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知床観光船事故から3年 「事故が起こった観光地」のいま 問われた「地域の責任」と新たな取り組み

TBSラジオ

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北海道・知床半島沖で観光船「KAZU I」が沈没し、乗客・乗員26人のうち20人が死亡、6人が行方不明となった事故から、今年4月で3年が経過しました。事故後、知床という観光地は大きな打撃を受け、コロナ禍からの回復が進む他地域と比べても観光客の戻りは鈍い状況が続いています。

2005年に世界自然遺産に登録され、豊かな自然環境を持つ知床。この地域では事故を教訓に、観光地としてのリスクマネジメントについて根本から見直す取り組みが続けられてきました。

知床を構成する自治体のひとつ、斜里町が事故後に設置した「知床アクティビティリスク管理体制検討協議会」の座長・委員を務めた、北海道大学の石黒侑介准教授と知床斜里町観光協会の新村武志事務局長に、地域がどのように事故と向き合ってきたのか聞きました。

名物のひとつだった「観光船」

北海道の最東端に位置する知床半島は、斜里町、羅臼町の2つの町からなる地域です。アイヌ語の「シリエトク(地の突端、岬)」に由来する名前を持つこの地域は、2005年に生態系と生物多様性が評価され、国内で3番目に世界自然遺産に登録されました。

観光協会の新村さんは「エゾシカ、ヒグマなど大型哺乳類も多く高密度で暮らしている地域です。海ではシャチ、クジラなども見られ、冬には流氷がやってくる、自然豊かな地域」と説明します。

エゾジカの親子

近年、知床の自然やヒグマを海から眺める観光船と、森林を散策するネイチャーツアーが大きな観光の柱として人気を博していました。この柱のひとつで、痛ましい事故が起こりました。

流氷の様子(写真右側は海)

事故によって問われた「地域の責任」

2022年4月23日、知床半島西側海域を航行中の観光船「KAZU I」が沈没した事故。国の運輸安全委員会の調査報告書では、船の点検・保守整備の不備、海況悪化が予想される中での出航、引き返し判断の遅れ、有効な通信手段の欠如などが原因として指摘されています。

しかし、この事故は、運航会社の問題にとどまらず、知床という観光地全体のあり方に疑問を投げかけることになりました。

新村さんは「『観光協会として何をやっているんだ』という意見をたくさんいただきました。事故については事業者の責任という部分もありましたが、地域としての責任も問われました」と当時を振り返ります。

北海道大学の石黒さんは「さまざまなアクティビティ事業を展開する、比較的小規模の事業者が多いという特性から、地域として提供しているサービスや選択肢の全体像が見えにくい側面はあった」と、構造としての課題を指摘します。

「知床に行くことを知られたくない」減った宿泊者数

「KAZU I」の事故は知床の観光業に深刻な打撃を与えました。観光船の利用者数はコロナ前の約10万人から半減。全体の宿泊者数も、コロナ前の2018年度と比べて85%程度の回復にとどまっています。

遠方に見えるのが「知床岬」。陸路はなく、観光船で近づくことができるツアーが人気だった

石黒さんは「事故直後は知床を避ける個人旅行のお客さんが多くいましたが、どちらかというと影響が大きかったのは団体ツアーです。旅行会社もなかなか知床のツアーを作りにくいですし、お客様からしても申し込みにくい。『知床に行くことを知られたくない』とおっしゃる方もいて、複雑な状況です」と話します。

事故の影響が残り、責任を問われるなかで、地域としていかに観光客の安全を確保し、信頼回復につなげることができるかが課題でした。

地元全体を巻き込んだ「協議会」の発足

事故を受けて斜里町は「知床アクティビティリスク管理体制検討協議会」を設立。座長を務めた石黒さんは「事故のような海のリスクだけではなく、陸や山も含めた自然アクティビティ全体のリスクを、地域で把握し、分析・改善の仕組みを検討するもの」と説明します。

協議会には大学教員や研究者、地元のホテルやガイド業の関係者、小型船舶の事業者、知床財団のメンバーに加え、外部アドバイザーとして日本航空の安全管理部門も参加。2年かけて議論を重ね、2023年に最終報告書を公表しました。

知床が抱えるリスクとは?

知床の最大のリスクは何か——。石黒さんは「1番のリスクはヒグマ」と話します。「観光客の方も『危ないことはわかっていても、ヒグマを見てみたい』という欲求を持つ方もいらっしゃる」と指摘します。

知床では、たびたびヒグマが車道脇に出没し、ヒグマを見るための渋滞が発生。人に慣れたヒグマが車を揺するなどの事案も起こっています。地元の団体がヒグマの追い払いや、観光客への注意喚起を行っていますが、人身事故につながりうるリスクをはらんでいます。

原生林の木にはヒグマの爪の跡が残るものも

報告書の提言を受け、斜里町などは「知床しゃりアクティビティサポートセンター」を設立。同センターを中心に、ガイドへのヒアリング調査やリスク情報を収集し、共有が進められています。

リスクを共有・発信する観光地へ

従来の観光地では、「安心が確保されていること」が当たり前のように考えられ、リスクについて積極的に発信することは避ける傾向がありました。しかし、石黒さんは「これまであまり取り上げられてこなかった観光とリスクの関係について、改めて考える必要がある」と指摘します。

「天候、野生動物の遭遇、参加する側のスキルや経験など無数の要素があるのでリスクの高低を完全に客観的に整理することは難しいですが、それぞれの判断を可能にする材料を提供することは観光地の責任だと感じています。観光は楽しみや喜びが中心ですが、自然からそれを享受するためには地域、事業者はもちろん参加される観光客側ともリスクを共有することが大事」と石黒さんは強調します。

新村さんも「知床に来ていただく前に旅行者に向けて、きちんとリスク情報を発信し、旅の最中の人に対しても、当日の天気やヒグマの目撃情報などをリアルタイムに伝えていくことも非常に大事になってくる」と情報発信の重要性を語ります。

知床五湖にはヒグマの出没に影響されず散策できる高架木道が整備されている

世界遺産登録から20年

知床では現在、インバウンド比率が19%まで上昇しており、徐々に回復の兆しが見えています。新村さんは「安全の確保という大前提のもとで、知床の自然を楽しんでもらえるために、これからも取り組んでいきたい」と今後の展望を語ります。

石黒さんは「最も大事なのは、観光客の方に『観光事業者さんがいることでリスクが減る』という認識を持ってもらえるようにすること」と指摘します。

「例えば1人で森に入っていくと、ヒグマに会ってしまうかもしれないけれども、ガイドの皆さんと入ることでリスクが下がる。個人で自由に訪れるのではなく、地元を知り尽くした事業者やガイドとともに自然を楽しむことが重要という考え方に変化させていくことが大事です」

世界自然遺産の登録から今年で20年を迎える知床。観光船事故を教訓に、地域がどう向き合うべきか——その答えを模索する取り組みは、他の観光地にとっても活かされうるものではないでしょうか。

エゾリス

(TBSラジオ「荻上チキ・Session」2025年5月22日放送分から抜粋)

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