コーンウォール公爵/新川將人、オールバニ公爵/二反田雅澄、オズワルド/塚本幸男、稲岡良純、入手杏奈、加茂智里、河野顕斗、宮川安利、柳本璃音、山口ルツコ、渡辺翔。未見でも、未読でもストーリーラインはある程度追えるはず。シェイクスピアのファンはもちろんであるが、「シェイクスピアは難しそうだから......」と何かと敬遠してきた観客のみなさんにもこの機会に観てほしいと思う。

取材・文:五月女菜穂  撮影:宮川舞子

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