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「放屁論から男色本まで」平賀源内のあまりに破天荒すぎる創作世界とは

草の実堂

画像:「風来山人放屁論」『放屁論』(東京都立中央図書館所蔵) 出典: 国書データベース,https://doi.org/10.20730/100029411

「戦いのない大河」とも評され、これまで歴史に関心のなかった層からも「おもしろい」と高い評価を受けているNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』。

先日放送された第16話「さらば源内、見立は蓬莱(ほうらい)」では、巧みな脚本と安田顕さんの迫真の演技によって、平賀源内の壮絶な最期が描かれ、多くの視聴者に深い余韻を残しました。

画像 : 平賀源内 平賀源内の肖像画 木村黙老著『戯作者考補遺』(写本)より public domain

一般的に源内は、「天才発明家」や「エレキテル」「土用の丑の日」のイメージで知られていますが、今回のドラマをきっかけに「牢で亡くなったとは知らなかった」「男色家だったとは意外だった」と、彼の人間像に新たな関心を寄せる人が増えているようです。

実際、平賀源内は発明家でありながら、本草学者・蘭学者・文筆家など多彩な顔を持つ人物で、語り尽くせないほどのエピソードが残されています。

今回はその中でも、源内がさまざまなペンネームで記した文章に注目してみたいと思います。

「金に困ってるから買ってくれ」直球すぎる広告

時は明和6年(1769年)ごろ、平賀源内が手がけたのが、歯磨き粉「漱石香(そうせきこう)」の引札(広告チラシ)でした。

依頼主は薬種商の恵比寿屋兵助で、源内はこの製品のキャッチコピーを引き受けたのです。

この出来事はNHK大河ドラマ『べらぼう』の中でも描かれており、源内が書いたユーモアと皮肉に富んだ広告文が話題を呼び、「日本初のコピーライター」と称されるきっかけにもなりました。

「漱石香」とは、文字通り“石で口をすすぐ”という意味を持ち、当時は木炭や貝殻の粉末などを使った歯磨き粉が一般的でしたが、その中でも特に高品質と評されていた商品でした。

源内の死後、狂歌師として知られる大田南畝(おおたなんぼ)が、源内が書いた引札文を収集・編纂して『飛花落葉(ひからくよう)』という書物を出版しています。

その中で、源内は「はこいり はみがき 漱石香 はをしろくし 口中あしき匂ひをさる」と、商品の効果を率直かつ印象的に謳っています。

画像:『飛花落葉』の「漱石香」のページ 平賀源内(風来山人)著 大田南畝編 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ

源内が書いた引札文は、「トウザイ、トウザイ……」と、まるで芝居の口上のような文句で始まります。

その後に続くのは、いかにも源内らしい率直で飾らない言葉でした。

実は隠すのは野暮なんで白状しますが、この漱石香は効くと評判です。ただ、私自身には効くのかどうかよくわかりません……正直に言うと、お金が欲しいので売り出すことにしました。(※意訳)

と、本音をあっけらかんと語っています。

さらに、「もし使ってみて効果がなかったとしても、大した損ではありません。私のほうは、ちりも積もれば山となるのです」と書き加えるあたりは、皮肉と商魂が同居した源内独特の文体です。

これが江戸っ子の失笑を買いつつ「仕方ないから買ってやるか」という親切心と購買欲をそそったそうで、漱石香は大ヒットしたそうです。

もち・もち・もち……ラップ調の広告文句

源内は、安永4年(1775年)には「音羽屋多吉の清水餅」を宣伝する広告文の制作も手がけています。

こちらの引札文も、『飛花落葉』に収録されており、ユーモアと言葉遊びに満ちた内容が印象的です。

画像:「音羽屋多吉の清水餅」『飛花落葉』public domain

冒頭は「世上の下戸様方へ申上候。」という丁寧な呼びかけから始まり、

目出たきことにもちいの鏡子もち、金もち屋敷もち。道具に長もち、魚に石もち、廊に座もちたいこもち、家持(やかもち)は歌に名高く、惟茂(これもち)武勇かくれなし。

と、次々に“もち”を掛けた語呂合わせが連ねられていきます。

その語調は、まるで現代のラップを思わせるほどリズミカルで、洒落っ気にあふれた内容です。

さらに、

かかあもやきもちうち忘れ、尻もちついてうれしがるよう、重箱のすみからすみまで木に餅のなるご評判願い奉り候。以上。

と締めくくられています。

「酒の飲めない下戸の旦那も、清水餅はめっちゃ美味しいし、仕事もうまくいくし。やきもちやきの嫁も尻餅ついて喜ぶよ」といような、思わず笑ってしまう内容になっています。

ユニークなペンネームを使い分ける

そのほかにも源内は、皮肉やユーモアがこもったペンネームで、さまざまな作品を世に出しています。

その中でも特に源内の自嘲がにじむのが、「貧家銭内(ひんか ぜにない)」という名です。

この名は、源内が極貧の中で、細工物や書き物を切り売りしながら何とか暮らしていた時期に用いていたとされています。

NHK大河ドラマ『べらぼう』第2話でも、吉原細見『嗚呼御江戸』の編者・蔦屋重三郎が、源内に仕事を依頼しようと奔走する中で、偶然厠(かわや)で出会った男が「貧家銭内」を名乗るくだりが描かれました。

たしかに、当時の源内は着物もすり切れており、見るからに生活が苦しそうな風貌でした。

また、源内は安永3年(1774年)に刊行された吉原の遊女案内書『細見嗚呼御江戸(さいけんああおえど)』の序文を、「福内鬼外(ふくきちがい)」という別のペンネームで執筆しています。

画像:鱗形屋孫兵衛による 『吉原細見』元文5年 public domain

この「福内鬼外」は、福を内に、鬼を外に――という縁起の良いようで風刺も感じさせる名で、源内が用いた筆名の中でも特に知られたものの一つです。

『細見嗚呼御江戸』の序文では、

女衒女を見るに法あり。一に目、二に鼻筋、三に口、四にはえぎわ、次いで肌は、歯は……

と、遊女を品定めする際の“基準”を並べ立てるところから筆を起こします。
その語り口は辛辣で皮肉に満ちており、読む者をはっとさせる内容です。

そして最後には、

ところが、引け四つ木戸の閉まる頃、これがみな誰かのいい人ってな

と締めくくられており、通いつめた男たちへの皮肉まじりの一言で幕を引いています。

この序文が、生粋の男色家として知られる平賀源内によって書かれたということもあり、当時の江戸では大きな話題となりました。

生粋の男色家である源内による「吉原ガイドブックの序文」とあり、好奇心旺盛な江戸っ子の間で大いに話題となったのでした。

現代でも人気の『神霊矢口渡』

福内鬼外のペンネームでは、人形浄瑠璃の脚本も書いています。

これまでに確認されているだけでも9作ほどを手がけており、その中でも最も知られているのが、初期の代表作『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』です。

この作品は、現代でも人形浄瑠璃や歌舞伎で上演されるほどの人気を誇っており、江戸時代の義太夫狂言の中でも名作のひとつに数えられています。

物語の題材は、軍記物語『太平記』に登場する新田義貞の一族にまつわる悲劇を元にしており、武家の忠義や因縁、霊験といったテーマが巧みに織り込まれた作品です。

源内の幅広い教養と脚本力がうかがえる一作といえるでしょう。

画像:新田義貞像(藤島神社蔵)public domain

閻魔様が歌舞伎役者に惚れ込む男色戯曲

さらに源内は、宝暦13年(1763年)、36歳のときに「風来山人(ふうらいさんじん)」のペンネームで、『根南志具佐(ねなしぐさ)』と『風流志道軒傳(ふうりゅうしどうけんでん)』という2つの戯作を相次いで発表しました。

一説には「天竺浪人」という別名義で執筆したとも伝えられています。

『根南志具佐』は男色物の戯曲で、当時の人気歌舞伎役者・荻野八重桐(おぎの やえぎり)が隅田川で舟遊びをしている最中に溺死した事件をベースにした話です。

物語では、男色嫌いで知られる地獄の閻魔大王が、「菩薩もかなわぬ美しさ」と称された江戸の人気女形役者・二代目瀬川菊之丞に心を奪われるところから展開していきます。

画像:男色家であった平賀源内との仲が有名だった瀬川菊之丞 (2代目) public domain

この瀬川菊之丞は実在の人物であり、当時の江戸ではまさに“インフルエンサー”と呼べる存在でした。

源内との関係も広く知られており、彼が深く思いを寄せた相手であったことは多くの史料に記されています。

本作は、単なる男色文学にとどまらず、幕政の腐敗や社会の矛盾を痛烈に風刺した内容でもあり、その風刺精神が読者の関心を集め、江戸で大きな反響を呼びました。

一方で、『風流志道軒傳(ふうりゅうしどうけんでん)』は、浅草寺の境内に小屋を構えていた実在の人気講釈師・深井志道軒をモデルにした、架空伝記風の作品です。
実在の人物を題材としていたため、源内は出版前に志道軒本人の了承を得ようと、茶屋に招いて礼を尽くしたと伝えられています。

礼を尽くすために上下の正装で作品の朗読をしたものの、冒頭で志道軒を「おおたわけ」呼ばわりしてしまい「後で手直ししますから」と誤ったとか(大田南畝『金曽木』)。

こちらの本も、志道軒の伝記にからめて為政者や儒学者などエリート層への痛烈な批判が含まれていたそうです。

内容は、中国の地理書『山海経(せんがいきょう)』などに載っている不思議な島々を巡る話「島巡り伝説」をベースにした冒険譚で、主人公の浅之進(志道軒の幼名)が、世界中のワンダーランドを旅してまわる内容です。

源内の蘭学者としての事情通ぶりが感じられます。

画像:『山海経図絵全像』の女媧 public domain

自由自在に「屁」を出す男の話

さらに源内は、なんとも奇抜な題材を取り上げた書物も残しています。

その名も『放屁論(ほうひろん)』。

タイトル通り、「屁」に関する論考ですが、ただの冗談や戯言ではありません。

この本では、江戸の両国橋で人気を博したという「霧降花咲男(きりふり はなさきお)」という曲芸師の話が語られます。
彼は、自由自在に屁を出し、その音の高低や長さ、強さを自在に操って観客を楽しませるという芸を持っていたそうです。

源内がこの芸にどれほど感動したのかは定かではありませんが、『放屁論』ではこの曲屁芸人を題材に、放屁そのものを言葉遊びや分類で論じながら、どこか真面目な口調で書き進めています。

画像:「風来山人放屁論」『放屁論』(東京都立中央図書館所蔵) public domain

漢にては放屁といひ、上方にては屁を“こく”といひ、関東にては“ひる”といひ、女中は都ておならといふ。

という一文から始まり、それぞれの言い方に対する観察がユーモラスに綴られています。

さらに放屁の“音”にまで分類が及び、

その音に三等あり。ブツと鳴るもの上品にして其形圓く、ブウと鳴るもの中品にして其形いびつなり。
スーとすかすもの下品にして細長くして少しひらたし。是等は皆素人も常にひる所なり。

と、屁の音を三段階に格付けし、形や印象まで論じています。

一見すると、馬鹿馬鹿しい内容のように思えますが、実際にはこの言葉遊びの中にも、身分制度や常識を風刺する意図が込められています。

誰もが日常的に行う行為を題材にすることで、「上下の差」や「格式の虚しさ」といった社会構造を浮かび上がらせる、源内らしい風刺文学といえるでしょう。

100人のサムライと女中が交わる壮大な好色本

明和4年(1767年)、平賀源内が40歳のときに刊行された艶本『長枕褥合戦(ながまくらしとねかっせん)』は、異色の物語として知られています。

舞台は源頼朝亡き後の鎌倉幕府。お家騒動に絡めて、強精薬の原料となる“淫水”を調達するため、若侍100人と御殿女中100人が一斉に交わるという、壮大なスケールが特徴です。

また、男色をテーマにした作品も数点残されており、源内は「水虎山人(すいこさんじん)」という名義で、『江戸男色細見 菊の園』や『男色評判記 男色信定』といった書物も著しています。

これらは、当時人気の吉原ガイドブック『吉原細見』の男色版とも言える内容で、版元は蔦屋重三郎が務めていました。

画像:「長枕褥合戰」風来凶人肖像 『長枕褥合戰』(大阪大学附属図書館所蔵)
出典: 国書データベース,https://doi.org/10.20730/100080396

最後に

その豊かな内容と独特の文体で、多くの人々を魅了し、“戯作(江戸戯作)の開祖”と言われた平賀源内。

一つの角度だけでは捉えきれない人物であり、視点を変えるたびに異なる表情を見せてくれる、まるで万華鏡のような存在です。そのため、「平賀源内とは何者か」を一言で語ることは非常に難しいといえるでしょう。

だからこそ250年が経った今も、多くの人が彼の人生や功績に惹かれ、小説や映画、ドラマ、漫画を通じて、そのきらめきを蘇らせたくなるのかもしれません。

参考:『風流志道軒傳』『非常の人の生涯』他
文 / 桃配伝子 校正 / 草の実堂編集部

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