『一旦木綿、紙舞、機尋〜』ペラペラの紙と布にまつわる妖怪伝承
「薄いもの」と聞いて、まず思い浮かぶのは紙や布であろう。
紙は文字を記す媒体として、あるいは物を包む包装材として、古来あらゆる場面で用いられてきた。
一方の布もまた、衣服の材料にとどまらず、帳(とばり)や包帯など多様な用途に活かされ、人間の生活に深く根を下ろしてきた存在である。
だが、こうした「薄く柔らかいもの」が、神話や怪異の世界ではしばしば異なる意味を持つ。
時にそれは、人間社会に災いをもたらす妖しのものとして語られてきた。
今回は、紙や布という「薄さ」を武器に変え、人々を惑わせてきた怪異たちの伝承をいくつか紹介したい。
1. 一反木綿
一反木綿(いったんもめん)は、鹿児島県高山町に伝わる妖怪である。
方言学者である野村伝四(1880~1948年)が著した『大隅肝属郡方言集』にて、その存在が言及されている。
その姿は名前そのままに一反(長さ約10.6m・幅約30cm)の木綿のようであり、夜になるとヒラヒラと漂い現れて、人間に襲い掛かるのだという。
10mとはかなりの長さである。そんなものが夜遅くにフワーッと襲い掛かってくるのだから、想像するとなかなかに恐ろしい。
顔面を覆われたら、窒息死は免れないだろう。
このように、一反木綿は鹿児島のごく一部で語り継がれていた非常にローカルな妖怪であったが、かの妖怪漫画家・水木しげる(1922~2015年)が独特のタッチで描き、さらに『ゲゲゲの鬼太郎』に登場したことで、一躍人気妖怪へと躍り出た。
今日では、鹿児島訛りの気さくでユーモラスな妖怪として知られる一反木綿であるが、それはゲゲゲの鬼太郎という作品内の設定に過ぎず、本来は危険な妖怪であることを忘れてはならない。
もし夜間に、ヒラヒラと舞い飛ぶ物体を見かけても、近づかない方が良いだろう。
2. 紙舞
紙舞(かみまい)は、その名の通り、紙を舞い飛ばす妖怪である。
民俗学者である藤沢衛彦(1885~1967年)の著作『妖怪画談全集 日本篇 上』によると、この妖怪は神無月(10月)に現れ、紙を一枚ずつ飛び散らかすのだという。
一見、風で紙が飛んだだけにも見えるが、神無月限定で出没するというところがミソであろう。
神無月には、日本中の神々が出雲(現在の島根県東部)に集まるとされているので、妖怪たちは神罰を恐れずに好き放題できるというわけだ。
3. 機尋
機尋(はたひろ)は、妖怪絵師・鳥山石燕(1712~1788年)の著した妖怪図鑑『今昔百鬼拾遺』にて言及されている。
石燕による解説を意訳すると、以下となる。
(意訳・要約)
とある夫婦の妻が、家に帰ってこない夫に激怒しながら織物をしていた。
その怒り・憎しみの感情が、やがて織っていた布に変化を与えた。
布は恐ろしい姿の蛇と化し、夫の行方を追い続けた。
まるで「自君之出矣不復理残機」という詩のようではないか。
「自君之出矣不復理残機」とは、唐代の中国の詩人、張九齢(678~740年)が詠んだ詩からの引用であり、「あなたがいなくなってから、残った織物を織る気にもなれない」という、女の切ない心情が描かれている。
「機」とは織物を作る道具のことである。
「尋」は長さを表す言葉であり、一尋は両手を広げたくらいの長さ、すなわち約1.8mだとされている。
この妖怪は、織物道具の機と、伝統芸能において大蛇の大きさを表す「二十尋(はたひろ)」という言葉を掛け合わせて、石燕が創作した妖怪だと考えられている。
4. 蛇帯
蛇帯(じゃたい)もまた『今昔百鬼拾遺』にて語られる、先述した機尋とよく似た妖怪である。
着物の帯が、蛇のごとくクネクネしている姿で描かれている。
石燕の解説は以下の通りだ。
(意訳・要約)
晋代中国の張華(232~300年)が著した『博物志』には「帯を敷いて眠ると蛇の夢を見る」とある。
嫉妬に狂った女が三重に巻いた帯ともなれば、最終的には七重にも巻きつく、凶悪な毒蛇に変化してもおかしくはない。
女と男の間には垣根のようなものがあって、恋心は得てして伝わらないものである。
そりゃあ女も、情念で蛇のように体をクネクネさせるだろう。
この妖怪は、「邪心」と「蛇身」の語呂合わせにより創作された妖怪だと考えられている。
また、蛇は古来より、女の嫉妬や憎しみのモチーフとされるものである。
かの「安珍・清姫伝説」も、僧侶にフラれた女が怒りで蛇と化し、追いかけて焼き殺すという話として名高い。
5. 吸血毯
吸血毯(きゅうけつたん) は、中国に伝わる怪異である。
雲南省シーサンパンナ・タイ族自治州の湖に、この怪物は生息しているとされる。
その名が示すように、絨毯のように平べったい形をしており、さらには体中に口が生えているという、身の毛もよだつ姿であると伝えられている。
普段は水面にプカプカと浮いており、一見すると水草やアオコ(植物プランクトンの塊)にしか見えないという。
不用意に水辺に近づいた獲物を水中に引きずり込み、全身の口で噛り付いて、血を吸い尽くし殺すとされる。
一説によると、その正体は東南アジアの河川に生息する、「プラークラベーン」という超巨大なエイではないかといわれている。
また、南米にはクエーロという、吸血毯とよく似た怪物の伝承が語り継がれており、その関連性を指摘する声も一部では存在する。
参考 : 『大隅肝属郡方言集』『今昔百鬼拾遺』『妖怪画談全集 日本篇 上』他
文 / 草の実堂編集部